022 商売敵? (3)

「三割は言い過ぎですが、確かに一割ちょっとは高いようですね」

 翌日、メモっておいた評価額と、アイリスさんが実際に売ってきた値段、比べてみれば、それぐらいの差であった。

 アンドレさんから聞いた額もおおよそ同じぐらい。

 氷牙コウモリの牙の価値をきちんと評価できている事は間違いないみたいだけど、私の買い取り価格自体は知らないみたいだね。

 けど、私の買い取り価格は少し高めだから、相場から考えれば三割近いかもしれない。

「あぁ。少し驚いた。高いとしても、ごく僅かだと思っていたからな」

「しかし、普通の商人がこの価格で買い取ると、厳しいと思いますが……」

 輸送費を考慮せず、この価格のままサウス・ストラグで売り出したとしても、売れるかどうかは微妙。

 王都でなら売れるだろうけど、輸送費分は赤字。

 師匠という規格外のおかげで、送料を考慮しなくても良い私とは違うのだ。

「何が目的でしょうか? 赤字を出してまで買い取る理由なんて」

 ロレアちゃんは……解らないよね。プルプルと首を振ってるし。

「わ、私も無理だぞ? そういうのはケイトの仕事だ。な?」

 次に視線を向けたアイリスさんも首を振り、ケイトさんに話を振る。

 話を振られたケイトさんはしばらく考え込んで、口を開いた。

「……そうね、まずはその商人が、是が非でも氷牙コウモリの牙を集める必要がある場合ね。例えば、契約で用意する量を決めていたのに、それが手に入らなくなった、とか」

「違約金を考えれば、高めに買う方がマシ、と?」

 アイリスさんの言葉に、ケイトさんは頷く。

「ええ。他には、相場の操作。値上がり見越して買い集めておいた物が、予定外の入荷があって値崩れする、って事もあるから」

「この村から流れる氷牙コウモリの牙は想定外だった? でも、氷牙コウモリの牙自体としては、あまり流れてないはずなんですけど……」

 最初にレオノーラさんに売った量はそれなりに多かったけど、それ以降は売りに行ってない。

 在庫として倉庫に入っている物を除けば、すべて冷却帽子などに使用している。

 採集者がサウス・ストラグまで売りに行った可能性はあるにしても、その量はそこまで多くないはず。

「冷却帽子はこの村だけじゃなくて、サウス・ストラグにも売っているんでしょ? グレッツさんたちが。同じ事じゃない? 商品が流れてくれば、その商品を作るための素材も売れなくなるんだから」

「……それも、そうですね」

 氷牙コウモリの牙の使い道は色々あるけど、この時季に一番使われるのは、やっぱり冷却帽子。

 部屋全体を涼しくする冷却器や冷蔵庫、冷凍庫にも使うとはいえ、それらはやっぱり高級品。

 消費量は少ない。

「それ以外となると……怨恨とか?」

「えぇ!? 私、別に恨まれる覚えなんて無いですよ!?」

 ケイトさんの言葉に、私が声を上げると同時に、より大きな声を上げたのはロレアちゃん。

「そうですよ! サラサさんを恨む人なんて、いるわけありません!」

 ……いや、そんな力強く言ってもらえるほど、品行方正には生きてないけどね?

「ロレアちゃん、人生、恨まれることをしていなくても、恨む人はいるのよ?」

「理不尽な!」

 ふんっ、ふんっ、と鼻息も荒く、両手を握りしめるロレアちゃんに、ケイトさんは頬に手を当て、ため息をつきながら深く頷く。

「そう、人生って理不尽なの。もっとも今回は、その相手が店長さんとは限らないけど」

「――と、言うと?」

「例えばグレッツさんやダルナさん」

「お父さん、ですか?」

 ケイトさんの口から出た意外な言葉に、ロレアちゃんが動きを止め、小首を傾げる。

「今回の冷却帽子で、結構儲けてるんじゃないの?」

「えぇっ!? お父さんはあまり儲けていませんよ? もちろん、サラサさんのおかげでだいぶ現金は手に入ったみたいですが、それを使ってお店の商品を充実させてますから」

「おぉっ、最近、雑貨屋さんの品揃えが良くなったのは、そのせいだったのか!」

「はい。これまでは、売れるか判らない物は仕入れる余裕が無かったですから。村の人も少しお金を持つようになったので、お客さんも増えているみたいです」

 おっと、実は身近なところで努力の成果が。

 ただ、問題は――。

「それが判りづらいところですね」

 アイリスさんも、雑貨屋さんの商品充実がそのおかげとは気付いていなかったわけだし、お金を貯め込んでいると思われている可能性はある。

「逆にグレッツさんは……儲けてるかも?」

 順調に稼いでいるらしいグレッツさんからは、先日、正式にハーベスタの注文があった。

 なので、だいぶお金を貯めている事は間違いないんだけど……。

「だが、彼が稼いでいる事を知っているのは、限られるよな?」

「そこなんですよね。ダルナさんの場合、サウス・ストラグとこの町の往復ですから、サウス・ストラグの事情に詳しい人であれば、ある程度は把握できると思いますが、グレッツさんの方は、いろんな村を回っているはずですから……」

 私を除けば、村人の極一部、それこそエリンさんぐらいに計算に強くなければ、彼の稼ぎを想像する事は難しいと思う。

 もちろん、頑張って村の人に聞き込めば、彼がどれくらいの数の帽子を買い取っているかは、判るんだけど、そんな事をしていたら目立つはずだし。

「まぁ、その商人の動機はともかく、どう対処するのだ? 店長殿」

「う~ん、対決するか、放置するか……」

「放置というのは、そのままだよな? 冷却帽子の方は大丈夫なのか?」

「先日言ったとおり、まだ在庫はありますし、自分で取りに行っても良いですから」

「店長さんはそれができるから、強いわよね」

「はい。問題は荷物運びですが、まぁ、そこは身体強化で頑張れば」

 そう言った私に、アイリスさんが即座に声を上げた。

「店長殿、その時は私たちも手伝うぞ!」

「あっちで売るよりも、店長さんを手伝った方が、たくさん狩れるから、儲かるものね」

「そうそう――じゃない! 店長殿にはお世話になっているから! それに、あの商人は……なんだか気に入らなかった!」

「あはは……その時はきちんと分配しますから」

「店長殿! 本当に、本当に二心など無いんだからな!?」

「解ってます、解ってます」

 必死に主張して迫ってくるアイリスさんを押し返しつつ、私は頷く。

 ケイトさんの軽口なんだから。

「解ってもらえているなら良いんだ。うん。――それで対決の方は?」

「いくつか方法はありますが……私の所の買い取り価格を同等まで上げる」

 安心したように頷いたアイリスさんに、私は考えていた案の一つを提示する。

 それに対して、納得したように頷いたのは、アイリスさんとケイトさんで、ロレアちゃんは不思議そうに首を捻った。

「サラサさん、同等では意味が無いんじゃ……?」

「いや、同等なら、本職である店長殿に売るだろう。特に、以前からこの村にいる採集者なら」

「信頼できるものね。この店の錬成薬ポーション錬成具アーティファクトを使った事があれば、店長さんの腕前は理解できてるでしょうし」

「ありがとうございます」

 それぐらいの信頼感は持たれていると信じたいところ。

 せっかく、採集者向けの錬成薬ポーション販売方法とか、考えているんだし。

「でも、そうすると店長さんも損失を抱えることになるんじゃないの?」

「いえ、今の価格なら大丈夫です。……私の作業に対するコストを無視して、一切失敗しなければ」

 一つ失敗したら、それだけで数十個分の利益が吹き飛ぶけど。

 もちろん、私の労働報酬無しの換算で、ね。

「それって……どうなんだ? タダ働きの上に、失敗できないって」

「サラサさん、錬金術って、失敗しないものなんですか?」

「そんな事無いよ。かなり失敗するよ。普通の錬金術師なら、二回に一回は失敗する事を想定して値段を付けないと、破綻するぐらいには」

 だからこそ、錬成具アーティファクトは高いのだ。

 誰もが一〇割で成功させられるなら、もうちょっと値下がりしている。

「それじゃダメじゃない」

「大丈夫です。私なら、冷却帽子ぐらいでは失敗しません。……たぶん」

「たぶんって……」

「いや、今のところ、一度も失敗していませんから! これでも、マスタークラスの師匠の弟子ですから!」

 レベル四ぐらいの魔道具で失敗してはいられないのだ!

 冷却帽子って、簡単な部類の錬成具アーティファクトだしね。

「ほう、それは……ん? マスタークラスの弟子?」

 『おや?』と首を傾げたアイリスさんに、私は頷く。

「はい。って、あれ? アイリスさんたちに言った事、ありませんでした?」

「聞いてない! 聞いてないぞ! だ、誰の弟子なのだ?」

 そういえば、師匠が来たのって、アイリスさんたちがウチに来る前の話だっけ。

 少し焦った様に尋ねるアイリスさんに、私は師匠の名前を告げた。

「オフィーリア・ミリスです。ご存じですか?」

「知らないわけがあるか! あの方の……はぁ、店長殿の強さや非常識な部分、理由が理解できた気がする」

 非常識とは失礼な。

 これでも錬金術師養成学校の、首席っぽい位置にいた人間ですよ?

 力強く答えて、少し呆れたようにため息をついたアイリスさんに対して、それを聞いていたロレアちゃんが不思議そうな表情を浮かべる。

「あの、私、マスタークラスも、そのオフィーリア・ミリスという方も知らないんですが……有名な方なんですか?」

「ロレアちゃんにも言ってなかったっけ? ウチのお店にも来た事あるんだけど」

「はい。初耳です。サラサさんのお店を、誰かが訪れていたのは聞いていましたが……」

「うん、その人。店番を雇うと良いと言ったのは、その師匠なんだよ」

 師匠の言葉が無かったら、ロレアちゃんを雇う事は……あったかもしれないけど、もうちょっと先の事だったかな?

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