002 卒業できた!

 王立錬金術師養成学校。

 それはこの国で唯一、錬金術師の国家資格が取得できる学校である。

 この学校を卒業し、錬金術師の資格さえ取得出来れば、その人の人生はもう安泰。

 左うちわの生活が約束される。

 だが、それだけに競争率も高く、入学はもちろん、無事に卒業を迎えることも非常に難しい。

 そんな超難関校が王立錬金術師養成学校なのだ。


 そもそも錬金術師とはエリートの代名詞である。

 生活に欠かせない各種錬成薬ポーション錬成具アーティファクトを作れる能力を持つ上に、それらの供給は、需要に対して常に不足気味。

 国家による価格統制もあり、過剰な値引きも認められていない。

 つまり、簡単に言えば、利益率が非常に高く、商品さえ選べば売れ残りの心配が無い。

 そのため、錬金術師になれれば一生食いっぱぐれがない――どころか、必死で働かなくても十分に稼ぐことができる。

 また、王立錬金術師養成学校の特徴として、努力すれば誰でも――平民はもちろん、孤児ですら入学できることが挙げられる。

 入試で必要な知識は教本で学ぶことができ、それは申請すると無料で貸し出される。

 その上、受験に費用は必要ない。

 さすがに文字すら読めない場合はどうしようもないのだが、孤児院であっても望めば文字の勉強程度は可能なので、そこも個人の努力でカバーできる。

 また、成績優秀者には学費免除のほか、奨学金の支給、試験ごとの報奨金授与があり、ある意味で“勉強さえしていれば良い”環境が整えられている。


 だが、そんな恵まれた環境であるからこそ、その門戸は非常に狭い。

 平民や孤児にとっては、ほぼ唯一の成り上がりが可能な職業だけに入学希望者は多く、当然試験も難しい。

 更に、優秀な家庭教師を付けた貴族も同様に受験するため、生中なまなかな努力では競争に打ち勝てるはずもない。

 そして、何とか入学試験をくぐり抜けても安心はできない。

 四ヶ月ごとに行われる試験の成績が一定水準に達しなければ、容赦なく退学処分を受けるのだ。

 当然、再試験なんてものはなく、これは貴族であっても同様。

 結果的に五年後の卒業式に出席できるのは、入学時の一〇分の一以下と言われている。


 そんな学校を私、サラサ・フィードは今日、卒業する。

 いやー、大変だったね!

 卒業の感慨?

 そんなの感じる暇も無かったよ。

 なんと言っても、昨日まで卒業試験があったんだから。

 そして、その試験結果の発表は、今朝。

 万が一、それで不合格なら、今日学校に来ても卒業式には出られないという悪夢なんだよ!?

 誰が考えたのか知らないけど、さすがにこの日程は無いと思う。

 まあ、これまでに卒業試験を落ちた人は、さすがにいないらしいけど。

 それまでに十分ふるいに掛けられているのだから、成績的に問題がある人なんて残っていない。

 気を抜けば落第する可能性はあるけど、卒業式の日に一人だけ教室に取り残されるという状況を想像すれば、普段の試験以上に気合いを入れるのは当たり前。

 危険なのは病気ぐらい? もちろんみんなそれは解っているので、体調の維持には懸命になるし、不安があればしばらく前から学校を休んででも体調を整える。

 もちろん私も、必死で頑張りましたとも!

 その甲斐もあり、卒業証書と共に最後の試験報奨金もいただけました。

 ええ、ありがたいことに。


 思えば八歳の時に事故で両親を亡くし、孤児院に入れられてからは現実逃避するかのように、最低限の仕事以外はひたすら勉強。

 そのため孤児院のみんなには迷惑を掛けたが、錬金術師養成学校を目指す子はみんなで応援するという暗黙の了解があるため、特に非難されることはなかった。

 その代わり上手く錬金術師になれたなら、お返しとして寄付金を送ることもまた暗黙の了解なんだけどね。

 現に孤児院出身の錬金術師が定期的に寄付金を送ってきてくれているので、私たちも爪に火を灯すような生活はせずに済んでいたのだから。

 けど、そんなガリ勉の甲斐もあり、平民としてはかなり優秀な成績で入学に成功し、学費無料、奨学金の支給資格と入寮資格を得られ、一〇歳で孤児院を出ることができた。


 それからはひたすらバイトと勉強に明け暮れた。

 幸いな事に、錬金術師のお店でのバイトに採用されたため、店長に弟子入りすることもできた。

 そのおかげで、それ自体が勉強にもなり、バイトに時間が取られても学力は試験報奨金が貰える水準をキープできたのだ。

 残念ながらトップを取ることはほとんど無かったけど、幸いなことに、私より上の人たちがみんな貴族だったんだよね。

 なぜ“幸い”かって? それは報奨金に関する慣例? 伝統? そんな物があったから。

 通常、試験報奨金は上位三名までに支給される。

 これが厳密に適用されていれば、たぶん私が貰えた報奨金は今の半分ぐらい?

 でも、貴族が上位に入った場合、これを辞退するのが“貴族の義務”みたいな風潮があるのだ。

 そして辞退された報奨金は、下位の順位に繰り下がって支給される。

 私が大半の試験で報奨金をもらえたのは、この制度のおかげ。

 もちろん強制ではないけど、そこは貴族の誇りとか見栄があるらしい。

 下級貴族の場合、下手すると裕福な平民よりもお金が無い事もあるので大変だとは思う。

 私にはすっごくありがたい伝統だけどね。

 そのおかげで、卒業した現時点で私の貯金は五〇〇万レアを越えていた。

 普通の平民は一年に五〇万レアも稼げないので、実に年収の一〇倍以上!

 うん、がんばった! 私っ!

 半分以上は奨学金と報奨金だけど、あとはバイトで稼いだお金だもの!

 寮のおかげで宿泊費と食費が無料とはいえ、学校の授業や勉強の時間の合間を利用してこれだけ稼ぐのは、大変だった。

 ありがたい事に、私のバイトの日給は平民の丸一日の稼ぎに匹敵したけど、これにしたって、普通はバイトで稼げるような金額じゃない。

 私が錬金術師見習いで、師匠のお店でバイトできたからこその金額である。

 見習いのバイトでこれだけ稼げるんだから、本職の錬金術師が如何いかに稼げるか、ということだね!

 そして今日から私も、そんな錬金術師!

 先ほど卒業式で貰った“錬金許可証アルケミーズ・ライセンス”をポケットから取り出して眺める。

 薄い金属のような、それでいて非常に軽く柔軟性がある不思議な物質。

 そこに錬金術師のマークと私の名前、王立錬金術師養成学校の卒業証明が刻印されている。

 更には私自身の魔力紋も記録されていて、私以外が触ると表示が消える仕組みまで仕込まれている。これ自体がある意味、錬金術の傑作とも言えるのだ。

 むふふ、とついつい顔がにやけてしまいそうになるのを、頬に手を添えてこらえる。

 一人、門の前でにやけていたら不審だからね。

 ……一人。

 そう、一人なんです。

 卒業式も無事に終わり、新たなる門出。

 でも私は、学校の門の前でポツリと一人。

 いやぁ、この五年間、ホント、バイトと勉強以外しなかったからね!

 おかげで、こうして学校から出ようとしているのに、挨拶に来てくれる人すらいない。

 そして挨拶に行く相手もいない。

 周りでは後輩との別れを惜しむ卒業生や、迎えに来た人と笑顔で会話している人がいるというのに、私の周りは空気がひと味違う。

 誰も近寄ってこないんだから。

 べ、別に、さ、寂しくはないけどねっ!


 ――いえ、本当は少し寂しいです。

 私、友達がほぼいなかったからなぁ。

 自分が原因だから、仕方ないんだけど。

 やっぱり、ひたすら勉強していて、会話すらほとんどしないんじゃ、友達はできないよね?

 いや、まぁ、実際の所、ほぼゼロなだけで、本当にゼロではなかったよ?

 去年までは、こんな私を気に掛けてくれて、仲良くなってくれた先輩が二人いたんだ。

 そして、その先輩の繋がりで仲良くなった後輩が一人。

 でも、去年無事に卒業したお二人は、今は別の町で働いているので、王都にはいない。

 今でも文通はしてるけど、さすがに私の卒業式のために王都に来られるほど、一年目の錬金術師は甘くない。交通費も掛かるしね。

 ……そういえば、文通の費用くらいかなぁ、私が必需品以外にお金を使ったのって。

 そして後輩の方はと言えば、運悪く数日前から体調を崩して卒業式には不参加。

 来てくれようとはしたんだけど、後輩の定期試験は卒業式のすぐ後にある。

 万が一にでも不合格にさせるわけにはいかないので、「絶対に来ちゃダメ、身体を治すように!」と強く言っておいたのだ。

 シャレにならないくらい人生に関わるからねぇ、試験に失敗すると。

「うん、……早く行こう」

 この空気の中、一人立っているのは少々辛い。

 時々私に送られるいぶかしげな視線は、きっと気のせいじゃない。

 私は一度振り返り、五年間を過ごした学舎を見上げる。

 いろんな事があった。

 ほとんどは勉強の記憶しか無いけど、それでも楽しいこともあった。

 少なくとも勉強さえしていれば生活に困らないんだから、総じて見れば悪くない学生生活だったんだと思う。

 でも、これからは一人で歩いて行かないといけない。

 私は決意を胸に、校門に背を向けて歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る