Chapter1
1:星を観に行かないか
そう言った時の委員長の顔は、皆さんご存知かつ大人気のあの表情です。見る度に凹む第一回だけど、あの瞬間カメラを回してたのは、ホント自分を褒めたいですね。『顔に書いてある』って言葉の意味をあれほど簡潔に説明してる映像は無いんじゃないかなあ。めっちゃ意味わからん上に不愉快なんだけど、ってレンズ越しに脳内に聞こえましたよ。
「……は?」
「委員長、星を観に行かないか」
「繰り返すな。あと、そのカメラ撮ってるの? 止めて」
で、僕はカメラをおろして説明です。皆さんにはアバウトにしか説明してなかったんで、ちょっと自分語りを。
僕の両親はあの時も今も海外出張中です。出張先は皆さんのご想像にお任せするとして、どうも日本に戻ってくるのには数年かかるらしいとのこと。で、旅立つ前に両親は僕に一緒に行く気はないかと聞いてきたわけです。
冗談じゃない!
僕はその時、既に目覚めていました。小4の夏休み、今現在居候しているばーちゃんの家に一月泊まった時です。ネットで色々と――まあ、エッチな事を検索してですね、ズバーンと雷が落ちたみたいに目が開いたんです。
なんてこった! 僕の目の前の世界は『面白い事』だらけだぞ! あとエッチな事もいっぱいだ!
それからは映画やアニメ、漫画やあまり好きじゃなかった図書館の色々な本を読んでも、全然違うものに思えてですね、毎日が楽しくて仕方が無かったわけです。
なのに、海外!? 日本語だってまだまだなのに海外って! 大体、その時某週刊誌で連載中の漫画が来春、遂にアニメ化と報じられたばかりです。
そんな時に海外なぞ論外!
かくして僕はその熱い思いを父母に述べますと、うーん、そりゃ行きたくないわなあとあっさり納得。まあ、両親も世界に出すには早すぎるとは思っていたらしいのですが、一応僕の意見を聞いてくれたわけです。ぽやーんとした二人ですが流石は大人。かくして、次の春から現在の生活になるわけですな。
で、ばーちゃんです。
具体的な年は伏せますが、ぶっちゃけ僕の母親と言っても通用するぐらい若く見えます。母が僕を産んだのが早かったのもあるのでしょうが、ヤンさんやオジョーさんは二十代に見えると言ってますし、委員長は両生類をぎゅっと絞ってエキスをゴクゴク飲んでるに違いないって言ってました。
ばーちゃん、委員長、影でメチャクチャ言ってますから!
で、まあ、ばーちゃんはオタクなんです。しかも色々過度にオタクで、読んでる本から人脈までよく判らないことになってるんですね。しかもじーちゃんも海外に赴任してるんで、家の中は趣味に走りすぎているわけです。
さて、ばーちゃんと暮らすことになったわけですが――あ、ちなみに両親とは時々PCの通話ソフトで話してますんで、皆さんがコメント欄で書かれていた、『本当は寂しいんだろう?』云々は、まったく感じたことが無いです――ええと、確かばーちゃんの家に移り、転校して一週間くらいだったと思いますが、夜に焼き魚をもくもく食べていた時です。
「なんかやろうか」
ばーちゃんがこういう発言をする時ってのは、もう『何をやるか』は決定済みです。僕は頷いて、先を促しました。ばーちゃんはビールをぐっと煽ると、テーブルにデジカメを乗せました。
「番組を作る。あたしは編集で、それ以外は、あんた自分で何とかしなさい」
ほう、と僕は言って腕組みをしました。成程、そこにはばーちゃんなりの気遣いがあるように感じます。要はこれを通して、新しい環境で友達を作れって事でしょう。
友達を意識して作ったことが無いので、新鮮でもあり、不安でもありました。大体、まず何をすればいいのか? ということです。
それを聞くとばーちゃんはにやりと笑いました。
「まずは何でもいいからカメラで撮ってきな。できれば風景がいい。オープニングの素材にするからね。で、それを観ながら番組の全体像を考える。どう?」
そんなこんなで僕は次の日曜日にカメラを抱えて外に出ました。
いい天気です。どこに行って、何を撮るか? それは昨日の夜、布団の中で閃いたものがあったので、もう決めていました。
まずはぐねぐねした道を歩き、住宅街を抜けます。結構大きな横断歩道を渡るんですが――あ、ばーちゃん、モザイクかけて風景写真入れてください――ここらは電柱が無くて見晴らしがいいのですが、街灯も無くてちょっと殺風景です。そのまま歩いていくと、前方のゆるやかな坂の遥か向こう、橋を渡ったその先に工場地帯が見えてきます。道は広くて、車道と歩道の間は緑色に染められています。
ここらは通勤用の裏道です。
だから、日曜はガラガラ。周囲も畑のみなので、益々殺風景。それでも橋まで来ると、道路から少し下った川沿いの公園に、子供連れや、犬の散歩をする人なんかが結構いました。欄干に寄り掛かって、生ぬるい風を浴びながら下を見ます。
浅いのか深いのかわからない川の中には、色とりどりの大きいコイが泳いでいました。派手なので野生の物ではなく、誰かが捨てたものなのでしょう。確かこういう外来種が在来種をみんなやっつけちゃって困るとかテレビで見ました。
「こんちは、オッサン」
橋の中ほどで僕は突然声をかけられました。公園から人がいなくなるまで暇潰しに、コイの問題を考えていた僕はちょっとビックリして振り返り、そこでさっきの台詞――星を観に行かないか――を口走ったのです。
勿論そこにいたのは皆さんご存知、委員長です。
彼女は僕のクラスの学級委員長です。
大きな黒縁眼鏡で、それでも度があってないらしく、いつも睨むような目をしてます。ちなみに繰り返しますが、本名は語れないので渾名で呼んでます。委員長は実際は僕の下の名前を呼んでくれましたので、あしからず。
「こんちは、委員長。今、ネット番組の素材を集めているんだ。ちなみにカメラはまだ回ってる」
委員長がきりりと見上げるように睨んできました。
「もしかして、ネットにアップする気?」
「形になればね。今日始めたばっかで、どんな番組にするかもまだ決めてない。ばーちゃんはオープニングの素材を撮ってきたら、それから色々決めるって」
委員長がああ、と眉を緩めました。
「大人が噛んでるなら、安心ね。……で、星って何? プラネタリウム? この町にはないわよ?」
僕は瞬きをして、それからカメラを自分に向けました。
「あれは、僕が小学校にあがる前――」
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