4:因果応報

「やあ、久しぶりだねえ。こんな日にも撮影かい?」

 暖かい車内と、ゆっくりと走り出した車に僕は大きく溜息をつきました。車はチェーンのじゃりじゃりという音と共にゆっくりと前に進んで行きます。僕はシートベルトをかちりとやると、立浪医師を無言で見つめました。

「お、怖いなあ。まあ、でも君達も僕に酷い事をしてくれたよね。僕は年末には廃業だね。首でも括るしかないかな? まあ、おかげで僕に張り付いてた人たちはいなくなってね、やあ、すっとしたよ」

 ああ、真木さんの言ってた『嫌がらせ』か。うーん、多分張り付いてた人たちは、違う事で今忙しいから離れたんじゃなかろうか……そう思いつつサイドミラーを確認すると、楕円形の跡が追ってきているのが見えました。前門に虎、後門に狼ってやつですか。


「清水さんに何をしたんですか?」

「別に何もしていないけど?」

「嘘は言わないでください。清水さんにゆすられていたでしょう?」

「ああ……。まあ、ちょっと税金を誤魔化してたのが彼女にばれちゃってね、でも時々お小遣い程度のお金をあげてた程度だよ。まあ、その時、ちょっと彼女の自尊心を持ち上げるようなことは言ったけどね。彼女達のサークルが実際何をしてたかは――」

「嘘は言わないでください。郷土史研究会の生存者が昨日正気を取り戻しました。その人が言うには、清水さんは、あなたから、この町で昔結界が破られて病人が出た話を聞いたと言っていた、と証言しています。

 あの人達は、最初は遊びのつもりで結界を壊していた。だけど清水さんは偶然見つけた動く落書きを持って帰ってきてしまった。

 落書きは結界を壊せば壊すほど、成長し、あの人達は、あの落書きを『神様』として崇め奉り、『世界を平和に導く』とかなんとか、お題目をぶち上げてカルト教団みたいに生贄を捧げていたそうです……。結局行きついた先は悲惨な結果でした。

 全部あなたが原因です。あなたは、一体、どうして清水さんを焚きつけて結界を壊させたんですか? 僕はそれが是非とも知りたい」


 立浪医師はしばし無言で、ハンドルを握っていましたが、ぷっと吹き出しました。

「いやいや、今は取材中というわけだ。君を家から尾行してたんだが、とっくに気づいて僕を待ち受けていたわけだ。はー、参ったねえ。あ、カメラは止めなくていいよ」

 今、とんでもない事を言いやがったぞ、この医者、と僕はカメラを立浪医師に向けました。

 立浪医師はちらりとこちらに笑顔を向けました。目が全く笑ってません。


「昔ね、そう――十五年かそのくらい前かな、体調を崩す人が増えた時があってね、色々調べたら、『そういう事』だってわかってね。いやあ、あの時は――実に儲かった!」

 ……まさか。いや、やっぱり、か。F神社の神主さんを往診する立浪医師を見た時に感じた、漠然とした『碌でもない感じ』の正体はこれか。


 ただの金儲け。


 そんな事の為に、たくさんの動物や人たちが傷ついたのか。

「今、君はくだらない、って思ってるんだろう? まあ、子供にはそう思えるんだろうね。でも大人になるとね、何は無くてもお金なんだ。貧すれば鈍す、と言うだろう? 幸福とか人間らしい考え方ってのはね、お金が無くてはできないんだよ。そう思わないかい?」

 サイドミラーを見ます。足跡は見当たらない。今、シートベルトを外して、飛び出すべきか? カメラを右手で構えつつ、左手をフリーにします。

「僕は心の底からクソ野郎と思える人にようやく巡り合えて、感動してますよ」

 ははは、と立浪医師は左手でハンドルを叩いて笑いました。

「構わないよ、何を言ってもね。僕は今日は機嫌が――」

 ざっと衣擦れの音がして、あっと思う間もなく、立浪医師の左手が僕の喉を掴んでいました。と、僕の右腕にギクッと痛みが走りました。目をやると、すでに注射器が押し込まれた後で、急激に汗が吹き出してきました。

「麻酔だよ。僕はグロいのは嫌いだからね、君を眠らせてから川に捨てる。カメラも処分するよ。この雪だ、誰も見てないだろうし、運が良ければ発見はずっと後になる。テレビを見ていて考え付いたんだ。中々良いだろう、名監督君?」


 僕は痺れ始めた口を何とか動かして、この馬鹿野郎がと言いました。立浪医師は僕の顔にビンタをします。痛みはありませんでした。ですが、顔ががくりと窓の方を向き、中々元に戻りません。

 生意気なクソガキめ、と声がして、頭を殴られました。痛みがゆっくりと遠くからやってくる中、洞窟に木霊するように、ぼぞっぼぞっ、というあの音が聞こえてきました。


 ああ、来た。


 僕はにやりと笑いました。立浪医師はギョッとして僕を殴る手を止め、ようやくその音に気付いたようです。運転席側の窓の外を眺め、それから間抜けにも窓を少し開けると――ごうっと雪が吹き込んできました。


 ぎゃあっと悲鳴が上がり、ぼきぼきごきごきと漫画の効果音みたいな音、そしてフロントガラスと僕の顔に血が飛び散ります。


 真っ黒い闇の中に意識が溶け堕ちていく前に僕の目に映ったのは、狭い窓の透間に合うように『折り畳まれ』、それでもひくひく動いている立浪医師でした。

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