七話 優斗の過去①

 雨木優斗は雨木家当主、雨木優也の次男として生まれた。


 彼はお世辞にも魔術師として優秀とは言えなかった。兄の優太と姉の優奈が非凡な才能を持ち合わせていた事も有り、彼は不遇な立ち位置だったと言えるだろう。

 後継者としては期待されていなかったが、彼はそれを不都合に感じた事は無かった。そもそも家の事など優斗にとってはそこまで重要では無かったのだ。才能が無く、魔術教育をきちんと施されなかった結果、自分達の魔術こそが至高という雨木家の歪んだ思想に染まらなかったのは皮肉な話だといえる。

 小学生になったころ、優斗は彼の叔父である雨木優河から剣術を習い始めた。雨木家には代々伝わる剣術が存在し、彼にそれを継承しろという指示が下ったのだ。

 これは名誉な事では無く、厄介ごとを押し付けられたのだ。そもそも魔術戦闘において、武術を徹底的に極める必要は無い。

 勿論ある程度は必要だが、基本さえ出来れば思考速度を上げた方が効率的なのだ。一般人が訓練しても銃弾を避けられる様にならないのと同様に、いくら技術が有っても普通は自分より速い相手には対応できない。あくまでほぼ同格な相手と戦う時に戦闘技術が高い方が有利と言うだけだ。それなら基本スペックを上げる事に注力すべきだ。

 だからこそ、剣術なんて徹底的に鍛えるなんて無意味といえる。とはいえ歴史と伝統を重視する雨木家、代々継承してきたものを途絶えさせるなどと言う発想は持ち合わせていない。そこで、魔術師としては大成する目が無い優斗に白羽の矢が当たったという訳だ。

 だが、剣術において優斗は異常な才能を発揮した。初めて剣を握ってから数ヵ月には、もう教わることは無くなっていた。

 無論思考速度等が違う上に、遠距離攻撃には弱いので戦って勝てる訳では無い。だが、純粋な剣の技量は師である叔父を含む雨木家の全ての人間を上回っていた。


 それからは独学で剣の鍛錬を重ねた。同時に魔術も学んだが、教える側にそこまでやる気がなく、優斗の方も剣ほどの熱意を持てなかった為そこまで大した物にはならなかった。

 転機が訪れたのは高校生になった頃だ。叔父の優河が雨木家には改革が必要だと主張したのだ。

 優河はこのままではただ歴史が長いだけのありふれた家になってしまう可能性が高く、そうなる前に体制の転換や、他の家を圧倒する魔術の開発が必要だと唱えた。彼も比較的優斗に近い立ち位置で育ったので、他の面々に比べれば現状の客観的な把握が出来ていたのだ。

 当然当主である優也は反発したが、傘下や分家の中には同調する者も存在したため、渋々改革を認めた。


 その時優斗は思ったのだ。改革が必要なら霧崎家にでも頭を下げて、世界各地の魔術と組み合わせれば良いと。魔術は様々な国の様々な宗教を基盤としたものを組み合わせれば、爆発的にやれることが増えるのだから。

 日本古来の魔術に関しては間違いなく一流で、なおかつ外部には資料が少ないのだから、それを対価にすれば協力を取り付けるのは容易だと考えられる。

 その考えを父に伝えると、優也は憤怒の形相で彼を殴り飛ばした。改革だけでも苦渋の決断なのに、その内容が霧崎家に頭を下げるとくれば許容できる筈もない。

 優河も当然のように反対した。彼も自分たちの魔術が至高という思想と誇り自体は持っていたため、外部に協力を求めるなど有り得なかったのだ。

 一方の優斗は正直家に誇りなど持ち合わせていなかった為、単純に最も手っ取り早いと思った方法を提案したのだ。

 例えるなら業績が悪化した企業が自力で再建するか、身売りするかという選択に近い。会社に愛着が有る場合は前者を選択するのも有りだが、無いならどこかに身売りした方が手っ取り早い。

 結局、優斗の意見に同調する者はおらず、彼は勘当される事になった。


◇あとがき

 こちらで告知するの忘れていましたけど、この作品で使った科学用語についての解説動画をYoutubeに上げたので良かったら見て下さい。

 第一回はエントロピーについてです。

https://youtu.be/lubou3PLTq4

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