第29話 大蛇を助けてまた一難

 おれは蛇に近づいて傷をじっくりと見る。血はある程度止まっているな。


 さてどうやってこいつを元気にしてやる? 傷を縫合するとか? 無理。現実的じゃなさすぎ。

 傷がデカイし多い。そもそもこいつの皮膚を貫通できる針なんて存在すんのか? 

 磨り潰した薬草でも塗る? 範囲が広すぎて、おれ達の小ちゃいお手手じゃ塗り終えるのに半年掛かりそうだな。

 

 と、違和感に気づく。蛇に近づけば近づくほど、体から魔力が剥がされていくような感覚があるのだ。


「ヴェスト」


 ルピアと睨み合うヴェストがこっちを見た。


「こいつ周りから魔力を吸い取って回復してない?」


 ヴェストがおれの隣に並び蛇を見ながら耳を動かす。


「ホントだ。こんなことができる魔獣がいるんだ......」

「じゃあ話は早いね。ベンが魔力を分けてあげればいいんだ」


 ルピアが並んできて、ことも無げにそう言う。


「おれだけ?」

「だってベンは師匠と同じくらいの魔力量なんだよ?」

「ルピア、ベンがあげたって多分全然足りない。3人であげよう」

「足りないんだ。じゃあしょうがないね」


 なんとも無しに言ってるけど、こいつら帰りのこと考えてるんだろうか。


「二人とも魔力には余力を十分に残しといてね。この後もしばらくコキ使うつもりなんだから」

「お前な......一応お前が一番年下なんだからな」


 ヴェストがそう言って「まあいいんだけどさ」と呟く。


「ベンはお父さんみたいだよね」


 ルピアのお父さん......オドベノスさんか。あの人みたいと言われるのは満更でもない。デカイし強いし。でもあの人の家での姿が想像できない。意外とルピアにはデレデレなのかな。


「オドベノスさんってどんな人」

「え、どんな人? 優しい人だよ。そっちのお父さんじゃないけど」

「あ、そっか......」


 そうだった。ルピアは外からやってきた人で、オドベノスは養父だ。”そっちじゃない”と言うことは肉親の方か。今の状況から察するに、ルピアのお父さんは亡くなっているか、もう会えないかだ。しくじった。考えなしだった。


 チラリとルピアの顔色を伺うが、特にこれと言った変化はない。傷つけてないよね? 


「もしかしてこれじゃない? こないだの夜中の音」


 ルピアがポツリと言った。こないだの夜中。ヴェストとルピアが怖くておれを叩き起こしたアレか。


「これって、こいつと召厄獣が戦ってた音ってことか?」

「そう」


 なるほどな。しかしここまではかなりの距離を歩いたと思うぞ。これだけ離れてるというのに聞こえる戦いとか......ルピアとヴェストが怯えるのも無理ないな。


 てかおれよく、あの音の中平気で起きてられたよな。


 あっ、そういやあの時は、おれの肩を枕代わりにするルピアの髪の匂いをずっと嗅いでたんだっけか。超良い匂いがするって感じではなく、軽い獣臭がするくらいだったけど、妙に癖になってな。

 ありがとう、ルピアの髪。おかげで恐怖を乗り越えられた。


 魔力に余力を残し、おれたちは蛇の元を去った。大した回復にはならないだろうけど、やらないよりはマシだろう。

 


「ベンと違ってこいつは軽くて良いな」


 ヴェストが背中のルピアをチラリと見て言った。


「......今ほど腕を怪我させたことを恨んだことはねえよ」

「......悪かったって」


 蛇に魔力を譲渡してしばらく、ルピアが「疲れた」と言い始めた。ルピアは魔力を放出しすぎたのだ。それからおれにおんぶしてくれと頼んできた。


 おれはもちろんオーケーしたのだが、すぐに気づく。腕の怪我のせいでおんぶなんて出来ないのだ。

 仕方なくヴェストがおんぶすることになり、数分してルピアは寝息を立て始めた。


 おんぶし始めた頃はブースカ言ってたヴェストだが、眠っているルピアを見たときの顔は満更でも無さそうだった。子どもってのは成長が激しいね。


「う」


 ヴェストが呻いて、顔をしかめている。


「どした?」

「なんか臭い」

「オナラなら一回しかしてないぞ」

「一回はしたのかよ。ってそうじゃなくて。これ......血の臭いだ」

「またさっきみたいな怪我した魔獣?」


 そう聞くと、ヴェストが首を横に振った。


「違う。死んでると思う」

「そっか、とりあえず迂回しよう」

「だな」


 しばらく進むと、ヴェストが再び顔をしかめた。


「また死体だ」

「また?」

「そこら中にあるみたいだ」

「え?」


 魔獣の死体には屍肉を漁る為に魔獣が寄ってくる。できるだけそれらは避けたい。しかし、そこら中ってどゆこと? とはいえ原因は一つしか思いつかない。


「召厄獣か」

「だろうな。なんでこんなに好戦的なんだ?」

「さあ」


 わかんないことは考えてもしょうがない。それよりも今はこれからどうするのかが重要だ。


「ヴェスト、これからはおれの魔力で隠れながら進もう」

「大丈夫なのか? それだと魔力が保たないだろ」

「平気だよ。おれはヴェストとルピアほど働いてないしな」

「お前が良いなら良いけど。無理はするなよ」

「もちろん。あ、その前に方角の確認しとこう」

「ルピア起こすか?」

「いや、また魔獣と戦うことになるかもしれない。ルピアには体力回復のために寝ててもらおう」


 ルピアはおれたちの最大戦力だからな。


「わかった。落ちんなよ」

「うん」


 ひのきのぼうを出して、上へ上へと上がっていく。最初はおっかなびっくりで足を滑らせて落ちたりと大変だったけど、この数日で慣れたもんだな。


 あくまで上がるだけならの話で、リティカのように自由に空を走り回れない。いつか出来るようになりたいけど。


 木の上に顔を出し、村の神樹の方角を確認する。その方角にひのきのぼうを出す。落ちてる方角が村の方向だ。木の上の魔獣がちらっと目に入る。奴はおれを見て、こちらに向かってきた。


 おれはそいつを無視してさっさと森の中へと向かった。あいつはここまで追ってこれないみたいだからな。

 それさえ知ってれば怖くない。足元を見ながら慣れた足取りで降りていく。


 その時、下でヴェストが何かを喚いているのが聞こえた。何かを言ってるのはわかるが、何を言ってるのかはわからない。なんだなんだと、ヴェストの声に集中してみた。


「後ろー!」


 え、なに? 


 おれは嫌な予感に振り返ってみた。案の定というか、追いかけてくるはずのない、木の上の魔獣がおれに向かって大口を広げて向かって来ていた。

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