20話6Part ヴァルハラ滞在最終日の過ごし方⑥

 漆黒の空、煌めく東方市街。あまねく星々は遥か遠く、それでもこの星に光を確実に届けている。その数多の星の中で帝亜羅は、何故か1つの星に目を惹かれていた。


 他のものと比べて大きくない、それどころか小さい部類なのだが、ほんの少し赤みがかったそれから目が離せなくなってしまった。


 3階のベランダに出ているため、ひゅうと吹き付ける夜風が心地よくて寒々しい。扉は開け放しだが、空調を使用している訳ではないので大丈夫だ。


 室内からは、相変わらず晴瑠陽の操作しているパソコンのタイピング音が聞こえてくる。聖火崎とフレアリカが数時間前にどこかに出かけたのを見て、特に意味は無いが東方市街が深夜帯ですら明るさを損なわない事を確認して、気づいたら空に浮かぶ、1つの星を眺めていた。



「......ん、星、綺麗......一応町外れにあるからかな、うちよりも綺麗に見える......」



 眠くはならないし、不思議と退屈だとも思わない。心做しか自分の家のある神戸の街や休日に行く事のある大阪よりも綺麗に思う空気を肺いっぱいに取り込んで、帝亜羅はそっと目を閉じた。


 ......明日は、どこに行こう。......あ、マモンさんに言って、第壱弦聖邪戦争の記録でも見せてもらおうかなぁ......


 星を見つめたまま、そう頭の中で考え始めた時であった。



 ガンッ!!



「わあっ!」



 帝亜羅の目先2m程のところに、派手な音を立てて何かが落ちてきたのだ。硬質なそれは壊れこそしなかったものの、ベランダから危うく落ちてしまうほど端の方まで滑って移動してしまっていた。



「な、なに......?」


「ごめん奈津生!!それ、取ってくんない?」



 そしてその直後に上の階から聞き慣れた声がした。男性にしては高く、女性にしては低い中性的な声で、それに反応して帝亜羅が上を向くと、紺碧の髪に濃い黄色の瞳が4階ベランダの床から覗き込んでいた。



「え、あ、瑠凪さん!えっと......」


「スマホが落ちてこなかった?」



 帝亜羅に覗き込む体制のまま声をかけた瑠凪は、帝亜羅に自分が落としたスマホを取るように指示し、それと同時にそちらの方向を指さした。


 帝亜羅は、いつもと瑠凪の帝亜羅の呼び方が違う事にほんの少しどぎまぎしながらも、上の階から降ってくる黒い羽と白い羽を無視してスマホの元に直行し、手に取った。



「瑠凪さん、これですよね?」


「そーそーそれそれ」


「えっと......今からそっちに行って渡しますね」


「あ、いいよいいよ」



 スマホ、という比較的大切に扱わなければならない部類の物だから、と自分が行ってから渡すと言う帝亜羅。しかし、瑠凪はすぐにそれを断り、一旦顔を引っ込めて、



「我厘!!」



 と、名前だけ聞けば帝亜羅の知らない人物を呼びつけた。その人物は帝亜羅が聞こえてくる足音から察するに、部屋から渋々ベランダにやって来た。


 そして身軽に4階ベランダの柵を飛び越えて、帝亜羅の居る3階ベランダに軽やかに着地した。



「え、と......」



 黒色で迷彩柄のパーカーを着込みフードを目深く被ったその人物は、おずおずとスマホを差し出す帝亜羅からそれを受け取った。



「普段から酷使しているだけでなく、ぞんざいに扱うとは一体どういうことだよ。......わわっ、」



 ガンッ、



 我厘あがり、と呼ばれたその人物は、口でそう言いつつもスマホを瑠凪に投げて返した。その直後、我厘が目深く被ったフードが瞬間的に強く吹いた夜風にあおられて、肩口にぱさりと落ちた。



「え、え、え......えええええええええええ!?」



 それと同時に視界に現れたのは闇に映える緑色の髪だ。エメラルドグリーンのリボンがひらひらと踊り、金色の飾りを着けたその姿は、大天使聖ガブリエルその者であった。帝亜羅が上げた声に少しだけ不機嫌そうにしながらも、4階の方に視線を向けている。


 ......先日の昼に襲われて以降、姿を見ていなかった帝亜羅。思えば倒れ込むところを最後に見たので心配に思っているところもあったのだが、大丈夫そうでなによりだ、と帝亜羅は心から安堵のため息をついた。



「......あ、奈津生......」


「......えっと、その......」



 しかしそれも束の間、ガブリエル......もとい我厘が顔を下げて帝亜羅と顔を合わせた瞬間、2人の間に気まずい空気が流れはじめた。



「......」


「......」


「......ちょっとちょっとー、スマホ返ってこないと今日の深夜タイムログボ逃しちゃうじゃんか。もう午後11時57分だよ?あと3分で今日が終わっちゃうっての!」


「え、さっきガブ......我厘さん、投げて返してませんでしたっけ?」



 そしてそんな沈黙に耐えかねた瑠凪が、先程帝亜羅や我厘に指示した時よりもいっそう大きく文句の声を上げた。



「お前の目は節穴なわけ?どー見たって、4階の柵に当たってまた下に落ちた構図だろ、これ」


「あ......」



 帝亜羅が視線を下に向けると、スマホが自身のすぐ足元に1枚の白い羽と共に落ちていた。何故かずっと苛々している瑠凪の小言を他所にしゃがみこんで手を伸ばす。


 そういえば、今まで1度も触ろうとか思わなかったから、触ったことなかったな......そう思い帝亜羅がスマホを左手で拾い、同時に反対の手で白い羽を拾おうとした。......のだが、



「......あれ、あれ......?」



 指先には物を掴む感覚はおろか、軽い何かが掠める感覚すらない。これは一体......



「......ちょっと奈津生ー、お前とうとう頭おかしくなったの?」


「瑠凪、口が悪いぞ。......奈津生、そこに何かあるのか?」



 瑠凪のトゲのある言葉に我厘が叱り、それと同時に問いかけてきたのに、帝亜羅はまたどぎまぎしながらも答えた。



「え、あ、白い羽が......」


「「......え、」」



 そしてその帝亜羅の答えに、堕天使と大天使はその場で固まってしまった。また少しだけ居た堪れない空気が流れ出した場に、ドタバタという足音が響き渡る。



「......し、師匠!!」


「あ、鐘音。どーしたんだよ」



 4階の瑠凪の居室に鐘音が駆け込んできた、と帝亜羅は声と音から察した。今までに帝亜羅が聞いた事も見た事も、なんなら想像した事すらないほどの鐘音の慌てよう。


 帝亜羅はとりあえず、何があってそこまで焦っているのかを聞くために耳を澄ました。我厘もその横で仁王立ちしたまま、上の階の音を聞き耳を立てて聞いている。



「あ、鐘音。どーしたんだよ」


「或斗が、或斗が!!氷に......!」



 ......或斗さん?


 鐘音の必死に声を上げて瑠凪に伝えている様子を声を聞く事で察している帝亜羅は、その恐らく大変な状況になっているであろう人物の名を聞いて、猛烈な不安に駆られた。




 ──────────────To Be Continued──────────────



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