015 魔法を覚えたい?

「……ちなみに店長さん、その魔法を私が覚える事は?」

「えっ、ケイトさんもですか? 採集者なのに?」

 私とロレアちゃんの会話を聞きながら、考え込んでいたケイトさんの口にした言葉に、私は思わず聞き返し、アイリスさんとケイトさんの間で視線をさまよわせた。

「アイリスさん、見捨てられちゃうんですか? 採集者を辞めて、開拓魔法使いデビューですか?」

「むむっ、そうなのか? ケイト?」

「そんなわけないじゃない。私がアイリスを見捨てるとか。何年の付き合いだと思ってるのよ」

「そうだよな。ケイトが私から離れる事など――」

「今のところは、まだ。アイリスに、不満が無いわけじゃないし?」

 ホッと息を吐いたアイリスさんだったが、付け加えられたケイトさんの言葉に、焦ったような表情になってケイトさんに両手を伸ばした。

「ケ、ケイト、不満があるなら言ってくれ! 鋭意努力するから!」

「そう? なら――」

 そう、にっこりと笑ってケイトさんが挙げていった内容はいくつもあったが、それらは採集者の仕事とは関係が無い、普段の生活に関する事ばかり。

 まるで、夫に対する不満を口にする妻のような……?

 二人の関係性が窺われる。

「ケイトさん、借金に関しては特に不満は無いんですか? サラサさんに対して、まだかなりの借金が残ってますよね?」

 少し不思議そうに尋ねたロレアちゃんに、ケイトさんはキッパリと、即座に首を振った。

「それは無いわ。今更不満を言うようなら、店長さんに治療を頼んでないもの」

「ケイト……」

 色々と生活態度にダメ出しをされてヘコんでいたアイリスさんが、感動したような表情になって、ケイトさんを見つめる。

 うん、これが飴と鞭というやつだね。

 今後の参考にしよう。

「それに、採集者をする以上、怪我をする事はある程度覚悟してたからね。――ちょっと、予想以上だったけど」

「そうだな。私も家を出る時には、まさか死にかける事になるとは思ってなかったな。それなりに、腕に自信があったから」

「そうよね。予想以上に、危険な職業ではあるわよね、採集者って。――そんな事や体力の衰えも考えると、何時までも続けられる仕事じゃないでしょ? 引退した時に、他にできる事があれば、良いかなって、そう思ったの」

「そうですね、特に女だと……」

 結婚という事を考えるなら、二人の二〇前後という年齢は、やや行き遅れ気味。

 この村で考えるなら、結婚していない人なんてたぶんいない。

 ――あ、いや、そういえばエリンさんの旦那さん、見た事が無い。

 もしかして……?

 でも、エリンさんってたぶんアラサーだし、直接は訊きにくい。

 地雷を避けるためにも、今度ロレアちゃんに訊いておこう。

「ちなみに、ケイトさん。魔法に関する素質は?」

「アイリスよりはある、かな? これでも私、ブラックエルフのハーフだから」

 さらりと告げられた情報に、私はケイトさんたちの顔を見て頷く。

「……やっぱり、そうだったんですね」

「あ、店長さんは、気付いてた?」

「はい。少し肌の色が濃いですし、耳も長めに見えたから、そうかな、とは思っていました」

 少し気になってはいても、面と向かって聞くのは少しだけ憚られたので、これまではスルーしていたのだ。

 王都などでは、時々人間族以外を見かけることもあったし、特に偏見は無かったけど、ここのような小さな集落では、そうでないことも多い。

 それ故に口に出さなかったんだけど、ケイトさん自身は気にしていないようだ。

「わ、私、異種族の方って、初めて見ました!」

 声を上げたロレアちゃんも、嫌悪感などは一切無く、むしろ珍しい物を見たとばかりに、ケイトさんの顔をマジマジと見つめている。

「半分だから、少し微妙だとは思うけど……私、そっち方面の特徴が、あまり外見に出てないから」

 少し髪をかき上げて、見せてくれたその耳は、確かに人間族とは異なるものの、肌の色に関しては、個人差を逸脱していない程度の違いでしかない。

「ケイトは、外見は父親寄り、内面は母親寄りなんだ。あ、エルフなのは、母親だからな? どちらもなかなかに美形で、頼りになる人たちなんだ」

「自分の両親の事をそう言われると、少し照れるわ」

 何故か自慢げに言うアイリスさんに、ケイトさんは口元をもごもごとさせつつ、言葉通り照れたように頬を緩める。

「しかし、ブラックエルフですか。弓の腕の良さも、それ故ですか」

 一般的にエルフは、弓と魔法が得意、という認識である。

 その事にブラックエルフも、ホワイトエルフも違いは無い。

 ちなみに、その昔、ブラックエルフは“ダークエルフ”と呼ばれていたらしい。

 だが彼らが、『ちょっと肌の色が濃いぐらいでダークとか、ふざけんな? 白かったら、ライトっちゅーんか? まるで、ええもん、わるもんみたいやないか、お?』と、言ったとか、言わないとか。

 なので、現在の王国では肌の色にかかわらずエルフと呼ばれ、敢えて区別する時には、ホワイトエルフ、ブラックエルフと呼ばれている。

 他の国ではダークエルフと呼ばれる事もあるし、必ずしもそれ自体にネガティブイメージがあるわけでは無いのだが、多種族融和政策を取るこの国では、おおやけにダークエルフと言うと怒られるので、注意が必要である。

 そんな事もあって、基本的には人間族以外だからといって、公に差別される事は無いんだけど、この村はともかくとしても、田舎の村では種族以前によそ者というだけで、差別される事もあるわけで。

 田舎では他種族を見かけないというのも、暮らしやすさの面から、ある意味では必然なんだよねぇ。

「母は多少は魔法を使えたみたいだけど、私はまともに習った事、無いのよね」

「ケイトは、弓の練習ばかりにかまけていたものな」

 ちょっとだけ揶揄するように言ったアイリスさんに、ケイトさんは苦笑を浮かべて首を振る。

「それもあるけど、たぶん母は、人に教えるのが致命的に下手なのよ、少なくとも、魔法に関しては。……他の人に習った事は無いけど」

「あー、なんか、感覚的な教え方だったよな。私も弓を少し習ったが、あれは合わないと無理だな」

 アイリスさんはその事を思い出すように視線を上に向け、『納得』と頷いた。

「弓ならまだ他の人の意見も聞けるし、見て真似る事もできるけど、魔法はそうはいかないから。他に魔法を使える人もいなかったしね。『感じ取るのよ!』とか言われても……」

「それは、無理ですねぇ。魔力を『感じ取る』必要があるのは間違いないですが……」

 まぁ、『使える事』と『教えられる事』は別だからねぇ。

 特に魔法は、多分に感覚的なところがあるし。

 そのへん錬金術師養成学校は、さすがはこの国の最高峰だけあって、とても体系的、かつ論理的に教育してくれた。

 私の錬金術師としてのレベルを一段引き上げてくれたのは師匠だけど、土台を作ってくれたのは間違いなく学校の講師陣で。

 個人的に教授してもらった人は、剣術担当の人とか、あまり多くはないけど、感謝している事は間違いない。

「解りました。ロレアちゃんとケイトさんの二人には、暇な時間にでも少しずつお教えします。必ず覚えられるとは、保証できませんけど」

「もちろんそれで良いわよ。魔法使いに教えてもらえる機会なんて、そうそう無いんだから。実際に錬金術師の家庭教師を雇ったら、一体いくら必要になる事か……」

「あっ……気軽に頼んで良い事じゃなかったですよね。あの……私、お支払いした方が良いでしょうか? 頂いているお給料の半分ぐらいなら――」

「いらない、いらない! ちょっと教えるぐらいで、友達からお金を取れないよ! 気軽で良いんだよ、気軽で。その代わり、しっかりと時間を取って教える事はできないけど」

 確かに、錬金術師を個人的な家庭教師として雇うなら、普通の人の稼ぎを全て差し出しても足りないくらいだけど、私自身、まだまだ未熟。

 本業である錬金術とは違うし、この程度でお金を取ったと知れたら、師匠に呆れられるか、それとも怒られるか……。

「はい、もちろんそれで構いません。それこそ、食休みの時に、ちょっとずつ教えていただくだけでも」

「うん、逆にそのぐらいの方が良いかも? 魔法を使えるかどうかなんて、素質の影響が大きいから、あまり根を詰めても、良い結果には繋がらないし……ケイトさんもそれで良いですか?」

「えぇ、タダで教えて貰うのに、文句は――私もタダで良いのよね?」

 少し心配そうに、そう聞き返したケイトさんに、私はにっこりと笑って頷いた。

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