第12話 守るために…

 まるで最初から作業を見ていたかのように落ち着いた深雪に雄介の頬が引きつる。


「先輩……なんで」

「この腕輪は爆弾の起爆装置である星の結晶と連動しているの。保険だったけど、つけておいて正解だったわ」


 深雪が一歩近づき、それに合わせるかのように爆弾の駆動音が大きくなった。

 どうやら腕輪と爆弾が連動しているのは本当らしい。

 しかし雄介にはわからなかった。


「なんで来たんですか? 死ぬ気ですか?」

「えぇ、私は死ぬためにここに来た。家族がいないこの世界で生きる意味もないし」

「冗談……やめてくださいよ」

「冗談に聞こえる?」


 本当に悪い冗談であって欲しかったが、表情からそれが本心からの言葉であることは容易に察せられた。

 それに少し迷った素振りを見せつつ、深雪は告げる。


「それに……生きていたらあなたも私も自分の気持ちを諦められないじゃない」

「今じゃなかったら先輩を抱きしめてますよ、それ」


 思わず乾いた笑みで答えた。本当に間の悪いことだ。

 その少し空気が緩んだ瞬間、リアンが爆弾に手を出そうとする。


「触るなッ!」

「…………ッ!」


 しかし、反射的に叫んだ深雪の声がまるで見えない糸で縛り付けるかのようにリアンの動きを止めた。

 すべての憎しみをぶつけるように深雪は告げる。


「お前がそれに触る資格なんてない……私の家族を殺したお前がッ!」

「なに……?」

「やめろ、リアン聞くなッ!」


 彼女がなにを言おうとしているのかを察知して思わず制止した。だが、深雪はリアンの右腕を指差す。


「その傷のことを覚えてる? つけたのは私――お前に両親を奪われた幼い頃の私よ」


 それを聞いた瞬間、リアンは電気ショック受けたかのように体を震わせる。


 やられたッと雄介は内心で頭を抱えた。


 動揺させないために深雪の両親のことをリアンに告げなかったのだが、それを逆に利用されることになろうとは……。

 雄介は歯噛みしながら、膝を折り、動かなくなったリアンの肩を揺する。


「リアン、爆弾を止めてくれ。じゃないとみんな死ぬんだぞ!」

「私が、殺した? まさか……あの時の子どもが…………」


 しかし無駄だった。

 告げられた現実を受け止めきれていないリアンにはこちらの声がまったく届いていない。


 どうする、どうするッ。このままでは深雪の目的が達せられてしまう。


 雄介は焦燥感を膨らませながら、この状況を打開しようと思考する。


 爆弾解体の術を持つのはリアンしかいないが、いまの彼には爆弾を処理してもらうのは絶望的だ。

 勝ちを確信した深雪は着実にこちらに近づいてきていて、合わせるように爆弾も音を大きくなる。


 このままでは事態は最悪の方向――深雪の思惑通りへと傾く。それだけは避けなければ。


 なんとかできないかを周囲に目を配る。そしてある一点を見て、雄介は爆弾を手に取った。


「なにをするの……?」


 予期しない展開だったのか、深雪は足を止めて声を上擦らせる。

 なにかが起こったことを理解したのか、リアンもこちらの方を見ていた。

 雄介は二人を見ながら後ずさり、祭壇を登っていく。


「俺は先輩にもリアンにも死んで欲しくないんですよ。だからいま俺が出来そうなことをやります」


 そう告げながら祭壇の最上段まで上り詰める。


 二人を殺さない方法なんて自分には思いつかない。だが、なにかしらできることはあるはずだ。

 顔を上げると祭壇を囲む大きなステンドグラスが祝福するように輝いていた。


「雄介、お前……」

「まさか……やめなさい!」


 二人の声が重なりあう。


 奪った者と奪われた者。

 対照的な両者が同じものを見て、同じことを考えている。


 そんな奇妙な状況に雄介は笑みを浮かべた。


「リアン、アンタは先輩の両親を殺した。それは偽りようのない事実かもしれない。でも俺はアンタがいい人だってことを知ってる。だからこれから先はもっと誰かのために生きてくれ。俺にしてくれたように」


 そうリアンに告げ、次に深雪を見る。


「先輩。悪いけど、俺は俺のできることをやらせてもらう。けどこれは先輩のせいじゃない。好きな人を守りたいっていう俺のエゴだ。だから生きてくれ」


 きっぱりと二人に告げ、雄介はステンドグラスに突っ込んだ。

 爆弾を抱えたままその身を宙に投げた雄介が最後に聞いたのはステンドグラスの砕ける音と二人が自分の名前を呼ぶ声だった。

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