人を食う機械

蒸奇都市倶楽部

人を食う機械(枕)

 帝都にはびこる迷妄妄誕ぼうたんを断つ本記事「帝都妄断もうだん」も今回で八回目となる。

 さて、読者諸賢は『人を食う機械』の話を聞いたことはあるだろうか。細かな筋の違いや異説があるようだが、大略すると次の通り。


 ――屠畜場で肉を加工する機械が暴走して手当たり次第に人を呑みこんだ。犠牲者は肉になってしまったが、業者はこの事実を伏せたまま肉を流通させた。だから帝都に出回る肉にはときどきいわくつきのものが混じっている……


 なんてことはない、都人士の不安が話という形をとった都市にまつわる噂話の一つだ。

 迷信と純朴が生んだ古い怪談とは異なり、都市の噂話は事実となる話に故意に誇張を加えて人為的に流されるものが大半で、人心の不安をかきたてる悪質な扇動と云いきってよい。

 もちろん『人を食う機械』も同類である。人を巻きこんだ機械という語句は徐々に人の仕事を奪っていくであろう機械への不満を大胆に表しておる。消費者を顧みず事実を伏せた業者という点は、儲けしか眼中にない企業への不平をあおる。おぞましい人肉がそのまま食卓にのぼっているかのような結末は、帝都での生活そのものへ不信をいだかせる。

 いずれもが身近に存在する不安の種をひそやかに宿しているのだ。

 これら不安の種はこういった噂話を栄養にして花開こうとしている。

 だが、我らが帝都に咲く花が斯様な不安に根差したものであってはならない。


 読者諸賢は見抜いておられるだろう。

『人を食う機械』もまた帝都に巣食う妄誕の一つにすぎないのだと。

 しからばその妄誕、ここに章々として断とう。

 今号お目にかける記事は、『人を食う機械』の元となったと類推され得る、西部市のある食肉加工場にて発生した騒動についての顛末である。むろんこれは本誌に掲載されたる内容であるから、尾ひれのついていない実録であるのは断るまでもない。


 以下は本誌編集部にこの実話を持ちこんだ某氏の語ったところを文章に整えたものである。

 氏の語りにはいささか冗長な箇所も見受けられるが、語られる食肉加工場の場景にも目を通してもらいたい。帝都における点景、生活の実録をつづるという本誌の主旨にも反しないものとして省かず掲載した。また、例によって人名は仮名としている。

 本記事が噂話の黒い部分を払拭できる力を備えていると信じて。


 無姓無名「帝都妄断 第八回」

『実録帝都』三二年第二十六号

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