十一話 魔術なんて……

「では始めましょう。まずは四大元素について。四大元素は火、水、風、地の四つの属性の事です。これは火や水そのものでは無く、そういう性質を指します。西洋の魔術では、あらゆる物質はこの四つに分類する事が可能です。これは西洋魔術の基本なので……」

「ねえ氷華ちゃん」

「?」

「悪いけどもうちょっとゆっくり話して欲しいな。付いていけない」

「……」


 氷華は無言で頭を下げる。基本的に彼女は思考が早いので、彼女のペースで話すと周りが付いてられないのだ。この辺りも含めて彼女は教えるのには余り向いていない。お互いに苦戦しつつも琴音は魔術を学んでいった。


「今日はこれくらいにしましょう」

「うーん、全然わかんなかったよ……」


 初心者が初日で理解出来る程魔術は浅い学問ではない。むしろ琴音は理解が早い方だろう。


「はあ~、あ、ご飯作らないと」

「お疲れでしょうから今日は私がやります」


 そう言って氷華はキッチンに向かう。料理は好きと言う訳では無いが、普通に問題なくこなせる。

 二十分程でそれなりの料理が完成した。


「いっただっきまーす。……ゴホ、ゴホゴホ、ハアハア——氷華ちゃんどういう味付けしているの⁉ めっちゃ味濃いんだけど!!」

「え?」

(どうと言われても普通に作った筈だけど……味も普通……もしかして私味覚おかしい?)


 心当たりは有る。氷華の全身を蝕む呪詛だ。呪詛の影響で感覚を失うという形で現れる事はよくある。

 いくら氷華が優れた魔術師とはいえ、膨大な呪詛の影響を完全に防ぐことが出来ているとは限らない。そして戦闘用に作られた氷華は無意識的に最も戦闘に必要が無い感覚に優先的に影響を与え、他の部分にダメージが出ない様にする筈だ。

 つまり氷華は味覚が殆ど機能していないのである。徐々に衰えていく味覚に合わせて味付けを濃くしていった結果、いつの間にかとんでもない味付けになっていたのだろう。それを普通の味覚の人が食べたら悶えるに決まっている。


「ごめんなさい……」

「あーそんなに落ち込まなくても。誰にだって苦手な事の一つや二つ有るから」


 目に見えて落ち込む氷華に琴音が励ましの声を掛ける。内容は的外れだが、真っ白で何も知らない彼女に氷華の抱えている闇を知って欲しくないので仕方が無い。


「むしろ安心したよー。氷華ちゃん完璧すぎてちょっと怖かったもん。わかりやすい欠点があった方が親しみやすいよ」

「そうですか」

「大丈夫、家事は全部私がやってあげるから」


 なんか琴音が急に生き生きとし始めた。良く分からないが楽しそうなので良いだろう。


◇◇◇


 琴音に魔術を教える傍らで氷華は魔術師を殺し続けた。氷華の戦闘力が向上したので、それに伴って敵も強大になっていった。街を一つ薬物付けにした反社会勢力を壊滅させ、某国が孤児を使って兵士を育てるために建設した施設を消し飛ばし、千年の歴史を持つ名門を滅ぼした。

 一度に大勢殺すような事になっても氷華が耐えられたのは、底抜けに明るい琴音が居たからだ。彼女が居なければとっくに折れていたか、完全に心を閉ざしていただろう。結局琴音が最初に宣言した通り二人は友達になったのだ。それでも完全に心を開かせる事は出来なかったが。

 琴音と出会ってから一年ほど経過した頃、当時の第二十位と交戦して痛み分けになる。これにより魔術師殺しの素性が公になり、その実力と何千人もの魔術師を殺した実績から史上最年少で二十三魔人に選ばれる事になった。

 だが、それは氷華にとってさほど重要では無かった。この頃には氷華が魔術師を殺す頻度が下がっていたのだ。別にモチベーションが低下した訳では無い。氷華が有名になった結果、皆必死に隠すか、そもそも一般人を使うのを止めるようになったのだ。

 これにより、氷華は一般人を犠牲にする魔術師を見つけられなくなったのだ。隠れるだけならやりようはなくも無いが、止められればもう見分けが付かない。

 これでは氷華が死ぬまでに全員殺しきる事は不可能だろう。それに二十三魔人クラスにはこちらから攻め込んだ場合勝てない。何より本当はこれ以上人を殺すなんて嫌なのだ。だから根本的な解決が必要になるのだ。


「ああ、そっか。簡単じゃん。魔術なんて無ければ良いんだ」


 魔術なんてものが有るから人が死ぬのだ。どうせ公表出来ない以上何の役にも立たないのだから、消してしまった方が世のためになるだろう。

 さらに言えば、魔術が無くなれば琴音が真っ黒な魔術師の世界に巻き込まれなくて済む。琴音の純粋な所に救われている氷華は、彼女に綺麗なままでいて欲しいと思っていた。

 無論、魔術が無くなれば魔術によって体を繋いでいる氷華はバラバラになって死ぬ(・・・・・・・・・・)。だが、氷華はそれを顧みない。むしろそれぐらいの罰を受けた方が丁度いいとすら思っていた。

 琴音を一人残す事になるし、せっかく学んだ魔術が無駄になってしまうのは申し訳ないので、残った遺産が全て彼女の物になるように遺言状を書いておく事にした。これだけで足りるとは限らないが、せめてもの謝罪の気持ちだ


「とりあえずセフィロトの樹を異世界と現世の繋がりに見たてて、それを壊すっていうアプローチで良いかな。今まで誰もやろうとして無いから参考資料が無いから大変だよ。私ゼロから新しい事を考えるのは得意じゃないからなー」


 氷華は今まで殺してきた魔術師が持っていた魔導書等を回収しているが、今まで魔術を封じる魔術は見たことが無い。魔術を研究するのが魔術師なので、魔術を使えない様にするなんて発想がそもそも無かったのだろう。

 現状ではごく短い時間しか無効化出来ないが、将来的には世界前提で永続的に魔術を使用不可能にしたい。そうすれば魔術師が滅亡し、魔術によって無関係の人が死ぬ事は無くなる。


 これが霧崎氷華の過去である。彼女がやってきた事は善行とは言い難いが、多くの人命を救ったのも事実だ。全力で破滅への道を突き進んでいる彼女を止める事が出来るのか、そもそも止めるのは正しい事なのだろうか。それはまだ誰にも分からない。


◇あとがき

氷「今回で過去編は終わりです。次回から修学旅行編のスタート」

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