第38話 会心の一撃を捻り出せ!

 それから3日が経った。


 召厄獣は見つからない。警備団は治療薬のために、リトルクロウの捜索も行なっているが、こちらも見つからない。

 カニスは回復してきているが、ルピアとヴェストは悪くなっていく一方だ。

 まだ、二人にはリティカが死んだことを伝えていなかった。


 衰弱しているこの時に、リティカのことを伝えて精神的に弱ったら、それこそ死に繋がる。というのが主な理由だが、正直言いづらい。


 この3日間おれは二人の看病の合間を見て、魔術の練習をしていた。石弾丸の練習だ。おれの技の中で一番威力がある技だ。こいつを召厄獣に通用する威力にまでしなければいけない。


 そう、おれは召厄獣と戦う気でいる。


 召厄獣の目的はおれだ。


 リティカとの戦闘できっと召厄獣は傷ついている。警備団の元へは姿を現さないだろう。......多分。現れてくれれば、今警備団は5人1チームで動いている。

 見つけさえすれば、すぐ殺せるだろう。見つからなければ、治療薬の素材は手に入らず、ヴェストとルピアは死ぬだろう。


 もしも、召厄獣が見つからず、ヴェストとルピアが死ぬかもしれないという事態になれば、やるしかないだろう。怖いけど......。


 魔術を出すにはまずは、身体から魔素を出す。

 魔素は身体の延長のような感覚だ。少なければ、それこそ手足のように動かせるが、多くなると操りづらくなる。


 出した、魔素の形はそのままだと、何の効果も無い。

 魔素の形を変えることで、魔術として行使できるようになる。

 

 石の魔素は丸い形だ。おれの魔素を丸い形へと変える。魔素の形を変えてから、更にそれらの魔素を一点に集中させる。そうして、ようやく石ができる。


 この石を弾丸として撃ち出すには、運動魔素を使う。その名の通り、物を動かす魔素だ。


 威力を重視するなら、この運動魔素が重要になる。出した弾丸を回転させる。真っ直ぐ飛ばすためには回転させる必要がある。

 それから、おれが操れる限界の運動魔素を石に乗せて撃ち出す。


 的はリティカが石で作ったオドベノスさんの石像だ。リティカが修行の時「これ的ね」と村の誰かしらの石像を作っていた。

 大概オドベノスさんか村長だ。二人に見つけられる度、ぶん殴られていたが、懲りることは死ぬまでなかったな。


 おれの石弾丸はオドベノスさんの首のあたりにコンと当たり、跳ね返った。これが今のおれの全力だ。

 リティカは、跡形もなく吹き飛ばすし。ルピアとヴェストでも傷一つなら付く。だが、おれには出来ない。こうして跳ね返されて終わる。


 これが、召厄獣に通用するだろうか。


 おれの”ひのきのぼう”は攻撃力が無い。運動魔素を使えば一応動かせるが、飛ばしても石弾丸ほどの威力には程遠い。


 どうして、おれにはもっと強い能力が備わらなかったんだろう。


 おれにチート能力があればな。召厄獣、それも弱った召厄獣なんて瞬殺出来た。なのに、何でおれは。

 

 もう一度、石弾丸を作る。さっきより魔素を込める。たっぷり時間をかけて魔術を撃ち出す。だが、魔素を込めすぎてコントロールを失った。的を大きく外れ、地面にぶち当たった。


 次にひのきのぼうを作り、的に走り寄り、オドベノスの像の頭にひのきのぼうを叩きつけた。バキっと音を立てて、ひのきのぼうは折れた。


 こりゃ勝てんわー。



 メディカの手伝いの為に診療所に戻った方が良いが、戻りたく無い。苦しそうなルピアとヴェストを見てると、辛い。 


 若い子が苦しんでんのはキツイって。


 気づくといつぞやの高台に来ていた。ここでリティカと一緒に召厄獣と戦った。


 縁に腰掛けると、何だが途端に力が抜けた。

 

 ここに来て、もうすぐ7年になるのか。


 生まれ変わったら、てっきり凄い奴になるんだと思ってた。

 めちゃくちゃ強くて、周りの大人から「天才だ......」「規格外にもほどがある」とか言われて、女の子にモテにモテる。


 そんな人生を送れると思ってた。


 でも、実際は違った。


 同年代の中では一番弱いし。魔術なんか全然出来ないし。チート能力が全然チートじゃないゴミ能力だし。

 なんだひのきのぼうが出せるって、しょうもないにもほどがあるわ。


 モテては......いるな。うん。

 ゲルデとかおれのことめっちゃ好きだし。

 ルピアは......よくわかんないけど、多分おれに惚れてるわ。

 何だよ文句垂れるほど悪くないじゃん。


 ていうか、おれが戦う必要ないんだよな。どうせ警備団が見つけてくれて、召厄獣から治療薬の素材を取ってきてくれる。


 気張る必要も、悩む必要だって無い。


 さて、と診療所に戻ろうという時、頭をガシッと掴まれた。かなり強めだ。誰だよ。


「なにサボってんの」


 メディカの声だーこれ。しかも怒ってるー。


「ベン。棒切れ出して」

「はい」


 さっさとひのきのぼうを作り、後ろのメディカに手渡した。あ、やばい。つい命令されて渡したけど、凶器を渡してしまった。

 あかん、殺される。ごめん、リティカの繋いでくれた命、守れなかった。


 メディカがおれの隣に腰を降ろした。あれ? 突き落としたりしないのか。良かった。


 バキっと音を立てて、メディカはひのきのぼうを叩き割った。


「ヒィッ」


 おれの喉から悲鳴が漏れた。メディカはひのきのぼうの断面を見ていた。


「これ消せる?」

「はい」


 おれはひのきのぼうを霧散させた。


「これほっとくと、いつ消えるの?」


 メディアからの質問が続く。


「3日後くらいですかね」

「このひのきのぼうって硬くできる?」

「出来ますよ」


 おれはひのきのぼうに魔素を多めに込めて作り出す......ん? 出来たけど何だろうこの感じ。

 メディカに手渡す。メディカがひのきのぼうに力を込める。少しだけドキドキした。だが、流石に折れない。おれは内心ホッとした。


「これ折れる?」

「え、多分無理ですよ」


 と、戻ってきたひのきのぼうに万力を込めると、数秒でバキっといい音を立てて折れた。まじかよ。


「もしかして硬度下がってる?」


 アッサリと見抜くメディカ。え、何で? 前はもっと硬かった。強くなってるはずなのに。何で。


 落ち込んでいると、横でメディカがクスクスと笑い始めた。


「ベンの能力はやっぱり面白いね」

「面白いだけです」


 大して役に立たないしな。格ゲーだったらネタキャラ扱いだろうな。


「なんか落ち込んでる?」

「......いえ、元気一杯です」

「素直になれよ若者」


 メディカがおれの肩をバシバシと叩いた。もうおれ37になるんだけどな。


「おれ召厄獣と戦わなくちゃいけないですかね」

「......ルピアがそんなこと言ってたね。召厄獣の目的がリティカとべンと戦うことだって」

「......はい」

「ベンが探せばすぐに召厄獣が出てくるって思うの?」

「はい」


 出てくるだろう......と思う。


「じゃあ戦えばいいんじゃない?」


 うん。やっぱ戦うのは無謀って、え? いや今”戦えばいいんじゃない”とか言った?


 おれは思わず戸惑った顔でメディカを見た。

 そんな顔を見て、メディカは事も無げに続ける。


「大丈夫でしょ。ベン強いし。一応警備団の試験にも合格したんでしょ?」

「はい。そうですけど」

「いけるでしょ。召厄獣の素材ちゃんと取ってきてね」

「無理ですよ」

「何で」

「負けたらどうすんですか」

「逃げてくればいいじゃん」

「逃げるって......」

「そんな事出来ない?」

「......」


 逃げるなんて無理だ。戻って村のみんなにどう顔を合わせたら良いんだよ。そんな恥ずかしい事したくない。逃げるくらいなら、挑みたくない。

 

 おれが口ごもっているとメディカが、ガシッとおれの両頬を両手で掴んで上下に動かした。

 メディカが楽しそうに笑う。イタズラっぽい笑みがリティカに似ている。


「昔のリティカと一緒のこと言うねベンは」

「師匠と?」

「うん。リティカは子どもの時に天才だって言われててね、すっかり天狗になってて。魔術学校行って挫折するんだよね。”この中じゃおれは凡人だ”ってさ。あの時のリティカはホンットにウザかった」


 メディカが懐かしそうに目を細めた。リティカの思い出を語るメディカの顔は、治療している時の苛立ったような顔からは想像も出来ないほど、楽しそうな表情を浮かべる。


「でもねベン。凄くなくても良いし、失敗しても良いの。でも挑戦することを諦めちゃダメ」


 メディカが優しげな目でおれを暖かく見つめてくる。その瞳からおれは目を逸らせない。


「......失敗してダメな奴だって思われるのが怖いんですよ」


 つい自分の中で、自分でも気づいていなかった言葉が出てきた。


「必死で練習したのに、出来なかったらって考えると。怖くて何もしたくなくなるんです。せっかく教えてもらったことが出来なかったら、どうしようって」


 呼吸がうまく出来なくて、胸が痛い。自分の本音をいうのってこんなに辛いのか。


「失敗するのを怖がらないでベン。もし召厄獣に勝てなくても、誰もベンを責めたりしないし、誰もダメな奴なんて思わない。ここにそんな人はいないよ。でもね、もし勝ったら、皆がベンを褒めるよ」

「はい」


 おれは鼻を啜った。涙が溢れそうになるが、何とか我慢する。


「それにねベン。成功なんてのは一回や二回で十分なんだよ。10回失敗しても、11回目で一回成功すれば、それは成功なんだよ」

「それ、リティカにも聴きました」

「ホント? まぁこれ私とリティカの師匠からの受け売りだからね」

「そうなんですね」


 おれは、息を深く吐いた。熱い息だ。息と一緒に何だか肩に乗っかっていたものが抜けていくような感覚がした。


「メディカさん。おれちょっと練習したいことがあるんです」

「何?」

「師匠が得意だった。会心の一撃です。一度も成功したことないけど、とにかくやるだけやってみたいです」

「そっか。私、その辺は詳しくないけど、教えられそうな人に頼んでみよっか」

「はい!」



 会心の一撃。


 技の概要は実にシンプルだ。闘素を出した瞬間に、技を出す。これだけだ。


 魔素は身体から出した瞬間から徐々に霧散していく。だから、出した瞬間の一番ピッチピチの状態で使うのだ。

 シンプルだが、それだけに極めれば凄まじい威力を叩き出せる。


 ただし、難易度が高く。おれは一度も成功したことがない。更に、大振りになることから失敗した時の隙がデカイ。

 ハイリスクハイリターン。


 リティカの得意技だ。

 練習したが、まるで成功しない。徐々に強くなっていくヴェストとルピアを見ていると焦って、簡単に強くなれる道を選んでしまった。


 メディカの協力もあって、警備団や戦闘力のある人たちにおれの”会心の一撃”の練習を見てもらえることになった。


 今まで、練習するなら一人でやってた。失敗するとこなんて誰かにみられたくなかったからな。



「どうですか?」


 オドベノスさんがおれを睨む。怒ってんのかな? 顔怖いんだよなこの人。


「ベン、もしかしてだが、棒の硬さが下がってないか?」

「下がってますね。何でなんですかね」

「無理やり石魔術をやったからだろう。そのせいで魔素の形が不安定になってるんだ。もしリティカと同じ一撃を出すんなら、石魔術は絶対に使うな」

「わかりました。ありがとうございます」

「と言っても、どうせお前の出る幕はない。好きなようにやればいいと思う」



「どうですか?」


 村長は目を閉じている。ちゃんと観ていたんだろうな。てか起きてんのか。


「あの村長......村長!」


 おれが大声で呼ぶと、村長はカッと目を見開いた。


「クシャミが出そうじゃ」


 村長が口を手で覆った。

 ブッと村長は爆音で放屁した。


「すまん。ゲップじゃったわ」

「いや、屁だろ」

「ただの冗談じゃよ。そんな怖い顔するな、全く変なところでゲルデに似おって......あ、ワシの屁が臭ってきたわ。ん? ワシ上手いこと言っちゃった? イッヒッヒ! ワシおもしれ〜......う、ゲホッゲホッ。くっさ! ワシの屁くっさ!」

「ありがとうございました」

「待て待て帰るな! アドバイスと菓子やるからまだいろ」


 何だよ。アドバイスはちゃんとくれるんだな。しかも菓子くれるって言うし、ずっといようかな。......ってのんびりしてる暇は無いんだ。


「ベンよ。お主は力み過ぎじゃ」

「力み過ぎ」

「そうじゃ。具体的に言えば出す魔素の量が多すぎる。自分に扱える範囲だけ出すんじゃ。おそらく、今の半分ぐらいがちょうど良いじゃろう」

「......それだと威力足らないんじゃ無いですか?」


 そうだ。会心の一撃ができても、召厄獣を倒せる威力じゃなければ意味がない。

「威力は問題ないじゃろう。ベンよ、リティカのあの威力は一度忘れろ。あれが出せるようになるのにはお前が今から、頑張っても10年はかかる。最初はちょっとで良いんじゃよ」

「わかりました。ありがとうございます」

「本気でやるのか?」

「ルピアとヴェストが具合が悪くなれば、おれがやります」

「良かろう。準備はこちらでやっておく」

「お願いします」



「どうですか?」


 不機嫌な顔のゲルデ。横でソワソワするロサ。


「ベン」


 ゲルデが不機嫌に呼ぶ。


「はい」

「最近ずっと動いてるでしょ」


 言われてみればそうだ。メディカの手伝いの合間を縫って、会心の一撃の練習をしている。寝て食ってウンコする以外はだいたい動いてるな。


「ここ数日、朝のベンの魔力。完全に回復してないんだよね」

「......はい」

「練習するのは良いけど、休むときも真剣に休みなさい。体調管理が出来ずに魔獣に勝てるなんて思い上がらないで」

「はい。ちゃんと休みます」


なんかここ最近ゲルデに怒られてばっかだな。


 ロサが優しげに笑いかけてくる。


「ベンは頑張り屋だな」


 言いつつ、おれの頭を優しく撫でた。


「ゲルデの言う通り、疲れが見える。闘素を肉体に付与すると、身体に強い負担がかかるんだ」

「どうすれば回復できますか?」

「魔素の形を変えてない、自分の身体から出た純粋な魔素が一番肉体の回復に良いんだ。心臓から出た魔力を頭のテッペンまで、巡らせて次に足の先まで持っていく。魔力をぐるぐる回すんだ。これをやるとそこそこ回復になるぞ」

「わかりました。やってみます」


「だいたい、警備団が不甲斐ないからベンが頑張らなきゃいけないんじゃない」


 ゲルデがロサを睨みつけた。


「......はい、ごめんなさい」


 それからしばらくゲルデの説教がロサに続いた。



〜メディカ視点〜


 乱れた呼吸音に目が覚めた。朝日が窓から差していた。


 ヒューヒューという風が狭い隙間を縫うような音が聞こえる。私は飛び起きた。病室に飛び込むと、ルピアが咳き込んでいた。

 ルピアの羽は結局、繋げることが出来なかった。こんなに美しい羽なのに。なんて勿体無い。

 この上、死んでしまうなんてあんまりだ。

 それにしても、遂にこの時が来てしまった。


 ついぞ、召厄獣を見つけ出すことは出来なかった。リトルクロウも見つかってない。素材が手に入ってない。


 村から、素材があるかもしれない近隣の村へ派遣した人たちも戻ってきてない。

 間に合わなかった。

 

 ベンに頼むしかない。ベンが元リトルクロウの召厄獣を倒して素材を手に入れれば、治療薬を作れる。


 日の差し具合から見て、かなり寝坊してしまった。ベンならきっと起きてるかもしれない。

 いるならきっとあそこだ。リティカが作ったオドベノスさんの石像の場所にいる。


 ドン、と鈍い衝撃音が耳に入った。リティカ?

 一瞬、彼の顔が思い浮かんだ。いや、そんなはずはない。彼は死んだのだ。


 石像のある場所に向かうと、ベンが棒切れを持って突っ立っていた。

 その目の前にある石像は上半身がバラバラになっていた。


「ベン?」


 ベンが振り返った。顔つきが少し違うように感じた。


「ベン。ルピアの容体が急変したの」

「そうですか。任せてください」


 真剣な顔は、リティカにどことなく似ているように感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る