二話 日常 優斗の場合

◇2019年 9月2日 月曜日

 氷華達の学校では武道で剣道を行う。防具が熱いので暑い時期にやらないで欲しいのだが、何故か残暑が厳しい夏休み明けに行うのだ。まあ冬にやったらそれはそれで床が冷たくて辛いのだが。

 そんな剣道の授業で優斗は無双していた。

 剣道部員や教師ですら小柄な優斗に一本も取れず、ボコボコにされていた。一応言っておくと魔術は一切使っておらず、本人の純粋な技量と身体能力のみでこの結果である。

 だが、等の本人は


(あーいつもの癖で首狙っちゃうなー。ていうか僕の剣術って魔術で身体能力を上げる事を前提だし、ルールが有るとやりにくいんだよな)


 などと試合相手が聞けば心が折れそうな事を考えていた。確かに彼の剣術は人間離れした身体能力とルールにとらわれない自由な動きがベースだ。さらに言えば人を殺す為の剣術である。競技でしかない剣道では生かしきれない。それでも誰も歯が立たないのだから優斗の戦闘技量はずば抜けている。

 だが、それにより少々困った事になった。


「え、えーと?」


 教室に戻った優斗は何故か三人の男に囲まれていた。彼らは先ほど彼に負けた剣道部員だ。一瞬授業で負けた腹いせに喧嘩を売りに来たのかと思ったが、それならこんな人目に付く場所でやらないだろう。


「頼む、剣道部に入ってくれ」

「ごめん無理」


 即答だった。優斗は部活をやるぐらいなら魔術の勉強をしたい。


「そこを何とか、っていうか君剣道やっていたんだろ」

「いや、剣道はやった事ないぞ、剣術ならやっているけど。とりあえず無理」


 名残惜しそうだったが、優斗の態度から脈が無いと判断したようで去っていった。入れ替わりに琴音がやってくる。


「一体何やったの?」

「恐らく剣道で試合相手を全員瞬殺したのでしょう。優斗さんならそうなります」


 横に居た氷華が的確な答えを述べる。彼女は優斗の剣の腕を熟知しているので、剣道の授業をやればどうなるかは予想が付くのだ。


「あーそういう事かー、確かにそれなら剣道部に誘われるよね」

「まあそうだよな。ちょっとやり過ぎたよ」

「そもそも加減すれば良かったのでは? 別に授業で勝っても何か意味が有る訳ではないでしょう」


 学校の成績は魔術師にはあまり関係ないし、そもそも基準を超えていれば普通に10になるのだから本気を出す必要は無い。


「いや、そのつもりだったけど体が勝手に……」

「……それよくルール守れたね」


 琴音が呆れた顔で言う。それを見た氷華は内心安堵していた。しばらくの間ふさぎ込んでいたが、ほぼ立ち直ったらしいと。

 もっとも、それは表面上だけの話なのだが。


◇◇◇


 昼休み、優斗は購買に来ていた。霧崎邸の住人には琴音が弁当を作る事が多いが、流石に毎日は難しいのでたまには買う必要が有る。

 そんな訳でおにぎりを買って教室に戻ろうとした優斗に声を掛ける二人組が居た。


「やあ雨木」

「ああ、中村と清水か。何か用?」


 彼らとは転校初日に縁が有り、たまに話す間柄だ。間違っても魔術世界に関わらせない為、親しくなり過ぎないよう注意しているが、まあそれなりに仲がいいと言っていいだろう。


「いや、今日は購買なんだなと思っただけ。それにしてもお前剣道強いんだな。全国出場者も居るのに勝ちやがった。あの霧崎さんと仲がいい事と言いほんと何やっていたのか謎だらけだよなお前」

「し、清水君、その辺は事情があるから聞かないで欲しいって言われていたでしょ」

「ああ、悪いが聞かないでくれると助かる。まあ聞かれても答えないだけなんだが」


 やや口調が荒い大柄な少年が清水で、若干気弱な少年が中村だ。どう見ても正反対な二人がどうして親友なのかは知らない。興味も無いし、自分の事情を明かしていないのに詮索するのは不公平だろう。


「分かっているけどけど羨ましいんだよ。この間の学期開けテストでも学年で二人だけの満点だったし、その上運動も出来るとか。しかもあのSSランク美少女の霧崎さんと仲がいいとかふざけんなよ」

「そんな事言われても出来るんだから仕方が無いだろ。それとなんだよSSランクって」

「霧崎さんは俺の見立てではこの学校唯一のSSランク美少女なんだよ。前まではSランクが最高だったが、余りの格の違いにさらに上のランクを作るしかなかったのだ!! 雲宮はかなり良いけど胸が無いのが惜しいな。ふふふ、それにしてもやっぱりお前も男だな。俺が作ったこのうちの学校美少女図鑑に興味が有るらしい」

「いや全く」


 そんなものを知って何の役に立つのだろうか。そもそも美醜なんてものは有る程度主観によるものだ。さらに言えば彼は魔術師以外の女性と結婚出来する訳には行かないので、そもそも氷華と琴音以外は選択肢に入らない。

 恋愛と結婚が直結しているのは、未だに政略結婚が良く有ったり、幼少期から許婚が居る事も多い魔術師の家で育った為だ。


「ええ、あ、そうかてめえは霧崎さんと仲がいいし、それ以外のSランクやAランクの女にも興味持たれてるからな。俺は女友達すらいないというのに。やっぱり顔か、世の中顔なのか⁉」

「まあ恋愛において容姿が大きな比重を占める事は事実だけど、君の場合別の理由があると思う。そもそも君は別に見た目が悪い訳でもないし。とりあえず女性の容姿を勝手に評価した挙句、ランク付けして騒ぐような男は嫌われるに決まっているだろ」

「「え?」」


 清水だけでなく中村まで意外そうな顔をしていた。


「ていうか下手すればセクハラだろそれ。まあ頭の中でどう思っていようが勝手だが、それを当事者が聞こえるかもしれない所で言うのは失礼にも程が有る。胸が無いとかは下手しなくてもそうだな。そんなこと言っているから女性に嫌われるんだ」


 完全に余談だが、琴音は胸が小さいことをかなり気にしている。よく氷華と見比べて悔しそうな顔をしているのだ。氷華の服の下がどうなっているかを知っている優斗としては複雑な心境だが、とりあえずコンプレックスを茶化すような人間が好かれる筈がない。


「え、でも僕が好きなラノベだとそういう事してる主人公が凄くモテモテだったよ」

「それは創作物限定の話だろ。君が読んでいるのがどんな話か知らないけどな、現実には容姿も能力も平均的な特に特徴の無い男がモテるなんて有る訳が無いだろう? そんな話が沢山ある時点で参考にならないことぐらい察しろ。空想と現実を混同するんじゃない。っていうか何でお前らは僕に恋愛について説教されているんだ」


 魔術師の倫理観や恋愛観は一般人とはずれているのにもかかわらず、何故一般的な恋愛について説明しなければならないのだろうか。まあそれだけ二人とも女性に対する理解が足りていないという事だろう。

 二人ともかなり落ち込んでいた様子だが、優斗は放置して教室に戻る事にした。このままでは昼食を食べる時間が無くなってしまう。

 余談だが、偶然上記の会話を聞いた生徒がその内容を友人に話し、噂として広まる事になる。その結果、女子生徒内での優斗の人気は更に高まるのであった。


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