13:立浪医師
「はい、はい……ええ、お願いいたします」
オジョーさんは通話を終えると、スマホをカメラに向けました。太郎丸を抱いた満面の笑みのオジョーさんの写真が待ち受けになっています。
委員長が良い毛並みしてるぜ、と褒めるとオジョーさんは漫画に出てくるような満面の笑みを浮かべました。
オジョーさんはお父さんこと、オトーさんに電話をしたとのことで、知り合いから市の下水道管理課に手を回してくれるそうです。
オトーさんは僕らの番組のかなりのファンらしく、この町を飛び出してロケする時は是非声をかけてくれ、ツチノコを捕獲しよう、とメールをいただいた事もあります。
委員長が立ち上がるとマンホールをガァンと踏みつけ、確かに臭いな、と言いました。
「ここに立ってると結構クル。なんか油みたいな匂いもする……けど、一昨日とか雨降ったし、その所為かもしんない」
カメラに向かって片眉を上げる委員長からちょっとずつ離れて、声をかけます。
「今回はここまで、かな? 下は下水管理局の人じゃないと、どうにもできないし……」
という僕の言葉を、委員長が手を挙げて遮りました。
「折角だから、もう一軒行こう」
部長、もう飲めませんよと僕が言うと、キミィ、そんなんじゃ出世せんよぉと委員長が僕の肩に手を回し、山の上のF神社を指差しました。
あ~、神社ですか、とオジョーさん。
カメラを向けると委員長は、ちょい酔っぱらい演技を入れながら話し始めました。
「以前話したけど、この町に張られた結界に欠損が生じているというお告げ、みたいなあの怪光。あれの欠けた部分をこの前の占いマシーン、あ、これまだアップしてないんだっけ? まあ、そういうのがあるんですよ。でね、その占いマシーンが入ってるオタクビルを欠けた結界の一つとするなら、もう一つは、あの神社なんだなあ」
先にも言いましたが、もう一つの組み合わせは、『図書館』と『何もない山の中』です。
ちなみに『山の中』は、さっき後回しすると言ったボーナストラックの『あの屋敷』だったんですが、これは別の話です。
僕達は移動を開始しました。
細い道をダラダラと適当に歩くと目指すF神社である、なんて言ってみましたが、喫茶店を出てから僕達は早足でした。
何か音がすると、結構時間が経ってるのに、安達が迫ってきてるんじゃないかとあちこちに目がいってしまいます。やや大きめな通りに出た時は、ホッとした感じが三人の中に流れました。
F神社は我が町で一番――いや市で一番大きい神社です。
大きな赤い鉄製の鳥居をくぐりますと、石畳の大きな広場があります。暑さの所為もあってか、お母さんたちは端の方のベンチに、子供達はあつーいあつーいと騒ぎながら、鉄製の鳥居に近くの水飲み場から手で持ってきた水をかけて遊んでいます。オジョーさんが手で庇を作りながら辺りを見回し、おかしいですね、と呟きました。
「この神社は鳩が多いんですけどね、全然見当たりませんね」
委員長がふむ、と腰に手を当てると、山の上の方を見ながらぐっとのけ反りました。
「確かに……蝉の声もない――」
「おお、委員長ちゃん!」
これ、繰り返しますが実際の会話ではちゃんと名前を呼んで……まあ、いいか。別にコイツに関しては色々言わなくてもね。で、まあ振り返ると、ふーふー言いながら広場の端から、背の低い中年の男が走ってきたのです。
あの謎宇宙から帰ってきた時にベンチで寝ていたおっさん。郷土史研究会、清水と一緒に歩いていた医者。そして、先程まで僕の横で車を運転していた、きっと今は亡き『馬鹿野郎』こと
「やあ、偶然だねえ」
この言葉が本当か嘘かはもう永遠に判らないでしょう。
さっき僕は彼の隣で幾つかの質問をしましたが、そこから出てきた答えは、本当にどうでもいいもので……その後、多分僕の事も殺すつもりで襲いかかってきたんですが――まあ、これは後で話しましょう。
立浪医師は委員長に馴れ馴れしく話しかけました。
また撮影かい? お母さんの具合は? そりゃあ、大変だなあ云々。
あの時の僕ときたら、暑いなあ、早く終わらないかなあなんて呑気な事を考えていました。
オジョーさんは鉄製の鳥居をちょっちょっと素早く突きながら、あちっあちっと遊んでいました。
立浪医師は、僕の方をちらりと見ると、意味ありげに笑いました。あの顔を思い出すたびに、頭に来て枕をどすどす殴ったもんで……と年寄りのような愚痴はこれくらいにしてですね、あの馬鹿野郎はこう言ったんですよ。
「実は僕の元患者、そう委員長ちゃんのお母さんと同じ、ある一家の母親なんだけどね、彼女がやっぱり同じように謎の昏睡になってしまってね。×××さんと言うんだけども」
委員長が体をぎゅっと振り絞ったように見えました。僕は、なんで今そんな話を、と言いかけて委員長に手で制されました。
オジョーさんが僕の後ろにピタリとつきます。
立浪医師は僕らから目を逸らすと、委員長の顔をじっと見ながら話を続けました。
「ところでね、彼女には息子が一人いるんだ。会社員でね、社名は何だったか……まあ、ともかく彼は妙な物を見たって僕に言うんだよ」
「妙な――もの?」
僕は委員長の背中にちょんと触れました。ですが、多分気づいていなかったと思います。
「ああ。彼女が倒れた晩に、家の二階から見たのだそうだ。僕は一応、聞かせてもらったんだけど、まあ、うん、ちょっとね」
「何を見たんですか?」
語尾が少し震えている、と僕は一歩踏み出そうとしましたが、委員長がちらりとこっちを見て頷いたので、立ち止まりました。
私は冷静よ、という目でした。
僕としては、全然そう見えないよ、と思ったのですけどね。
「その――お化け、といったところかな? それで、彼はその――『母親を
勿論妄想だろうとは思う。
ただ、混乱しているのとは少し違うように感じる。
彼はこのまま行けば精神科に入院だ。
どうだろうか、君達はこの手の話に慣れているだろう? 彼の話を聞いてやってくれないかな」
立浪医師はメモ用紙に何かを書きつけると、委員長の前に差し出しました。
僕は、直感という奴でしょうか? 受け取るな、と思いました。
委員長はゆっくりとそれを受け取り、僕の方に振り返りました。
「後で一緒に行ってくれる?」
なんて間抜けなんでしょうか。この言葉に僕は安堵して、勿論! と元気よく答えたのです。
立浪医師は笑っていました。
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