29話6Part 年明け早々の悪魔達⑥

「はは、顔赤くなってるぞ。そんなんじゃ湯冷めしちまうから、早いうちに帰ろうぜ」


「ん、分かった」



 冷えやら恥ずかしさやらですっかり赤くなってしまった顔を見て笑われて、的李はむすっとしつつも目の前で笑う望桜の方に返事をする。


 いつの間にか止まってしまっていた足を動かしながら、2人は再び家を目指し始めた。


 誰も待っておらず、食事の片付けもしないまま突発的な衝動で飛び出してきた我が家。


 日本に来た当初は仮住まいだの何だの抜かしていたが、結局あれから2ヶ月経った今ですら未だにあの場所から動けそうにないし、動く気すらもないのだからなんとも情けない。



「......ははっ、」


「ふふふ、」



 そんな何時ぞやの見栄っ張りな自分達のことを思い返して望桜が失笑すると、的李もそれにつられて笑いだした。


 ......いや、別に笑ってはいけないような空気感ではなかったと思う。


 それでも、家までは何処となく的李の過去話から始まった真面目な雰囲気が続くような気がして、どうしても笑ってはいけないような気がしたのだ。それでも頭の中では2ヶ月前の何とも愚かな考えだった自分達の会話が、容赦なくありありと再生されるのだが。


 そんな無自覚に自分達を笑わせに来る自分達自身の脳にしばもてあそばれた後に、



「......的李、」


「?」



 望桜がふと、的李の名前を呼んだ。



「唐突に甘えたくなっただとか誰かに褒められたくなったとかあったら、俺んとこに来て気兼ねなく甘えてきていいからな」


「なっ、別に甘えたくなることなんかっ......」


「照れ隠しすんのも可愛いけど、それ以上に素直になってくれてた方が、俺としては助かるんだ」


「へ?」



 いきなり望桜の口から飛び出した言い草に、的李は目を瞬かせる。



「だってそうじゃん?仮にも一生涯連れ添うかも知れない奴に、そういったの抱え込まれて訳分からんとこで体崩したりして欲しくないだろ?」


「......ふぇ......?」



 しかも、その後に更に続いた爆弾発言に、今度は顔にうっすらと熱が集まり始めたのを、的李は自覚せざるを得なかった。



「俺、男子でも女子でも中性でもなんでも、恋愛対象として見られるタイプの人間なんだ。だから、そこら辺の誰でもそうだし、お前だってそういった意味で見て接することだって全然ある訳だし」


「......そう、なのかい......?」


「ああ。それに、嫌なら言ってくれるか分かりやすく態度に出してくれればすぐやめるし、逆に乗り気なら乗り気で自分も好きですって接してくれる方が断然拗れないし、マシなわけだろ?つまりはそういうことだ」


「ぅえ、えと......」


「だからさ、」



 困惑する的李に、望桜はずいっと顔を近づける。



「お前も、俺に対して思ったこと素直に言ってくれよ。好きでも嫌いでも、何でもな」



 自身よりも幾分か上にある綺麗な紅色の瞳を真摯に見つめて、望桜は的李の横髪の片方を自身の手で耳にかけてみた。


 その瞬間、的李の体がぴくっと小さく跳ねて、



「ひゃ、はい......!」



 こんな頼りない返事をするものだから、望桜は、



「へへっ、いい返事だなww」



 なんて笑いながら返して軽くからかってみる。だが、的李には怒られも呆れられも、拗ねられもしなかった。



「......いっつも頼りないくせに、本当にそういう所だけませてる......」


「一応18歳だかんな、俺!」


「見た目年齢的な話かい?」


「ああ。かく言うお前は、結構大人に見えるけど実は17歳くらい〜って奴に見えるけどな」


「えぇ?17?」


「17。見た目と性格だけでいえば20歳超えてっけど、何かこう、色々......合わせてみれば、17」


「はあ......まあ、別に君からどう見られていようと構わないのだけれど」



 お互い、普段通りの会話に......望桜が何かしらを言って、それに対して的李が冷静に反応を返してくるいつも通りの会話に戻そうと、無意識下で話口調だけでも平時通りに振舞った。



「あ、ところでさ、」


「何だい?」


「明日、ちょっと遅いけどお前の冬服買いに行こうぜ」


「冬服?なら、もう何着かは持っているけれど......」



 そう言って、的李は今自身が着用している長袖のカッターシャツ、その上から着ているジレを見る。


 別にこれでも大丈夫だろう。そんな表情の的李に、望桜は家にある自分の防寒着を思い浮かべながら苦言を呈す。



「日本の冬って、なめてたら結構辛いぞ?いくら鍛えてた奴でも、1月のマイナスギリッギリんとこまで下がるの気温の中で、カッターシャツとジレだけじゃきついって」


「そうなのかい?」


「むしろ何で今までもちょっと寒い位しか堪えてなかったのか不思議だけどな......」



 今の気温は、先程銭湯を出る時に確認した時点で12度位だったはずだが、その寒さの中で着込まずに平気でいられる的李が望桜にはそこそこ信じられない。


 一応、青森という神戸よりももっと寒い地域出身の望桜ですら、インナーにセーター、間に合わせのジャンバーでやっと外に居られるというのに。



「それに俺、普段からカッターシャツしか着ないお前が、裏起毛のアウターだとかそういうの着てもこもこしてるとこ見てみたい」


「はあ......?」



 望桜が的李がラフな格好をしてぬくぬくとしている所を想像して望桜はゆるっと頬をほころばせながらそう言うと、的李はちょっとだけ顔をしかめつつも、満更でもなさそうに声を上げる。



「似合うと思うぞ!」


「........まあ、考えてあげないこともないけれど」


「クール系の側近からツンデレ系の嫁にジョブチェンすんのか?」


「......いいから黙り給え」


「へいへい」



 ちょっと拙いというか、気が早すぎるような言い回しにすっかりぶすくれてしまった的李を横目に、望桜は適当に返事をしたのだった。


 ......数分前に的李に投げかけた質問のうちの1つを、さらっと流されていた事にも気づかずに。


 そして、そのまま1分弱ほど歩くと、



「ただいまぁ〜」


「ただいまなのだよ」



 ヨシダパークハイム331号室、自室である部屋に帰りついた。



「......それじゃあ、また明日」



 そう言って、ソファベッドの上に移動しようとしていた的李を、



「あ、ちょっと待て」



 望桜は咄嗟に引き止める。



「ん?」


「いや、大したことじゃねえから気にしなくていいけど」


「何だい?」



 さらっと何でもない事を言う前の前座のように言われたので、的李は特に何の期待もせずに振り返った。



「お前の戸籍上の誕生日って、11月3日にしてたんだ。忘れちまってて悪い。だから、欲しい物とか、あったら助かる物とか色々、考えててくれないか?明日、冬服と一緒に買いに行くから」


「え......ああ、うん。分かったのだよ」


「そんじゃ、おやすみ〜」


「おやすみなさい」



 明日、一緒に出掛ける。そんな普段ならなんとも思わない出来事に対して密かな期待を胸に抱きつつ、



「............やっぱり今日、私、おかしいのだよ......」



 望桜がリビングから去るのを待った後に、ソファーベッドに横になって厚手の冬用の毛布を被った。



「......アスモデウスの色欲の気に当てられるというのは、やはり本当に起こることだったらしいのだよ。はあ......」



 そのまま、顔まで毛布で覆ってからぽつりとそう呟く。


 ......朝、あまりにも気分が優れず、しかも視界は大半が見えにくくギザギザした光が見えて、部屋で鳴る音やカーテンの隙間から差し込む光ですら眩しくて、窓際に背を向けて寝ていたのだ。



「......」



 片頭痛、と呼ばれる疾患に昔から悩まされている的李は、望桜達と世話になる以前から知り合いであったウァプラを通じて、マモンから頭痛薬と睡眠薬、ホルモン調整剤やらの薬を処方して貰っていた。


 余計な心配を掛けさせる必要はないと、ホルモン調整剤は1日に数回、頭痛薬と睡眠薬は頭痛の前兆である視界の歪みやギザギザした光が見えた時に、望桜達の知らない所でこっそり服用していた。



「......んん、」



 ......だが、今回ばかりはそうバレないようにタイミングを見計らうのが困難であったため、仕方なく本人の前で薬を飲んだ。


 理由は2つ。1つは単純に、前日に酒を飲みすぎたせいで、夜用のホルモン調整剤を飲み忘れた事。


 2つ目は......少し、例の淫魔のフェロモンとやらが発散され始める時期に差し掛かり出した葵雲が、自分と同じ部屋で寝ていた事だ。


 一応、犬同等くらいは鼻が効く的李は、その"フェロモンが結構キツめに発散される時期"......まあ、ヒートと呼んでおこう。その時期に差し掛かりかけた時点で何となく匂いがし始めるので、葵雲に極力近づかないようにしていた。


 それなのに、酒で色々緩くなっていた自分の近くに、葵雲が居たのだ。


 普段ならば、葵雲のヒート時でもちょっと何かがふわっと香る程度なのだが、恐らくは......酒の飲みすぎや、連日動き回っていた事もあり、抵抗力だとか影響されないための力だとか、そういうものが弱まっていたのかもしれない。



「......未来の事は分かれども、結局、過去は分からないから......どうして人の手によって人工的に作られた生命体である葵雲が、淫魔の血を引くようなことが......」



 人口の、天使製造計画。文字通り、人の手によって1から"天使"というものを作ろうとした計画の事である。


 神や天使を崇め奉る宗教である聖教の上層部が計画し、その計画の実行は南方にあるとある小さな村に任されたのだ。


 天使を作るために、神気を注ぎ込み続けた村人と聖教の上層部達だったが、何故か出来上がった"天使"であるはずのアスモデウスは、悪魔だった。


 神気が魔力に、魔力が神気に変わる事は、基本的にないと言っていい。


 だからこそ、分からないのだ。何故、悪魔であるアスモデウスが出来上がったのか。


 実験の失敗が起こったのか、どこかで淫魔の血でも入ったのか、もしくは......考えられる可能性は幾つもあるが、その内のどれも確証はない。


 ......自分がもっと早く、1代目魔王·サタンの時代の更に前から生きていれば、分かっていたはずなのだ。全てが。分かっていなくては、ならなかったはずなのに。


 そう、的李が自分をやり場のない怒りやら何やらで責め立てるのには、大きな理由があった。


 それは、



「......また、聖教教会と皇国政府は、天使の製造をしようとしている。8000年前と同じように、失敗するかもしれないのに」



 実験に失敗して悪魔であるアスモデウスが生まれて、村の人々はそれを"失敗作"として虐げ、それが結果的に第壱弦聖邪戦争の際の、"アスモデウス軍による南方の大破壊"という惨劇を引き起こしたのだ。


 それは、できれば阻止したい所だ。


 ただでさえ復興用に回されるはずだった資金がなく、8000年という途方もない時間が経っているにも関わらず、南方の復興は2割も進んでいない。


 いくら便利な機械があるとはいえ、日本でも1年で防災施設ができたり、仮設住宅が作られたりはするのに、ウィズオート南方にはスラムが広がるばかりだ。瓦礫を寄せ集めて作った家に住む人々が、大勢いる。


 ......そうなった事例があるのに、経験があるのに、また懲りずに計画を進める政府と教会の奴らはとんだ大馬鹿で、自己中で、貪欲で、愚かなのだろう。



「......聖火崎が、殺されなければいいけれど......」



 そんな世を変えるために、政府や教会からの弾圧をものともせず立ち上がった"勇者"には、絶対に生きて欲しい。


 そんなことを願いながら、的李は明日のために早めに眠りについたのだった。




 ────────────To Be Continued──────────────



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