異世界攻略済みの元転移者達はスローライフを送りたい
千葉シュウ
大学2年目の春、転移者達の現在
便利な超能力者、高梨有里沙
ポチポチ。
「あ、高梨。買い出し行くならポテチ買ってきて。コンソメ味ね」
「うん、了解」
ポチポチポチポチ。
「あ、俺も。チョコバー買ってきてくんね?」
「オッケー」
ポチポチポチポチポチポチ。
「あーと、どうしようかな。……じゃ、僕は肉まんで頼むよ」
「……りょうかーい」
(こいつら、ポチポチポチポチとゲームばっかりしやがって。大体、ここがどこだと思ってるんだ? 大学だぞ。お前ら勉強しろ。それに、そもそも私が部室を出ていこうとしていたのは買い出しの為ではなく、自分の買い物をしようとしているからだ。決してお前たちのためではない。お前ら、自分が私にそんな殊勝なことをされるような人物だとでも思ってるのか。うぬぼれるな)
ついつい中々の長尺で文句を言いたくなるも、一旦すべてを飲み込んだ彼女の名前は、
今回高梨が頼まれたような買い出しは、彼らの間では、持ち回りの当番制となっている。そういえば次は自分の番だったような気がしていたので、ひとまず言いたいことの全てを飲み込むことに成功した彼女。少々口が悪いことを除けば、大変よい娘なのである。
だが彼女には、ひとつだけ釈然としないことがあった。自分の方を見向きもしないで目的の品を告げた面々には、やはり少しイラッとしているようだ。それが人にものを頼む態度なのかと。
「ねぇ、人にものを頼む時位、画面から目を離しなさいよ。怒るわよ」
「……あ、加藤死んだ。ダせぇな」
「なんのまだまだ……っておい、東も乙ったぞ。どうすんだこれ」
「そういう土田君も、体力ゲージ赤くなってるよ。気を付けないと」
全く話を聞かない彼らに、なんてやつらだと思う高梨。どうにかこちらに意識を向けさせてやろうと、彼女は少々キツイことを言ってみる。
「私が言えたことじゃないけど、そんなんだからあんた達モテないんだよ。部室に籠って遊んでばかりでさ。たまには外に出れば、その腑抜けた感じも少しは改善されるんじゃない? どうなのよ、ねぇ」
すると、これまでとは違って反応が返って来る。
「……けっ、俺はもうモテるとかモテないとか、そういう段階はとうに通過してるんだよ。この平和な現代社会なら一人でも生きていけるっての」
「そうだよ。人は頑張れば一人でも生きていけるんだよ。ねぇ土田君?」
「いいから集中しろよお前ら。もうちょいでレアドロップ取れっからよ。気張っていこうぜ」
ダメだ、こいつら。そう感じた彼女だったが、呆れの感情と、飲み物をさっさと買いに行きたいという気持ちが怒りに勝り、ひとまず彼らのことは放っておいて、自分の欲求を優先することにした。高梨有里沙は、早く午後ティーが飲みたかった。ついでだと思えば、彼女にとってさほど苦ではない。
そんな彼らがいるのは、大学が部活やサークルに部室を提供している、10番棟と呼ばれる建物の一室だ。その入口に並ぶ四足の靴の内、唯一綺麗に揃えてある彼女お気にいりのブーツを履くと、そのまま部室を出る。
10番棟は、彼らのようなゆるゆるのサークルから、大会へ臨むべく真面目に練習を行っている運動系の部活まで、等しく部屋を貸し出している。大学の事務局から認可が降りればどんな団体でも貸し出しを行うという、実に良心的な施設だ。そんな10番棟は、学生からは別名部室棟と呼称されている。そのまんまだ。
もっとも、彼ら4人が部室ですることと言えば、メンバーで集まってダラダラしながら雑談をする、持ち込んだゲーム機で遊ぶ、漫画を読む、といった活動だ。その非常に“文化的”な活動ばかり行う彼らは、当然、文科系のサークルとして申請している。活動の実態がないにも関わらず、なぜかその存在が正式に許可されたサークルのひとつだ。
そんな、あまりにも緩い活動をしている『漫画研究会』の面々にすら一部屋貸し出してくれたのはなぜか。
これは、忙しさにかまけてその実態を把握することをしなかった、事務職員の怠慢が原因であった。その担当職員のお陰で、彼らは現在スローなライフを送ることが出来ていたのだ。当人たちは知る由もなかったが。
そんな施設内を歩く高梨は、部室が並ぶ廊下でふと立ち止まった。彼女がこれから向かおうとしているのは学内に設置されている、コンビニ擬きの購買であるが、彼女には思う所があった。
(大した距離じゃないけど、歩くのめんどくさいな……)
なんであいつらのために私が歩かされなければいけないのかと、どうにも気乗りしない彼女。おまけに彼女はあまり運動が好きではないし、できるだけ疲れたくもなかった。怠惰なことである。
よし、楽をしてしまおう。そう決めた高梨が取った行動は、トイレに向かうというものだった。一体なぜか。
ここで彼女は、超能力を使うべきか否か逡巡した。
というのは、彼女が今朝体重計に乗った際、明らかに以前計った時よりも体重が増加していたからである。どうも最近、少しずつではあるものの、体重が増加傾向にあるみたい、そう感じていた彼女。
それもそのはずで、自身に宿る能力にかまけて楽ばかりしてきた彼女は、一般的な学生と比較すると、明らかに運動不足だった。少しでも歩いた方が、体重の維持に繋がるだろうか、などと考えている。
結局、高梨が出した結論は、“目に見えて太ったらその時考えればいい”というものだ。彼女は、問題を先送りにするタイプだった。
結論を出した彼女は、人目を気にしつつトイレに入る。運のいいことに個室は全て空いており、それを確認した高梨は一番奥に入ると、鍵をしっかりと掛ける。これからすることは、人に見られてはいけない。そして彼女が行動に移す。
(さて、と。使いますか。えーと、座標は大体購買の近くにある自販機のあたりでいいかな。それでは、いざ――)
「……
そう呟くと一瞬、高梨は体が浮かんでいるような感覚を体に覚える。能力を使うと僅かに感じるもので、彼女はこれに慣れっこだ。
そして、これまで視界に映っていた殺風景なトイレの壁が――小汚い建物の外壁へと変わる。どうやら瞬間移動に成功したようだ。しかし、予定していたのとは大分違う。高梨有里沙は、自分のミスに気付いた。
(ここ、取り壊し予定の旧トイレの裏だ。汚いなぁもう)
移動先の座標指定を若干間違えていた彼女は、購買近くの滅多に使われていない旧トイレの裏に移動してしまったので、少し不快だった。当たり前ではあるが、全く清掃が行き届いてない。
そんな彼女は気を取り直して、何食わぬ顔で建物の陰から出る。出現の瞬間を見られることのないように、そそくさと出る。周囲を見渡しても、人影が見えなかったので怪しい部分を見られていない筈と判断した彼女は、購買に向かった。それは誰にも知られてはならない秘密を隠すためだ。
秘密とはもちろん、高梨有里沙が超能力者であること。彼女は、決してインチキ超能力などではなく、先天的に超能力を持っていた、紛れもないエスパーだ。その能力は多岐に渡り、先ほど見せた
そんな彼女は、女子高校生だった頃に異世界へと召喚され、悪の組織と戦ったという衝撃の経験がある。そこで能力を活かした獅子奮迅の活躍をしてきた彼女。だが、その異世界生活の過酷さに対する反動からか、以前にも増して怠け者になってしまったのである。ああ、無常。
「こんにちはー」
そして辿り着いた購買は、いつも通りだ。ちらほらと学生がいることも、何から何までいつも通りで、商品のラインナップも、一般的なコンビニチェーンのように頻繁に変わることはない。しかし、それが結構学生には受けていた。というのも、ここの学生が日常的に買うものなど相場は決まっているので、それらが一通り置いてあれば十分な品揃えだと言えるからだ。
高梨が早速入り口にあるカゴを引っ提げて、本来の目的であった午後ティーを真っ先にそこに突っ込むと、その他の目当ての商品もカゴに入れていく。買い出しに行かされている腹いせに、土田のチョコバーは2種類ある内の、あまり美味しくないと評判の安い方を買うことにした。
後は肉まんだけ、となったところで彼女は、東が肉まんを本当に食べたいわけではないのだろうと検討をつけていた。事実そうで、彼女の見立て通り、買い出しを頼んだ時に東が若干言葉に詰まっていたのは、本当に肉まんが食べたいのではなく、買い出しの流れになったのでとりあえず頼んだものだった。テキトーな男である。そして気付く。
(あ、肉まん売り切れてる。残念、東龍太郎)
肉まんが売り切れていることを確認した彼女は、よく彼が食べている駄菓子を買ってやることにした。たこ焼き味と明太子味のそれらをカゴに入れ、レジへ向かう。レジには、見知った顔のおばさんがいた。
「有里沙ちゃん、またあの子たちの買い物任されてるの?」
レジで彼女を迎えたのは、平日のほとんどを学生相手にレジを打つことに費やしている、パートのおばさんだ。数多の学生と触れ合っているので、いちいち一人一人の顔など覚えてはいない筈のおばさんは、どういうわけか、高梨のことは覚えてくれているようだ。
レジの店員がこうして話しかけてくるということを、鬱陶しがる学生もいるだろうが、高梨は違った。なぜなら、加藤・土田・東以外に大学の友達がいない高梨にとって、数少ない話相手になってくれるというのは、ありがたいことだからだ。悲しいことこの上ない理由である。
「いつも、ありがとうございます。大したことじゃないからいいんですよ」
「でも、私感じるのよね。……あの子達、授業受けに行ってない学生の雰囲気がプンプンしてるわよ。どうして彼らとつるんでいるわけ? なにか弱みでも握られてるの? 有里沙ちゃん、可愛いからちょっと心配なのよね……」
「ぷっ、バレてるし」
やはりダメ人間にはダメ人間の持つ一種の空気感がある。長年に渡って沢山の学生を見てきたおばさんには、彼らがサボり魔だということがわかっていた。
でも、悪いやつらじゃないのよ、おばさま。私も、酷いことなんてされてないよ。たまに腹立つけど、と彼らを心の中で擁護する彼女。普段決して口には出さないが、真心あふれる気持ち。彼女にも優しい一面があるのだ。
「まぁ悪いやつらじゃないので、大丈夫ですよ。ほら、それに彼らだってそれなりに授業は出てますから、大丈夫ですよ。多分」
「本当かしら、全く……はい、お釣り。またいらっしゃい。困ったことがあったら相談に来なさいね」
「……ありがとうございます」
高梨は目的の品物を、一部を除いて調達することに成功した。本来なら片道プラス雑談で10分以上は掛かったであろう買い出しは、彼女の超能力にかかればわずか5分強の長さに変わってしまう。彼女は便利だ。
――しかし、結局帰りは少しでも体を動かそうと徒歩で戻る高梨。購入した紅茶を口に含み、能天気にも、
(あー、午後ティーうま)
などと考えていた。高梨有里沙は、意思も緩かった。
――
「ほら、買ってきたわよ」
「あ、そこ置いといて。あんがとさん」
高梨は加藤に言われた通り、小物やら何やらで雑然としているテーブルに購入した商品を置く。部室の掃除も当番制だが、当然のように皆サボっている。彼らは怠惰なのだ。
「東ご所望の肉まんはなかったから、代わりといっちゃなんだけど、駄菓子買ってきてあげたわよ。ほら、あんたの好きなやつ。私の臨機応変な対応に感謝なさい」
「あれ、残念。実は意外と食べたくなってきてたのに。でもいいんだよ。買いに行ってくれただけでも」
「チョコバー、二つある内の安い方かよ。ま、別にいいけどよ」
先刻、高梨に見せていた対応とは打って変わって、彼らにしてはまるで聖人かと見紛うほどの対応を見せる。お礼まで言われてしまった彼女は気付く。皆が、明らかにさっきよりも上機嫌に見えると。まさかこの短時間で、先ほどの言動を悔い改めたとでもいうのだろうか。
しかし高梨有里沙は気付いてしまった。彼らは、彼女が戻ってくる間に先ほどの戦闘に勝利し、土田が言っていたレアドロップとやらに成功したことに。それで、機嫌があっさりと良くなったのだ。なるほどなるほど、と頷く高梨。
(なんて単純なやつらだ、それでも二十歳か? ぷぷっ!)
高梨は、あまりにも単純な彼らの思考回路に思わず吹き出しそうになると、もういいわと言わんばかりに溜飲を下げた。
こうして、買い出しの一件はあっさりと幕を閉じるのであった。
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