23話5Part Wolkenkratzer Fantasie⑤

 パソコンの方に向き直り、指でモニターをつーっとなぞった。


 袖からちらと覗く葵雲とは色が全く違う白い細い指は、ある1箇所の施設を指し示した。



「......異世界ウィズオート皇国の、政府の奴らの、仕業......って、ことになる......」



 そうぼそりと静かに、しかし何かを決定づける大事な台詞にぴったりな強さを兼ね備えたまま呟いた。


 それを聞いた帝亜羅の眉は、何らかの感情によりぴくりと反応する。



「......それって、聖火崎たかさきさんの仲間の人達?」



 ......世界を救った、異世界請求勇者·聖火崎 千代たかさき ちよ。その仲間は通称勇者軍、正式名称を皇国陸条こうこくろくじょう義勇騎士団ぎゆうきしだんという。


 各地方(中央部、西方、東方、北方、南方、南北群島)の地方騎士団+地方元帥+総帥+勇者で掲載される勇者軍は、"味方の攻撃はご法度"だ。


 そして、味方の攻撃をした勇者軍兵は、どんな立場であろうと極刑に処される決まりがあって、本来ならば政府と聖教教会が判断を下し系を執行する......


 ......のだが、現在のウィズオート皇国の皇帝は如何せんクソ(聖火崎の判定によると)。国や国民の事より私利私欲を優先する、絵に書いたようなクソ野郎とのこと。そんな皇帝をトップに置いている皇国政府もまたクソ。


 政府が腐っているからこそ、勇者軍の本来"ご法度"な行為をむしろ政府自ら行うような時代がウィズオート皇国に訪れている。


 聖火崎は一昨日、そう帝亜羅に皇国の事情を教えてくれた。無論、上記でわかる通り聖火崎目線での独断と偏見100%な説明ではあったが、帝亜羅はそれを全て聞き漏らさずにノートにまとめた。


 ど、どれだけ汚いんだ......と聖火崎曰く"クソまみれ"な皇国政府の人達を想像しつつ、人を簡単に裏切る事のできる人達の事を帝亜羅は密かに哀れに思った。


 今、梓までもがそんな人の私利私欲のために犠牲になったとなると、帝亜羅は黙ってはいられない。怒りと悲しみと焦りとその他色々な感情が、胸の内をぐるぐると回っている。



「......う、ん......」



 帝亜羅の問いかけに、晴瑠陽は素直にこくりと頷いた。


 ......その瞬間、帝亜羅の中で、堪忍袋の緒が完全に切れた。



「......私、ちょっと梓ちゃんを探してくるね」


「......え、奈津生......?」


「あれ?帝亜羅もう帰るの?」


「さよならだぞー!!」



 すっくと立ち上がり、いつのまにか下ろしていた鞄を抱えて玄関に向かう。途中、晴瑠陽や葵雲、雨弥うみの声も聞こえたが、帝亜羅の中でそれが頭に留まる事はなかった。



 タンタンタンタンタン、タンタンタンタンタン、タンタンタンタンタン......



「......」



 無言で階段を駆け下り、先程晴瑠陽が指し示した"ある1箇所の施設"に向かうべく力強く歩みを進める。


 視線は真っ直ぐ先を見据え、冬の弱々しい日差しを跳ね返すほどの貫禄と怒りを内に秘めたまま、女子高生はある日の襲撃の場所......


 ......アオンモール堺店に向けて移動すべく、聖火崎から貰ったシュピーゲルスクリーンを強く念じながら開いた。



 タンタンタン、タンタン......タン、タンタン......



「......はあ、はあ、はあ......」



 数秒後に、その後ろから晴瑠陽が階段を息を切らしながら下りてきた。一番下まで下りきる前に、完全に体力が底をついた晴瑠陽は手を壁に着いたまま肩で荒々しく息をしている。


 帝亜羅が手鏡を開いたヨシダパークハイムの駐車場には、帝亜羅の姿はどこにもない。まるであの映像で見た梓が消えた瞬間のように、下に一瞬で法術陣が現れ、刹那も置かずに姿が粒子状になってぱっと消えた。



「......っは、あ゛......」


「晴瑠陽、大丈夫?」



 そんな晴瑠陽の更に後ろから、葵雲が階段を歩いて下りてきた。そして今にも倒れ込んでしまいそうなほど、荒々しく息をする晴瑠陽の背を優しく撫でてやる。



「......ま、さ......か、階段、が......こん、な、に......キツい、とは......」


「今にも死にそう......部屋に上がって休も?」


「......わか、た......上がっ、て......休むから......葵雲は、奈津、生を......追っ、て......」


「うん。わかった!堺のアオンね!!」


「......う、ん......おね......がい......」



 自分の指示を受けて大空へと翼を広げて飛び立っていった葵雲の背を眺めながら、階段で息を整える。



「だ、大丈夫!?」


 そこに、ヨシダパークハイムの10人の1人が偶然通りかかった。いかにも苦しそうな晴瑠陽の元に急いで駆け寄って、肩を抱えつつ優しく話しかける。



「......は、い......なんとか......」


「怠そう......部屋は何号室?」


「......3、32......」


「分かった。上まで送ってあげる。ところで......君、未成年だよね?保護者の方はどちらに?」


「......う、えに、............!」



 親切な女性の声掛けに何とか応答している最中、晴瑠陽は自身のすぐ足元に妙な気配を感じ取った。そして......



 ドンッ



 咄嗟の判断で、女性を力一杯押した。幸い階段を数段昇っただけの所で横に押しただったため、女性は押されてよろけただけで怪我をすることはなかった。



「っわ、ちょっと君、何する......」


「来ちゃダメ!!」



 晴瑠陽の事を支えようと女性が再び距離を詰めようとした瞬間、晴瑠陽は自身でも信じられないほどの大声で女性に注意喚起した。



「っ!!な、ちょっと......!......な、なにそれ......?」



 その直後、晴瑠陽の足元には半径50cmほどの空間転移の法術陣が広がっていた。女性は見た事もないそれと、先程の晴瑠陽の大声で激しく動揺している。



「厚生労働省に連絡して!このままだと被害者クランケがもっとっ......」



 そして晴瑠陽が何かを伝えようとした刹那、姿が粒子状に変化して目の前から忽然と消えてしまった。



「......え、え......?」



 後には、階段でへたりこんでただただ唖然としている女性だけがいたという。




  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「帝亜羅〜!!おうちこっちじゃないよね?一緒に帰ろ〜!!」



 ......一方その頃、晴瑠陽から"帝亜羅を追って"と指示された葵雲は、大阪府堺市のアオンモール屋上にやってきていた。



「ここ堺?だったよね?あれ、新神戸ってどっちだっけ?......まあいいや!帝亜羅〜!!」



 色々言いながら、屋上を歩き回る。......あの日、帝亜羅の腕を斬ったのはどこだったか。そう思いつつふらふらしていると、ふと1つのビルが目に留まった。



「あ、堺市市役所か〜、懐かしいな〜」



 ......あの日は、リストレイント·コントローラーのせいで意識が朦朧としていた。


 アオンモール屋上の時も、思えば意識が朧気で。何をしたのかも、少しだけ覚えている。


 ルイーズの顔......ではなく、ガードした腕を蹴飛ばして、攻撃陣展インフェルノ・開術式バレットで皆を攻撃し、高位爆炎術式エクスプロージョンでアオンモールを爆破した。


 でも望桜達が護ってて、計画は失敗に終わる。そこから、リストレイント·コントローラーで操られて......



「......あれ?」



 そこまで考えた時、葵雲には何かが引っかかった。



(リストレイント·コントローラーって、単調な命令しかできなかったよね?ならなんで、爆破が失敗したら次の段階に、とか......人間をまとめて、殺さずに爆破をするなんてせんさ......せんざ......繊細ぜんざい繊細ぜんざいな命令ができたのかな?)



 心の声の中で、繊細せんさいの読み方が違うのは無視で......リストレイント·コントローラーとは、本来単調な命令しかできない洗脳魔法·法術なはず。それなのに、あの日は......かなり複雑な事をやらされていたはずだ。もちろん、葵雲本人の意思ではなく半ば命令で。


 となると、あの日かけられていた洗脳魔法は、リストレイント·コントローラーではなく、それの強化版の......



「......Absolute Geho絶対服従のrsam Marionette操り人形?」


「おお、まさかこんな所で会うとは思わなかったのじゃあ〜!」


「ほえ?」



 葵雲が思い当たる高位の洗脳魔法·法術の名前を言った瞬間、誰かに後ろから声をかけられた。あれ、どこかで聞いた事ある......?と思ったが、葵雲の中で"あ、この人だ!"とぱっと思い浮かぶ人はいなかった。



「......あ!503の人だ!!」


「おお〜!覚えてくれておったとは〜!!私は感激しておる......!」


「そ、そんなに?」



 ......葵雲に声をかけてきた人物、それは10月某日に503号室引っ越してきた2人組の1人、天津風 愛あまつかぜ めぐ......こと、大天使アリエル。


 葵雲と天津風はあまり接点はないのだが、望桜から話を聞いたのと普段よく見かけてはいるから見た目と声、あと部屋番号等だけは覚えていたのだ。


 葵雲が自身の部屋番号を覚えていてくれたという事実に感動しつつ、天津風はとてとてと近づいてくる。



「ああ、汝らには迷惑をかけたし、階差が2あるから会うこともないし、私はてっきり覚えられていないかと......」



 そう言って、天津風はほっとしたような安堵の表情を浮かべた。......葵雲ことアスモデウスによるアオンモール襲撃から数日後、天津風は同居人の来栖亭 沁音くるすてい しのん......こと7大天使·ラファエルと共に、帝亜羅と晴瑠陽を殺そうとしたのだ。


 詳しい事情はまだ分かっていない。もちろん、葵雲も何があったかは詳しくは知らない。



「そなことないよ!1回見れば覚えるよ!!......あ、そういえばさ、前に帝亜羅と晴瑠陽のこと殺そうとしたって聞いたんだけど」


「ああ、あの襲撃のことか!いやあ、私らは元々、天界の業務から一旦離れるつもりで日本に移ってきただけだったのじゃ。でも、私らだって天界での立場がある。何か1つ、天界のためになることで特に大きな面倒や手間をかけずにできることは〜......って思っておった時、ふと汝らのことを思い出したんでな!」


「ふんふん」


「汝らはすぐ下の階におるから手間はかからんし、それ故に大きな面倒もない。おまけに、あの時は汝......おっと、今は別人か。そのはる......はる、晴瑠陽、というやつとサブターゲットである"ナツキ ティアラ"とかいう少女が2人きりで部屋におったから、さらに面倒がなかった」


「うん、うん」


「じゃから、機会があったからやっただけで、今はもう殺意や害意は全くないことだけは理解しとくれ!な!!」


「うん!わかった!!」



 いや、大して理解してはいない。ただ、敵ではないことだけは本能的に感じ取っていた葵雲は、とりあえず相槌だけ打った。


 ......天津風の話を説明すると、2人は元々、日本にはただただ気休め程度に滞在しようとしていただけだった。ところが、2人が借りた宿の下に、偶然望桜達が住んでおり、そこに葵雲、晴瑠陽、雨弥(この時はまだ1つの体)が加わり、同時に帝亜羅が頻繁に訪れるようになったのが始まりであった。


 ここで、近くには特別な何かをせずに得られるかもしれない"地位や立場"を得るための機会がある、そう2人は思ったのだ。なので、晴瑠陽と帝亜羅だけが下に残っていた時に殺しにかかった。(今は詳しいことは分からないが、天界の何らかの事情で、2人の首が必要だったからと思われる)


 しかし失敗したため、もうやらなくていいか......と意気消沈し、以降静かに(天津風は比較的うるさめに)、今まで2人で過ごしていた。



「あ、汝に言いたいことがあって声をかけたのを忘れておった!」


「言いたいこと?」



 天津風はてくてくと葵雲の方に歩み寄って手を差し出しながら、



「ああ。今から、日本中が大変なことになるやもしれん。それを防ぐために、一旦家に帰ろうなのじゃあ!!」



 と言って、葵雲の手を掴んだ。



「大変な事?」


「兵庫と東京で、魔力反応......それも汝ら大悪魔には感知不可能なほど微弱なもよがいくつか、てんてんと発生しておるのじゃあ!!恐らく、空間転移かポータルスピアで人を攫っておるのじゃろう」


「え、そうなの!?」


「ああ。じゃから、一緒に家に帰ろうぞ!!」


「うん!!」



 "帝亜羅を探す"という目的をすっかり忘れてしまった葵雲は、付近に1つ、小さな神気反応があった事も無視して自宅に帰ったのだった。



「......あ!その前にコンビニ行きたい!!くれー......くりー......くれーぶりゅ......」


「クレームブリュレか?期間限定の......」


「そうそれ!買いに行こうよ!!」


「そうじゃな!!帰宅はその後じゃ!!」



 ......大きな事件を前にした、とある少年悪魔·少女天使の会話。




 ─────────────To Be Continued──────────────



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