Chapter2
1:あの伝説の武器
あの日は六月最初の土曜日でした。
最近、烏が多いんだよ、とヤンさんがカウンターの端でスポーツ新聞を読みながら忌々しそうに呟きました。そうなんですか、と僕が訪ねると、多いなあとヤンさん。
「ゴミ出しの日を覚えてやがってな、ドア開けたら、こっちを見下ろすようにそこら中にいる。網かけても、めくっちまう。スチール製のゴミ箱、町内会に買わせなきゃ駄目だな」
委員長が担担麺をずるりとすすると、声を上げました。
「リョータちゃんとか連れてくのは? 猫なら鳥を追っ払えるんじゃない?」
餡かけ固焼きそばをバリバリ食べていたオジョーさんがさっと手を挙げました。
「ひょれは……むぐぐ、うぇい……それは、駄目ですわ。烏は猫を襲うんですよ」
え! と僕と委員長。
なんだ、知らねえの? とヤンさん。
なんと烏は子猫ぐらいなら掴んでそのまま飛んじゃうそうです。
烏マジスゲーな、とカメラを持って外に出ようとする僕を委員長が首根っこを掴んで止めました。
「その思いたったら吉日的な動きの速さは評価するけどね、今日は違う目的で集まったんでしょーが。ほら、座る座る!」
六月に入っても雨は少なく、今年は空梅雨かな、とばーちゃんが言っておりました。雨が降らないのは撮影にとって都合が良いのですが、その代わりに陽射しが鬼強いです。
僕は、今日は曇りで良かったと呟きながら店の隅のテーブルに皆と一緒に移動します。
ヤンさんが奥に声をかけると、店の奥からヤンさんのお父さんが出てきて、いよっと手を挙げました。オジョーさんがいよっと手を挙げて挨拶し返します。僕達はお辞儀です。
お父さんはカメラをちらりと見て、お、と口を丸くしました。
「なに? 『化け番』の撮影? こんな昼間っから? お化けなのに?」
この頃、地元での認知度が上がり始めた頃でした。
ただ、『お化けを探す番組』、略して『化け番』ともっぱら言われていてですね、地元のローカル局の人と話す機会を持てた時ですら、『化け番』と連呼されまして、だーれも、『ぶらりオッサン旅』と言ってくれないんですね。これ、今も変わりません。ってかネットでもそう書かれてます。
別にいいんですけどね
さて、時刻は午後二時。ヤンさんは午前中のみ勤務ということで、お父さんと交代というわけです。お父さんは、ヤンさんの本名を言いそうになり、慌てて、なんだっけ、おい! とヤンさんに聞いています。何の用だよ親父、今忙しいんだけど、とヤンさん。
「おう、保健所のアレからまたメールが届いてたぞ。その――また見つかったってよ」
僕達は顔を見合わせました。また動物の死体が見つかった、ということです。
「五月の終わり辺りから、色々と多いわね」
委員長がまとめノートを開いて腕を組みました。
クラスのポストに届けられる噂の報告が一日当たり十件を軽く超えてきました。ばーちゃんやヤンさん、オジョーさんから寄せられる話もどんどん増えています。反してキンジョーさんが言うには郷土史研究会はあまり活動していないように見える、とのことです。
オジョーさんがクリップで止めた紙の束を、姉からです、と鞄から取り出しました。プリントした人物の写真が三枚に簡単なメモ書きが一枚です。
「郷土史研究会は全部で十六名。そのうちの執行部の三名のプロフィールです。
こちらが部長の『
ちなみに名前は仮名です。僕は写真を受け取ると、ああ、この人だと呟きました。
公園で見かけた灰色の服達を率いてた人。
「こいつが敵か」
委員長の言葉に、オジョーさんが頷きました。ヤンさんが写真を指で叩きます。
「もう調査とかメンドいから、こいつシメあげね? 放っておくと、犬猫の被害が止まらねえし」
「それは少し魅かれるものがありますが、どうも無理なようです」
なして? とヤンさん。
いや、さらっと流したけどオジョーさんとんでもない事に同意したよね? と委員長を見るも、無言でいい顔をしながら首を振っておりました。
「お姉さまが言うには、二、三日前から郷土史研究会の部室に誰もいないのだそうです」
逃げた? と委員長。わかりません、とオジョーさん。
ちなみに太郎丸がおびえた金髪の人は副部長の『
勿論仮名です。
オジョーさんはやはり顔に見覚えが無いのです、と沈んだ声を出しました。
そういえば彼女、今日はちょっと、しゅんとしています。焼きそばはバリバリ食べてましたが。
ヤンさんが、そんなに落ち込むな、これおごってやっからよとサイダーを持ってきてくれました。委員長がゴチになりまーすとぐいぐい飲んで、わお、キーンとくると嬉しそうに顔を顰めました。しかしオジョーさんは、それだけじゃないんですぅと目をしょぼしょぼさせています。まあ、しっかりサイダーの封は切って、ぐいっと飲んでいるのですが。
いい飲みっぷりですが、何かありましたか、と僕。
「はあ、実はその――姉が大学で聞いて回ったんですが、郷土史研究会はこの春頃からプロジェクションマッピングを使ってイベントを色々やってるらしいんです……」
それって、壁にプロジェクターで色々映すやつか、とヤンさん。ああ、成程、と委員長が遠い目をしました。オジョーさんはがっくりと項垂れています。
「はい、私が見た動く落書きはそれだったのではないか、と姉が言っております。確かにその可能性は捨てがたく……」
なるほどね、と僕は腕を組みました。それならば、春先からこっちの『落書き』の噂は大体説明ができるのです。ヤンさんが、でもよ、と僕に言いました。
「おめえんとこのばーさんが聞いた話じゃ、毛が壁から――」
「でも、あれ酔っ払いだし」
ばっさりと委員長。
ヤンさんは、で、でもよぉ、と声を上げました。
「犬や猫をいたぶってるのは紛れもねえ真実だぜ。犬猫いたぶって、壁に絵を映すってどんなイベントだ、それ? しかも最近じゃ飼い犬とか飼い猫が消えたって話まであるんだ。
なんかあるぜ! おい、元気出せよ、調子狂っちまうぜ!」
ヤンさんの励ましにオジョーさんは、ありがとうございますー、としょげた感じが抜けません。まあ、サイダーは既に飲み終わっていたのですが。
僕は、他に何かあるので? と聞きました。
「……実はその、お父様におねだりしてある物を買ってもらったのですが、このままでは全くの無駄になりそうで、それが、お小遣いとかを前借りしちゃったものですから……」
へえ、何で無駄になるの? と聞いた委員長にオジョーさんは不思議そうに首を傾げました。
「いえ、ほら、落書きって巨大ですし、動物の血を吸う獰猛な奴でしょう? ですから対決する時の為に武器が必要と思いまして――」
武器ぃっ!? と僕達三人がそろって声を上げました。
じ、銃か? と心底恐れているような口調のヤンさん。
そんなわけねーだろ、と甲高い声でツッコんだ後、違うよね、と心配そうな声の委員長。
オジョーさんは、流石にそれはと苦笑しました。
で、何を買ったんですかと僕が聞くと、オジョーさんは声を潜めて、実は――と、あの伝説の武器の話をしてくれました。
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