25話3Part Parallel③

「ねえねえ、もしかしてそいつって〜......この子?」



 刹那、葵雲の声と共にパソコンのディスプレイ上にとある少年の写真が表示された。証明写真を彷彿とさせる雰囲気と堅苦しさだが、ただ1つ体全体を写しているという点だけが違っている。



「......!そうそいつ、こいつが富士山頂に居たんだよ!!」



 白背景に、真面目な面持ちで写る少年は、我厘の証言通り金髪で、いかにも堅苦しい、重い服を着ており眼帯を着けていた。隠れていない方の瞳は濃い紫色をしている。


 そんな濃い瞳は、少年の強い魔力をひしひしと伝えてくる、そんな物であった。



「葵雲、知り合いか?」



 来栖亭からの問いに、葵雲はにやりと笑みを浮かべながらもこう答える。



「うん。聖教教会と皇国政府の連合機関の奴らが僕を機関にスカウトした時に、一緒に声かけられてた奴だよ。確か......宮廷魔導師?だったかな〜」


「そっか......そうなると、元宮廷魔導師ってことになるのか。現職の宮廷魔導師ならば、スカウトなんかされないだろう。元々もともと連合機関に居るはずだからな」


「元宮廷魔導師か......厄介だな」



 そんな葵雲の返答を受けて、来栖亭と我厘はそれぞれ考察や思った事を述べる。



「確かに......神気所持量も多くて、攻撃能力も高いし防御力も人並み以上にあるんだもんね。厄介極まりないね〜」


「ん?」


「ん?どしたの?」



 葵雲の言った事の内容の中に引っかかる部分があったのか、眉をひそめながら我厘はふいと思った事を口にした。



「なんで、"魔導師"なのに"神気所持量が多い"んだ?普通、"魔導師"なら神気じゃなくて魔力を使うはずだろ?」


「ああ......魔法を使うけど、消費する力が魔力じゃなくて神気だからだよ」


「え、そ、そんな事が可能なのか!?」



 葵雲の返答に、来栖亭は声を上げて驚いた。



「うん。っていうか、法術と魔法の違いって、神気媒体の奴が開発したのか、魔力媒体の奴が開発したのかっていう違いだけだからね。使いたい法術や魔法の仕組みさえ理解してれば、神気媒体の奴が魔法を使うことも、魔力媒体の奴が法術を使うこともできるんだ」


「なるほど......」


「でも力の置き換えって簡単だけど慣れるまではけっこう面倒臭いから、かなり腕のいい法術師や魔導師とかじゃないと元々の力でやった方が、効率的なやつはずっといいんだけどー......」



 つらつらと説明を述べていたのに、唐突に言葉を濁した葵雲。それに、来栖亭はそっと文を付け足した。



「......ウィズオート皇国では魔力は徹底的に排除されるべき力として認識されているから、魔法を使うのにも神気を用いる、か......」


「そーそー!現に、テレパシーは法術認識もされてるけど、元はといえば魔法だからね」


インフェル攻撃陣展ノ·バレッタ開術式エクスプ高位爆ロージョン炎術式も、元は魔法だけど神気を使って発動させようとすれば発動させられるんだな」


「そゆこと!!」


「なるほど......」



 葵雲と我厘の2人がかりの説明に来栖亭はうむうむと頷きながらも、いつの間にか離れていた自席に戻る。



「じゃあ、余はまた書類整理に戻るとしよう」


「僕はこの箱を......ねえ、もうここでよくない?部屋のどこにあったって同じじゃない?」



 そしてその背を眺めつつ葵雲が箱から手を離し、



「同じだろ。それより葵雲、とっとと富士山頂に......」



 我厘も相槌を打ちながら再び外に出ようとドアノブに手をかけた、その時だった。



 ガチャ、



「ガ、ガブリエルさーん......」


「あ、天仕あまつか!?」



 東京都目黒区にある聖弓勇者·ジャンヌこと聖火崎 千代たかさき ちよの自宅に間借りしている天仕 理沙あまつか りさ......大天使サリエルが332号室の扉を開けて、我厘の名前を呼びながら中に入ってきた。さらに......



「ガブ〜、遊びに来たよ〜!!」


「フレアリカまで......」



 その天仕と聖火崎の2人に養われている、宇宙樹·ユグドラシルの果実に寄生された少女·フレアリカが天仕に続いてやってきたのだ。


 我厘は声を上げて、葵雲と来栖亭は無音ながら目を見開いて驚いている。それもそうだ。だって......



「お前ら、東京は今大変なんじゃ......」



 ......東京は昨晩、東京湾から現れた謎の海獣によって甚大な被害を受け、ほぼ全住民が自宅待機を余儀なくされており、海獣が現れた時点で避難していなかった者は首都高速等の重要道路の大幅破損の影響で、実質東京から出られないからだ。


 まあ、天仕は仮にも天使だしフレアリカだって飛行魔法の類が使えるため、首都高速等の重要道路が壊れて空の便も海の便も何もかも途絶えてしまっても、東京から出ることは可能だろう。


 ただ、聖火崎が東京に居る、と葵雲、我厘、来栖亭も思っていたし、瀬良は分からないとして雨弥も天津風も聖火崎が行方不明になっている事はまだ知らない。


 そのため、明らかに地球の生き物ではない海獣に何かしら対応する役割をとにかく正義感と責任感の強い聖火崎がほっぽり出すわけがないし、何故か地球や下界の色々に詳しくて戦闘もできる天仕を共に連れていかないわけがない。そう、葵雲達は考えていたのだ。


 しかし今、目の前には天仕とフレアリカがいる。これは......


 葵雲達の中で、行方不明になったメンバーの中に聖火崎が含まれている可能性がふつふつと湧き始めた。



「何となく察してるとは思いますが、聖火崎さんも行方不明になっちゃってまして〜......」


「やっぱりか......」


「やっぱりって......来栖亭、知ってたのか?」



 天仕の声に来栖亭が小声で反応したのを、我厘は聞き逃さなかった。



「知っていたわけではないが、聖火崎勇者がいるのにやけに住民の避難が遅いし混雑しているなーとは思っていたのだ」



 そう言いながら来栖亭は、昨晩見ていた緊急速報の中継を思い出す。


 謎の海獣の襲来に慌てふためいた人々が、西へ北へと1度に大量に避難しようとしたため、社会インフラがパンクしかけていた。さらに、避難し損ねた人々が自宅やホテルのロビー等で孤立している、などという情報も同時に報道されていた。


 その1時間後に、海獣が岐阜県東部にて忽然と姿を消したという報道が流れた。どの局も海獣についての緊急速報ばかりだった事は、来栖亭の記憶に新しい。画面越しに見た惨状から、大量の人が犠牲に......と考えていた。



「聖火崎が居れば、海獣の存在を事前に存在を察知したはずだし、何かしらの方法を使って避難誘導するなり、海獣を止めるなりもしただろう。なのに、避難の動きがスムーズではなかった。それにどこの中継画面にも聖火崎の姿は映っていなかったから、もしや......とは思っていたのだ」


「そうか......って、葵雲!!富士山行くぞ!!」


「あ!!そうだったー!!」



 来栖亭の考察を一通り聞いた後に、我厘は慌てて葵雲の手を引いて332号室から出ていった。



「あ、あの......」


「ん?ああ。セラフィエルがうちに来て、晴瑠陽から我々残ったメンバーは富士山頂に向かわせるように言われていたらしい。それで......な」


「なるほど......」


「あのねあのね!ふぅは、14代目魔王に会ったよ!!」


「え?」


「ああ......14代目魔王候補として魔界で軍を上げている、オセという大悪魔に街中で会ったらしくて〜......」


「オセ?それは......望桜の部下で幹部だった悪魔ではないのか?望桜の代は、北のベルゼブブ軍以外の幹部は全員討ち取られたと聞いていたが......」



 来栖亭は怪訝の視線を2人に向ける。



「その辺り、当時の勇者軍のお偉いさん方は結構詰めが甘かったみたいで〜......ウァプラも生きていましたし、他の3名も生きている可能性があるのでは〜?」


「詰めが甘すぎるな......って、思えば1代目魔王時の幹部やその側近も結構生き残っている気がするな。少なくとも、ルシファー、アスモデウス、アスタロトの3人が生きていることは確実だし、他の幹部もわからん」


「ケツァルコアトルさんが1番生きていそうなのに、あの人の死亡した説が1番有効ですし〜......世界って色々と分からないことばかりですね〜」



 天仕が来栖亭の言い草にうむうむと頷きながら言葉を返し、



「戦争が終わった時点で生き残っていた者は、今もきっと生きているはずだからな」



 来栖亭はくるりと机上の書類の山の方を向きつつ、置いてあった麦茶を一気に呷った。



 プルルルルルル、プルルルルルル......



 そんな時、332号室の固定電話が騒々しい音と共に電話がかかってきた事を伝えかけてきた。



「電話だ!ふぅが出てくるよ!」


「あ、任せた」



 1番近い位置にいたフレアリカが電話の応対をするために玄関に向かい、来栖亭が小さく声をかける。



「もしもーし?」


『やばいよこれ!!どうしよう!!』


「葵雲!?どうしたの!?」



 電話をかけてきた主は、我厘と共につい先程部屋を飛び出していった葵雲であった。ビュウビュウと風が唸る音も聞こえてくるので、恐らくかなり上空の方から電話をかけてきているのだろう。


 葵雲は、かなり焦っていたのかぜえはあと荒い息を吐いているのが分かる。緊急事態、そう咄嗟に感じ取ったフレアリカは、来栖亭、天仕にも電話の内容が聞こえるように音量増幅法術を使った。



『富士山頂にウィズオートの元宮廷魔導師がいるんだけど、なんか魔法使ってるんだ!!やばいかもあれ!!』


「葵雲、その魔法が何なのかは分かるか?」



 何かと慌てている葵雲に来栖亭が訊ねかける。



『あの魔法陣の形から見て、拡散魔法だよ!!変なカプセル持ってたし、ヤバいって!!』


「変なカプセル!?それは一体どういうこと『この際敵に感知されようが関係ないからゲートなりポータルなりなんなり使って早く来て!!』


「え、あ、わかっ......」


「......切られましたね〜」



 とにかく焦りまくっている葵雲は、こちらが色々話したり訊ねたりする隙なくすぐさまに電話を切った。


 話を遮られた上にいきなり電話を切られた来栖亭が唖然としながら2人の方に顔を向け、天仕はどこか杞憂な表情を浮かべたままとてとてとゲートの準備をし始めた。



「あ、あの焦りようだと、一分一秒すら無駄にできないくらい大変なことが起きているのでは〜?すぐさま向かうべき、ですね〜......?」


「だな......あ、」



 天仕はゲートを開き終わった後で来栖亭の方を見やる。来栖亭は相槌を打ちながらゲートに入ろうとした所で、ふいと後ろを向いた。



「......フレアリカはここで待って「やだ!」


「っ......」



 振り向きざまに「ここで待ってろ」とフレアリカに言うつもりだったのだが、その声は耳をつんざくくらい大きな拒絶の声によって掻き消された。


 その後のしばしの沈黙が、場の緊張感と共に3人を刺す。一分一秒を争う状況下なのに、その事すら一瞬頭からなくなってしまっていた。



「......ふぅも、行く」



 その沈黙を終わらせたのは、フレアリカの小さな小さな、けれども大きな決心の言葉であった。



「フレアリカ、」


「誰かにおんぶだっこされたまま、少し離れたところからみんなの事を見ているだけなのはもう嫌なの!!」


「ふぅちゃん......」


「ふ、ふぅちゃん?......ん゛ん゛っ、フレアリカ......」



 天仕のフレアリカに対するあだ名に少し驚きつつも、来栖亭はフレアリカの方に改めて向き直る。



「......お父さんもお母さんも、ふぅの......私のせいで、いなくなった。大切な人がいなくなる悲しみを、少なくとも私なりに痛いほど理解してる。それに......」


「......」


「......それに、直接聞いたりしたわけじゃないけど、お父さんとお母さんが私がいなくなった後にしてくれたことも聞いて、それで一応だけど大切な人を失った悲しみも理解したの......」



 来栖亭も天仕も、涙ながらの訴えをただただ黙って聞く事しかできなかった。



「......皆が頑張ってるのに、私だけ何もできないのはもう嫌なの!!」


「っ、だが......」


「ラファエルさん」


「サリエル......?」



 フレアリカの必死の熱弁に、来栖亭は気圧されながらも首を横に振ろうとした。しかし、天仕の言葉によって遮られ、来栖亭が後ろを振り返ろうとしたのと同時に天仕の手が来栖亭の肩に乗せられた。



「......周りが大変な状況下で何もできないことの辛さは、私も知っています。胸が押しつぶされそうになるくらい自責の念がつのるあの感覚は、まだこんな小さな子が2度も経験するべきものではありません」


「............そうか」



 天仕が珍しく力強く物を言った事が、先程のフレアリカの熱弁と共に来栖亭の心をぐんと揺らす。



「......よし。行こうか、フレアリカ」


「っ!うん......!!」


「で、では改めて〜......」



 天仕の手に神気が込められ、



「......上級転移魔法、《ゲート》」



 何もなかった空間に突如として現れたゲートに、瞬間すら置かずに3人は入っていった。




 ─────────────To Be Continued──────────────



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