5:落書き・対決2
僕達が振り返るのと同時にマンホールの周りから人がパッと離れました。尻餅をついた足柄さんが、すぐにぐるりと腹這いになると、だっ、ともう一つのマンホールに向かって走り出しながら、空気止めろ! そっち蓋閉めろ! と叫びます。
ヒョウモンさんは、さっと僕達から離れると、カメラを構え片膝をつくも、うわっと叫んで立ち上がります。
どうしたの、と僕が聞く前に委員長が地面が揺れてる、と叫びました。
ばーちゃんがカニさんに、一体どうした! と叫びます。
カニさんが口を開く前に、Uさんが悲鳴を上げ、店長さんがうおっと叫びました。
マンホールから何かがはみ出していました。
僕は、それが一瞬何だかわかりませんでした。後で映像を確認してみると、僕は「は?」とか言いながらマンホールへ向けて歩こうとしてましたね。
ここ、本放送では完全モザイクでした。
ってか、モザイクでも放映できたのが奇跡です。
ガチの死体でした。
身元も一応判明しましたが、まあ、カットされると思うんでピー入れといてください。
ええ、大体想像つくと思いますけど、郷土史研究会の一人で、名前は三角幸恵。会計の人ですね。
血を吸い尽くされた上に下水に放置されていましたから、そりゃもう、とんでもない事になってました。で、まあ、問題はそれが何でマンホールから出てきたのかって事でして、モザイク越しで皆さん色々想像されていらっしゃいましたが、大半の皆様の予想通り、髪の毛でした。真っ黒なそれがグネグネと動きながら、死体に絡みついて、穴の底から持ち上げてきてたんです。
カニさんの証言によりますと、臭いも酷いし、何か妙な音がするので、まずはカメラを降ろしてみてはどうかと進言したそうです。
ですが足柄さんが、自分がまずは降りてみると主張したのだそうです。
足柄さんはカニさんから僕達が絡むという事、もしかしたら超自然現象が臭いの原因かもしれない事を聞いていたのですが、勿論全然信じないし、子供が絡むなんて言語道断。でもオジョーさんのお父さん経由で話をつけられているので渋々……という感じだったらしいのです。
ところが、僕らが来る前にマンホールを開けてみると、とんでもなく異常だとすぐに気付いたそうです。
まずは臭い。
下水の臭さとは違う次元の、強烈な肉が腐ったそれ。
そして、ライトに照らされた下水内が『綺麗』だったこと。
正確に言えば、妙な大量の細い筋で汚れがこそげ落ちていた。更に言えば、これだけ臭いのに、ゴキブリの類が一切いない。
それで足柄さんは、僕達が来てから、カニさんに落書きの話を掻い摘んで聞き、下に降りてみたいという好奇心に駆られたのだそうです。
それで、いざ降りよう、と一段目に足をかけたところ、どぽりっという音ともに底の水位がぐっと上がるのが見えた。
空気を送ったので薄れていた臭いが一瞬で強くなる。
さっと足を引くと同時にカニさんが覗き込む。
と、黄土色の濁った水の中に真っ黒で細長く、うねるように動く無数の物が見え、足柄さんとカニさんは同時に立ち上がる。
これは、Uさん達と話している後にちらりと映っています。飛びあがった、と言った方が正しいかもしれませんね。
驚く他の係員達。
命綱を握っていた一人が、どんどん上がってくる下水の中から髪に絡まった死体がもろっと出てくるのを目撃。
で、『あっ!』と叫ぶに至ります。
マンホールから死体が上半身を出すに至り、僕はようやくそれの正体に気がつき、マジか、と叫びました。
ばーちゃんが距離を取れ! と叫びます。
委員長がひゃぁっと可愛らしい声を上げながら僕にしがみついてきて、これまた、ようやくそこで地面が半端じゃない強さで揺れているのに気がつきました。
「地震! 地震よ! 建物から離れ――」
叫ぶUさんの口を店長が塞ぎました。その目は大きく見開かれています。
笑い声が聞こえ始めました。
ばーちゃんがカニさんに目配せをします。
カニさんが痙攣するように何度も頷くと同時に、スケート場横のビルからYシャツを着た男性たちがバラバラと飛び出してきました。最期に転がりながら飛び出してきた田中さんが、辺りを見回して、僕達に気がつくと指を上に向け、聞こえるか、と口をパクパクさせました。
僕は何度も頷くと、一際強い揺れに遂に転倒してしまいます。
アスファルトのあまりの熱さに、岩盤浴ってこんな感じかと叫ぶと、委員長がアホ言ってねーで、応援呼べって! と叫び返します。
また強い揺れが襲ってきて、どこかでガラスが割れる音が連続で起こり、びしっと固い物にひびが入る音もやはり連続で聞こえ、そしてうおおっという足柄さんの叫びに目をやると、もう一つのマンホール付近に止めてあった車たちがガックンガックン跳ねています。
カメラを構えたまま中腰のヒョウモンさんが、震える声で言いました。
「これが……例の笑い声?」
店長さんが、ひぃっと悲鳴を上げると、Uさんの手を引っ張ってF神社の方へと走っていきました。
笑い声は、あははは、とも、きゃははは、とも聞こえました。
甲高く響いていて、最初はマンホールから聞こえていると思っていたのですが、そのうち響いていない声もちょっとずれながら聞こえているのに気づき、更にずれて別のトーンの笑い声も聞こえ始めました。それがどんどん、どんどん大きくなっていくのです。
ここら辺、アップした映像では音量注意とテロップを入れましたが、あれ、一応編集段階で大きさ抑えているんですよね。現場にいた僕達は、頭から足の先まで笑い声に包まれているような異様な感覚でした。
僕はスマホを取り出すと、打ち合わせ通りにヤンさんに電話をかけようとしました。
しかし、その前に目の前でアスファルトが割れ始めたのです。
テロップで説明しましたが、この時、F神社の公共駐車場に停めてあった、増援の皆さんが乗ったマイクロバスは僕達を目指し出発をしていました。
バス内でカメラを回していたのはオジョーさんです。
カットした部分で、皆さんで記念撮影をしたり、お菓子を食べたりとプチ和やかな空間を醸していました。勿論主に、かりん先生とオジョーさん、そしてキンジョーさんです。
しかし、異常に真っ先に気づいたのも、この和やか組なんですね。
映像に記録された時間を見るに、かりん先生が笑い声が聞こえ始めたと同時に、体を強張らせて震え始めました。
オジョーさんとキンジョーさんは、すぐさま立ち上がってヤンさんに知らせに行きます。
ヤンさんはすぐにドアを開けました。
すると、小さいながらも確かに笑い声が聞こえたのです。
ヤンさんはすぐさまエンジンをかけバスを発進させました。
オジョーさんは席に飛び戻ると、カメラを窓の外に向けました。ここで、やはり合成疑惑の逃げるネズミや虫の大群がフレームに入ってくるのですが、まあ、真偽は見ての通りです。
さて、僕の方に話を戻しますと、笑い声が続く中、分厚いアスファルトがマンホールを中心に花が開くように、捲れ始めました。細長い土管が露わになり、ヒョウモンさんがうおおーっと叫びました。
だんっ、とまた強い揺れがあり、僕は跳ね上げられ、うわっと言いながら、二本足で着地しました。
委員長が、お前はトントン相撲かとツッコむも、こんなとき何やってんだ! とばーちゃんに頭を小突かれつつ逃げ出しました。上からガラスがどんどん降ってきます。
大きな破裂音がして、振り向くとさっき飛び出していた土管が粉々に砕け、ぞろぞろと音を立てながら『何か』が盛り上がりながら這いだしてきました。
『何か』は段々と暗くなってきていた夏の空の最後の光を受け、油膜みたいな虹色の光を放ち、内から外へ、外から内へと流動しながらぶるぶると立ち上がっていくのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます