十一話 六位対八位 前編

 アレクシスが赤い棒を回転させると、巨大な炎が発生し氷華に襲い掛かる。基本的に彼の攻撃手段は四大元素操作だ。彼の周りに浮かんでいる四つの礼装は四大元素武器という。棒が火、杯が水、短剣が風、ペンタクルが地を象徴している。

 四大元素操作は魔術師にとっては基本中の基本と言えるが、基本故に極めれば威力と汎用性は高い。

 だが、氷華に熱量攻撃は無意味、いや、逆効果だ。


「熱エネルギーを運動エネルギーに変換(CTEIKE)」


 氷華は相手の攻撃の熱を変換し、転がっていた小石に運動エネルギーを持たせて弾き飛ばす。命中はしたものの効果は無さそうだ。

 アレクシスが今度はペンタクルを回転させた。すると、氷華のいた場所の地面が消滅し、周りの地面が盛り上がって覆いかぶさってきた。

 生き埋めにされる直前に氷華は飛び上がる。空中に居る氷華を水の刃、変形した地面、風、炎等が追撃するが、空中に足場を作り飛び回ることで回避する。普通の飛行もさほど難しい魔術では無いが、足場を作る方法の方が撃墜される可能性が低いので、空中戦では氷華はこちらを使っている。

 氷華は攻撃を全て回避しつつ接近し、アレクシスに斬りかかる。

 キン、という音が響き、氷華の剣が折れた。

 アレクシスは近づいてきた氷華に殴りかかるが、氷華が離れる方が速かった。


「フッ、俺にその程度の攻撃が効くとでも?」


 アレクシスは不敵に笑う。自らの防御力に絶対の自信が有るのだ。

 彼は魔術戦闘において一度も傷を受けたことが無い。その防御力は個人でありながら並の魔術要塞を上回ると言われている。その硬さこそが彼の強み、人間要塞と言われるゆえんである。


(運動エネルギー攻撃はほぼ無効と確定。他の攻撃を実行し、有効性の確認を実行)

「エントロピー減衰(ED)、高速分子と低速分子を分離(SFASM)」


 氷華は高速で動く気体分子を集中させ、アレクシスの周囲を高熱にする。直接攻撃は効かないようなので、周囲の環境を変える事でダメージを与えられないか駄目もとで試してみたのだ。

 地面が融解する程に気温が上がるが、効果は見られない。残念だが、予想通りだ。通常の攻撃だけでなく、環境の変化から身を守る礼装が有ることは確認済みだ。

 まだ攻撃手段はいくらでもある。他のものも試そう。


◇◇◇


 結論から言うと通用した攻撃は無かった。熱、低温、真空、レーザー、マイクロ波、放射線、毒、その他各種魔術等で攻撃してみたが、全て効果が見られない。要塞に例えられるだけのことは有る。攻撃の種類を変えるのでは無く、純粋に威力を上げ、力ずくで突破するしかなさそうだ。


(高火力攻撃を行った場合の結果を推定……結論、実行不可能。人的被害の発生が不可避と推定)


 氷華が本気で攻撃すれば押し切れる可能性は高い。だが、その場合相手も高火力攻撃を解禁するだろう。魔術師は極力存在を隠すことを望むため今は攻撃を控えているが、氷華が本気を出せばそれどころではなくなる。

 その場合、核戦争さながらの争いになる。おそらく東京二十三区程度は更地になってしまうだろう。それだけは絶対に出来ない。氷華は何が有っても魔術師以外に人的被害を出すことだけは出来ない。


(通常戦闘での撃破は不可能。特殊攻撃、または消耗戦が有効と推定。特殊攻撃はハイリスクなため、消耗戦を実行)


 氷華は通常の手段で撃破することを諦め、相手を疲れさせることにした。魔術は生命力を消費するので、使うと少なからず疲れるものだ。よって相手の体力が限界になるまで粘ればこちらの勝ちだ。

 体力自体は氷華よりアレクシスの方が上だ。氷華は基礎体力自体は低い方だし、性別による差もある。通常なら消耗戦は体力が多い方が有利だが、今回に関しては別だ。氷華の方がアレクシスより持久戦が得意なのだ。

 まず攻撃に関しては、エントロピー減衰術式を使いノーコストで攻撃出来る氷華の方が圧倒的に燃費が良い。

 次に防御だが、アレクシスは常に防御術式を全開にしている。普通の防御魔術だけならともかく、燃費の悪いどんな魔術攻撃にも有効な防御魔術を使っているので消耗は早い。これを使わなければ自分が知らない魔術は防げないので仕方が無いのだが。

 氷華は回避と牽制程度の攻撃に集中する。しばらくするとアレクシスは氷華の目論見に気が付いたらしい。


(成程、そう来たか。それなら持久戦が出来ないようにしてやるだけの事)


 アレクシスは様々な攻撃を四方八方に打ち出す。どうやら人払いの圏外に居る無関係の人を攻撃し庇わせることで、氷華を消耗させたいらしい。これだけ広範囲だと移動しなくては守れないため、普通に戦うよりは消耗するだろう。

 狙いが分かった所で、氷華には無視するという選択肢は無いし、そもそもこの程度では消耗速度は覆らない。確かに移動して庇うのは大変だが、ひたすら攻撃するのだって大変なのだ。つまりまだ何かやるつもりらしい。

 氷華が修復した剣で弾いたり、相殺してたりして回っている間にアレクシスが詠唱する。どうやらこちらが本命のようだ。


「風(A)、世界を構成する四大元素の一つにして(OOTFETMUTW)、大天使ラファエルが司る力(TPOAR)。その性質は熱にして湿(IPAHAM)。大いなる元素の力をわが前に示せ(SMTPOGE)」


 詠唱によって威力を増した風が街に向かって進む。ビルの一つや二つ程度なら容易に崩壊させる威力があるだろう。自分だけならどうにでもなるが、被害を防ぐのは難しい。

 やむを得ないので、氷華は髪を一房切り落とし、それを使って即席の防壁を展開する。女性の髪は魔術の媒体として優れており、これを使えば直ぐに強力な魔術を使うことが出来る。氷華はこのために髪を伸ばし、丁寧な手入れを行っているのだ。

 問題なく攻撃を防いだ氷華の横を大量の小石が通り過ぎる。あの程度なら被害が出ないだろうと思ったが、弾道の先にある物を見て慌てて移動する。

 次の瞬間、氷華の背中に無数の石礫が突き刺さった。



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