17話4Part 働く勇者と暗殺事案④
......ヨシダパークハイム331号室、リビングルームの中心に鎮座する
その動作を時折繰り返しながら、入力作業をかれこれ1時間は続けていた。炬燵の向こう側にいて、時折晴瑠陽の膝あたりを蹴ってくるフレアリカの事は全くといっていいほど気にしていない。
体の主導権を葵雲が持っている時は常に左側の髪をかきあげてピンで止めてあるのだが、晴瑠陽はそれを外して机の隅に置き、上着を2枚着込んでその上から毛布を被って熱心に作業を続けている。
その最中にもますます威力を増したフレアリカの蹴り技が膝に炸裂ヒットして、時たまめちゃくちゃ痛い。でもどうこうしようとは思わない、面倒くさい。晴瑠陽はただそう思うのである。
「............痛っ............仕方ない............」
......しかし再び膝に強烈な一撃が入り、やむを得ず重い腰を上げてフレアリカを炬燵から出し、自身から遠ざけた。
「......ん、?」
......ふいと、その動作を終えて定位置に戻った際に、耳に違和感を感じた。右耳にのみ何かが着いている感覚、少しだけ重量のあるものが付けられている。作業の集中がフレアリカに対応し途切れたことで、その感覚をようやっと脳が拾ったらしい。
地味にごつごつとしたそれは、外そうと思って引っ張ってみると案外簡単に外れた。
中心に深紅の宝石が嵌められていて、その周りを銀色の金属が縁どっており、王冠のような形をしている。そしてその周りに紺青と葵色の宝石が中央の宝石のサイドに陣取り、さらにその横に翠色のものと鴇色のものが付いている。その王冠の下にそこはかとなく小さい鎖で2つの宝石、紅色のものと鉛丹色の物が繋げられていた。
押しピンの針の方みたいなものが王冠の飾りの着いていない方に付いている、これはピアスだ。それを確認し、晴瑠陽はそれも外したままピンと同じところに置こうとして動きを止め、そのピアスをまじまじと見つめた。
そして色とりどりの7色の宝石の着いたそれを見て、再び耳へと手を持っていった。......何だか付けておいた方がいいような気が、なぜか宝石の配色を見つめた時に湧いてきたからだ。
そしてピアスを戻した後、再び作業を開始した。
「......」
ノスバーガーのソイ·ノス野菜バーガーとクラムチャウダー、デザートシェイクのミックスベリーを横のミニ机に乗せてソイノス野菜バーガーを頬張りながら、重苦しい空気の流れてくる方向を横目で確認し、次に時計を確認した後弄っていたファイルを閉じた。
......何か、ずんっとしてて......居づらい......感じ......
しかしその空気も無視し、ひとつ大きく伸びをした。
「......あと確認、したい......のは、的李の"手記"......かな......?」
......的李がずっと昔から趣味で書いている手記、それの内容が晴瑠陽にはどうも気になって仕方がない。いや、無理やりにでも奪ってみようとは思わないのだが。めんどくさいから。でも、内容を1度目に通せば覚えるほどの記憶力と天才的頭脳を持つ晴瑠陽はどうしてもその内容をパソコンに入力しておきたかった。しかし的李の居ない今、それは叶わないだろう。
そう思い、ビーストエナジーを1口一気に飲んだ時であった。
「お、晴瑠陽!!」
「おはよ......飛龍、は......?」
「まだ起きねえよ。......それでマモンから1つ提案があってな。あ、昨夜聖火崎がフレアリカを預けられないかってうちに来てたんだ。でも家では生憎預かれないって言ってた時にマモンが来て、そっからその話を聞いて......」
まだマモンとダンタリオン、ファフニール、聖火崎の居る自室から引き上げてきた望桜が突然の人格入れ替わりに若干驚きつつも晴瑠陽の姿を捉えた。
おはよう、と挨拶を交わしてすぐに望桜はマモンから言われた事と昨夜の出来事を、葵雲と記憶を共有していないため把握していないであろう晴瑠陽に大まかに説明した。
「......ヴァルハラに全員で泊まりに来ないかって」
「えっ」
「うおっ!!は、速っ!?」
そしてその説明の最後の言葉に、普段いかにもやる気ない、無気力系ですよ〜って雰囲気を醸し出している晴瑠陽からは想像もできないほどのスピードで立ち上がり、望桜の部屋にいるマモンの元へ駆け込んで行った。
「マモン......!」
「よお、アスモデウスの片割れや。望桜から話を聞いたのであろう?どうじゃ、3日ほどうちに泊まりに来ないか?」
「行く、絶対行く......!」
「え、晴瑠陽............まあいっか。行こう!!」
「やった......!」
そんな晴瑠陽の様子を見て、望桜も渋々......というより内心自身も"行ってみたい!!"という気持ちがあったため、すんなりと承諾した。
......望桜がラグナロクの中で唯一街を見て回ったことのある地方である東方。しかし綺麗な街だな〜なんて思った記憶はない。犯罪も少なそうだし、この間の夢で見た北方とは天と地の差があったよな......と頭の中で自身の記憶にある"東方"とマモン達の言う"東方"を照らし合わせてみたがどうも違った。
......当たり前だ、望桜が行ったことのあるのは皇都·ラグナロクから100m程の範囲までで、その辺にはまだマモン達の言う街並みは広がっていないのだから。
しかしまあ望桜も行ってみたいことは行ってみたいので、早速旅支度を開始した。......よく考えたら俺達、どっか行ってばっかじゃねえか?
そう思いながらも荷物をまとめて......とはいっても特にこれといって持っていきたいものは無いのでその作業もすぐに済み、その場であぐらをかいて座りふわぁ......と1つあくびをした時、
「......あ、望桜」
「よー鐘音。眠れたか?」
ソファベッドで眠っていた鐘音が起きてきて、怠そうに目を擦りながら望桜の元にやってきた。燃えるような赤髪に所々寝癖をつけたまま、望桜の横にあるまとめられた荷物を見る。
「うん、一応はね。ところで......」
「......これか?」
「行くことにしたんだ。ならさ、その......」
「ん?どした、なんかあるなら言ってみ」
「えっと......その......」
そしてその後に鐘音にしては珍しく困ったように視線をぐるりと一周させた後に、おずおずと口を開いて、一言こう言った。
「............帝亜羅を、誘ってもいい?」
「......え?」
「だから、帝亜羅を誘いたいなって」
「うん」
「............や、別に駄目なら......いい」
「......え、理由かなんかないのか?」
「......別に」
その言葉に素っ頓狂な声を上げた望桜は、とりあえず続きを待った。何かしら言ってくれれば、自分も納得して承諾するかもなのだ。それが分かっていない鐘音ではないはずだ、と思ってそうしたのだが生憎その予想は外れたようで。
そして鐘音は"別にいい"と口では言っているのだが、目が何故か殺気をも孕んでいる視線をこちらに向けてくる。......絶対別にいいとか思ってないだろ、それ......
「......なんか理由があるんだろ?」
「まあ......」
「......帝亜羅ちゃんが、1回ラグナロクに行ってみたいって言ってたとかか?」
「えなんでわかるの気持ち悪っ」
「なっ、お前が帝亜羅ちゃんを誘いたいとか言い出すから想像してなんとなく言ってみただろうが!!別に悪いことじゃねえけど、帝亜羅ちゃん家の事情もあるだろうし、第1ラグナロクだぞ?危険が伴うだろ」
「東方市街地とヴァルハラの敷地内だけしか出歩かないし、そもそもマモンが帝亜羅の事は館の外に出さないでしょ」
「それもそうか......なら一応、声だけかけとけよ」
「っ!!そうだね、声掛けてくる!」
「............鐘音らしくもない......恋は盲目ってこのことか?無自覚だろ、あれ......」
ドタドタと足音を立てながらソファベッドにスマホを取りに行く鐘音。普段の鐘音とは程遠い今の彼の様子を見て、望桜はつくづくそう思うのであった。
「ベルゼブブ......?」
そして準備を粗方終えてからリビングに戻ってきていた晴瑠陽もまた、望桜と同じようなことを考えて、パソコンとスマホ、そして土にまみれたUSBメモリをリュックサックに詰め込んだ。
──────────────To Be Continued─────────────
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