14話6Part 化物(?)襲来⑥
ガバッ!!
「はあっ、はあっ、はあ......いっつつつ......」
11月3日、望桜は自室の寝台の上で猛烈な圧迫感と恐怖を身に感じ、睡眠中という無意識領域の中で反射的に飛び起きた。途端に胸に激痛が走り思わず悶える。自身の寝間着はじっとりと冷や汗に濡れていて気持ち悪い。
......にしても、やけにリアルな夢だったな。
そう寝ぼけた頭......というよりかは血液不足か何かでぼーっとする頭を何とか稼働させて、痛む傷口を擦りながらベランダに向かった。鼻につく硝煙と血の匂いが、未だ色濃く香るようで気持ち悪い。あの感覚だから気は進まないが、覚悟を決めて鼻うがいでも試してみようかとベランダからさらに流し台を目指して移動し、一気にすすいだ。
「......ほえー......」
頭が働かない、胸はズキズキと痛い。とりあえず血を作るために朝食を......と傷口を気遣いながら足早にリビングへ。さすがに的李でも今日くらいは望桜の分も用意していてくれるだろう......と思ってリビングに移動したら、なんと豪奢だが体に優しく病人にも食べやすいメニューの朝食がテーブルに用意されているではないか。
しかも痛み止めと水、安眠剤、包帯、消毒液も完備......この準備の良さは......
「......おはよう、或斗」
......望桜の推しこと桃月瑠凪の使用人であり従者·餅月或斗だ。薄紫色の髪をふわふわと揺らしながら、紅茶のカップ片手にとてとてと歩いてくる様に望桜は思わずにやけながらもしっかり応答する。
「起きられたんですね!傷口は大丈夫ですか?」
「あー......まあ耐えられないほど痛いこともないし、大丈夫だ」
傷口の様子を伺いながら一応包帯を抱えてくるのが中性男子コンの望桜にとっては堪らない。望桜のにやけ顔を若干疑問に思いながらも、或斗はカップの中の飲み物を一気飲みした。
「良かったです!......あ、朝食は用意しておきましたので、冷めないうちにお召し上がりください」
「ああ、ありがとな!......ん?」
「え、どうかしましたか?」
「いや、なんか酒くさいなーと......」
「え、ああ…」
そう言って或斗は頭に疑問符を浮かべる望桜の方に、自身が先程まで何かを飲んでいたカップの中を見せて、
「スピリタスですよ、スピリタス」
「スピリタス?」
「ポーランドのウォッカです。度数が確か95から96......」
「ちょっと待て、お前よくそれ飲んで平気だな!?」
度数96って......それってめちゃくちゃ酒に強いってことだよな!?はっきり言ってエグいんだが......と驚く望桜を他所に或斗は軽い説明を続けた。
「ええ、まあ......あ、でも主様には内緒ですからね!怒られますから!!」
「そんなに念を押さなくても言わねえから!......てかそれ今日何本目なんだ?」
「ざっと4本目くらいでしょうか......」
「よ、4本!?......てかお前、確か戸籍上は19だよな!?」
「そうですけど......それが何か?」
「日本では未成年者の飲酒は法律で禁止されてんだよ!!」
「え、そうなんですか!?」
高校生時代に見ていたアニメの"良い子は真似しないでね!"の文字が望桜の目の前にありありと浮かんでくる。......いいか、絶対真似すんなよ!とどこぞの誰かにはっきりと言いたいが、それが口から出そうになるのを必死に押さえながら望桜は或斗の反応を見て、さらに目を丸くした。
......おま、それはないだろ......!
「なんで3年いて知らねえんだよ!」
「だって家でしか飲まないんですもん!!」
「お前バレないようにしろよ!!」
「そこは普通止めるところでしょ」
「な、ゆ、勇者ジャンヌ!?」
「......なんだ、起きたのか」
望桜と或斗の声に反応してか奥の部屋から出てきた人物に、或斗は驚き慌てふためき望桜は嫌そうな顔をしながらも水にコップを注いで手渡した。
「起きたも何も......葵雲が漢字って何?って早朝から電話しつこく聞いてきたから、わざわざこっちまで来てクイズ形式で説明してやってたのよ」
「よっと......とと、おはよう!」
「おお!葵雲、おはよう!」
そして聖火崎の後ろから顔を覗かせたのは、緑丘家の家計を圧迫(ほか2人の人格は無害)している不良債権·御厨葵雲だ。望桜は葵雲にも水を注いだカップを手渡し、或斗は2人のことを迷惑そうに見つめている。
「望桜、或斗、おはよう!!」
「......さて葵雲、次はこれよ」
そう言って『
「......で、
「両方凸らせてどうすんのよ」
葵雲の少し斜め上な回答に聖火崎のツッコミが炸裂した。その横で或斗が時計を見て慌てだしたのを皮切りに、緑丘望桜の
「わ、もうこんな時間......!アオンのタイムセールが始まってしまいます!!誰か荷物持ちに......とりあえず先に準備してきますね!」
「うわっ、もう9時か......寝過ごしたあぁ〜......」
或斗が急いで荷物をまとめ始め、望桜はそれを後目に時計を見やった。......午前9時、望桜は結局本日も休むこととなったのだが、瑠凪は確かバイトのはず。そう考えて望桜はとりあえず"午後からメルハニに行く"と本日のプランを決定した時に、いつのまにか横に居た聖火崎の否定の言葉が耳に響いた。
「私は嫌よ、暇だけど......ていうか別に1人で行けないこともないんだから、1人で行けばいいのよ」
「いやいや......暇ならお前、一緒に行けばいいじゃねえか」
「はあ!?嫌よ、絶対嫌!!だって荷物持ちって言ったって、或斗がアオンの中と商店街中のタピオカドリンクのある店をハシゴすんのをただ着いて行くだけなのよ!?そんなの行きたくないわ!」
「へえー、そんなにタピオカが好きなんだな!」
「ていうかそれに着いて行かされる以上に"タピオカをハムスター並に頬いっぱい詰め込んで美味しそうに咀嚼する
そう言ってまだ準備を続ける或斗の方を聖火崎は見た。......やはり聖火崎の言った通りタピオカ屋目当てでもアオンに出向くらしく、纏っている雰囲気もどこかわくわくしているようだ。
「......それなのに、あの半透明なデンプンの塊と発酵させたお茶っ葉とミルク、砂糖その他諸々を合わせたドリンク、あとは酒とジャンクフードを差し出しただけで命も何もかも見逃してくれそうな程その3つに目がない大悪魔なんてそんな無様なの、見たくないわ............はっ!!」
「こ、今度はどうしたんだよ!?」
聖火崎の凄まじい勢いの熱弁を近距離でダイレクトに聞いてわんわん鳴る耳を両手で押えながら、何かを思いついたように声を上げた聖火崎に望桜は問いかけた。
「そうか......ラグナロク人がすべき事は国力増進や練兵なんかじゃなく、キャッサバ芋と葡萄と大麦を栽培する事だったんだわ!!」
「いや絶対前者だろラグナロク人のやるべき事!!」
「いやでも......リンゴも使えるし芋は汎用性が......でも日本のお米はラグナロクに持って帰ったらウケそうなのよね......」
「ほええ......」
聖火崎の頭の中で進められていくラグナロク改造計画を想像して頭痛がしてくる。望桜は暇な午前中、夢の中の出来事を軽く整理することに決めた。
......あまりにもリアル過ぎる夢......と起き抜けに思った事を思い出して、ならどうして"夢"なのにあんな感覚に襲われたのだろうか。
─────鼻につく硝煙と血の匂いが、未だ色濃く香るようで気持ち悪い。
もう一度言うが、あれは夢だ。どういう因果であんな夢を見たのかは分からないが、確かに現実ではなかった。はずなのに......
硝煙と血の匂いが鼻につく、そんな現象は起こるはずが無いのだ。そのあまりにも妙すぎる現象が起きた夢の内容は、はっきり言って凄まじいの一言だった。
......道中の景色も確かに凄まじかった。遺体の山に酷く虐げられる貧民達に、その貧民達に暴力を振るう富民達の何かに怯える、圧迫されているような瞳。しかしそれ以上に、あの時少年が入っていった黒い建物の中は酷かった。そしてなぜか望桜は少年の心情をありありと感じたようで......
半開きのアイアン・メイデンの中で他人と自分の血が混ざりに混ざったものに塗れながら必死に"死なせて"と訴えかける者、殴られ焼かれ撃たれされて地面に這いつくばってただ"殺して?"とこっちを見つめてくる者。
赤赤黒黒とした血液のサビ臭さと生臭さ、ねっとりとしていて蒸発してもなお重苦しい空気となり、その場にいる人の肺胞の隅の隅まで入り込んでずんと重くのしかかる。
......そこは処刑場であった。罪人、偽善者、冤罪人混ざり混ざった"囚人"達の体から"生"を剥ぎ取り、暴力的な"死"をもたらすための。
処刑されるのをただ待つことしか出来ない者達は、"助けて"ではなく"殺して"、"死なせて"と訴えかけてくる。色々な拷問器具や武具を抱えて囚人の処刑をし続ける処刑人もまた、目の前の半永久的に続く地獄絵図の終焉を待ちわびていた。少年はそこで死体の解体をする仕事に就いていた。その時の少年は......
──やめて、そんな目でこっちを見ないで。こっちも明日を生きるのに必死なんだ。小さい妹が家で待ってるんだ。......肺が痛い、目が痛い、......身体中が痛い。やめて、やめて、やめてやめてやめて......
そう、ただ心の中で懇願し続けていた。そこには生者も亡者も関係ない、みな等しく感情の無い瞳で少年の事を見つめ続けていた。そして......
──ああ、皇帝が人間でもこんな政治が国内で続くようじゃ、悪魔も人間も天使も、そう大差はないな......
「............2界等立、か......」
「ぃかも......え?」
「ん?どうかしたか、聖火崎」
「今、貴方なんて言ったの......?」
「え、何って......2界等立「なんで、貴方が知ってるの?」
「......いや、昨日なんかとてつもなくリアルで変で重苦しい夢を見て......」
「2界等立は、私の兄が教会騎士として連れていかれた時に叫んでいた言葉よ......?どうしてあなたがそれを夢で見るの!?予知夢にしても気持ち悪すぎるわよ!」
望桜の呟いた"2界等立"という言葉。それを望桜が知っているという事にどういう訳か逆上する聖火崎。望桜はただ聖火崎の言葉を頭の中でリピートすることしか出来なかった。
──『2界等立は、私の兄が教会騎士として連れていかれた時に叫んでいた言葉よ......?』
......つまり、望桜は昨晩どういう訳か聖火崎の......もといジャンヌ·S·セインハルトの兄の記憶を"夢"という形で垣間見たのだ。......思えばその少し前にも、的李の、魔王軍魔王側近悪魔·ベルフェゴールの記憶(こちらはほんの少し)も夢に見た事がある。......なんだこれ......てか、ベルって......
......そしてジャンヌの兄が言う2界等立......"2つの世界が等しく立つ"、それ即ち下界がありとあらゆる問題を何らかの方法で解決して1つにまとまり、世界の創造主である唯一神の居る世界である"天界"と、聖なる天使と邪悪な悪魔のハーフである人間の作った世界"下界"が等しい力を持って倒立するという意味の言葉だと彼は言っていたのだ。
「......私達は元々、聖教の神官の関連家族だったわ。でも12代目魔王による進行で西方は聖教の重要地以外は危機に晒されたから北方に移住することになったの。経済状況の良い東方は移動するのにもリスクが伴うから、環境は厳しいけどその分魔王軍の進行にも晒されない北方に......」
目に涙をうかべ、唇をわなわなと震わせながら望桜の方を向いて激昴するジャンヌ。その様子を見て望桜はジャンヌの家族愛をひしひしと感じた。
「......でもね、その北方で私達は襲われたわ。神官や元帥を先に潰してから他の軍関係者を討つっていうどこぞの誰かさんが考えた作戦の所為で、私達を襲いに来る悪魔による被害を恐れた街の住民にね......」
そう呟く聖火崎の瞳は、ただ暗く自身の過去を物語っていた。そして......大好きな家族は何処に......と捜しまわる幼子の様なあどけなさも秘めていた。どこを探してもいない、私1人だけが現世に取り残されているの?そう問いかけてくるようで、望桜は目を合わせることが出来なかった。
──────────────To Be Continued───────────────
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