Ep.20 相容れない者達

 オルテンシアの各地に咲き誇る紫陽花は国花として観光名所になっているだけでなく、特殊なポーションの原料ともなる有益な物である。

 しかし、一歩取り扱いを間違えれば猛毒と化す危険性の為に、国外への持ち出しは固く禁じられていたのだが……。


「そこの男達、観念して止まりなさい!今降伏しその荷台の花を返すならば、多少手心を加えて差し上げますわよ!」


 木の枝を利用し宙を舞ったリアーナが、違法輸出者の馬車の正面に降り立つ。そしてそのまま迫り来る馬車に刃を振り下ろし、一瞬で氷漬けにして見せた。


「この……っ、小娘が……!」


「あら、このわたくしにその様な口を利けるだなんてずいぶん余裕がおありですこと」


 首謀者や仲間の居場所、計画の全容等を吐かせる為に凍らせるのを首までにした為に、犯人の男達がリアーナを睨み付ける。それに臆する事もなく、彼女は尋問の為犯人に歩み寄った。


「くそ……っ!調子に乗るなよ餓鬼が!!」


「ーっ!?」


 しかしそれが間違いだった。口の中に何か仕込んでいたらしく、男のひとりが地面に吐き出した何かから黒い気体が辺りを満たす。僅かに吸い込んだだけで激しい吐き気に襲われた。毒霧だ。


 目眩と吐き気のせいで集中出来ない。魔法の使えなくなったリアーナにトドメを刺そうと、氷から脱出した男たちが鞘のまま太刀を振り上げた。


「……成る程。どうやらオルテンシアの姫君はセレンに負けない巻き込まれ体質らしいな」


 たった一回響いた指を鳴らす音で、毒霧も、男達も、彼等の足となる馬車さえ皆、夜空に高く吹き飛んだ。いつの間にか背後の木に寄りかかるようにして立っていたガイアスの姿に、リアーナが歯噛みする。


「何故あなたがここに来るんですの……!わたくしは貴方の力など必要としておりませんわ!」


「勘違いしないでいただきたい。ただギルドの者達が貴女を案じていたから来ただけの話だ」



 しかし妙だ、ギルド随一の実力者であろうメイソン達があれだけ深傷を負わされた相手にしてはあまりに弱い。そのガイアスの疑問に答える様に地面に墜落した犯人達が懐から取り出した魔石を地面へと叩きつければ、危険度最上にあたる巨大な魔獣が何匹も現れた。どうやら召喚獣のようだ。


「どうだ!いくら腕が立とうがサラマンダーに加えゴルゴンスネークにミノタウルスが相手では手も足も出まい!昼間の奴らのように捻り潰されたく無ければ……っ!?」


 人の言語では言い表せない咆哮を上げながら攻撃をけしかけてきた魔獣達が、ガイアスのひと睨みで硬直し、臆したようにへたり込む。

 そのまま降参のポーズを取ったフェンリルの腹を撫でながら、ガイアスは妖艶に笑った。


「『捻り潰されたく無ければ……』なんだって?」


 魔獣も動物だ。圧倒的な実力差に、本能で理解したのだろう。この男に逆らってはならないと。


 切り札であった魔獣もガイアスに手懐けられてしまった犯人達が顔面蒼白で震えながら白旗を振る姿を見ながら、リアーナはますますガイアスへの警戒心を強めるのだった。


(いくら魔力値が規格外といえど、他者の呼び出した魔獣をいとも容易く手懐けるだなんて……。この男、本当に一体何者ですの?)


 しかし、思考の途中で激しく視界が歪んだ。そう言えば毒を吸っていたのだったと思いながら傾いだリアーナの身体を支え、解毒薬を飲ませたガイアスがひょいとフェンリルの背に彼女を乗せる。


「失礼。未婚の女性相手に非礼だが、緊急時につき多目に見て頂きたい。薬が効くまでは辛いだろう、そのまま乗っていると良い」


「…………っ!お礼なんて言いませんわよ!」


「別にいいさ、ただのお節介だ」













ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 夕方には戻ると言った夫が帰ってこない。ギルドに行ってみた所、大きな事件の犯人を追って行ったリアーナ皇女を援護に向かったと聞かされて、悠長に眠っていた自分が不甲斐なくなった。


 正直、彼の力量ならまず無事だろうとは思う。でも心配は心配な訳で。帰ってきたらすぐわかるよう、無理を言って門の所で待たせてもらうことにした。








「…………で、その結果がこの状況だと?」


 心配して損した、と。犯人一味の連行に立ち会うために騎士団を連れてきてくれたレイジさんが嘆息しながら苦笑した。

 それもその筈。今の私が、ガイアが連れて帰ってきたフェンリルに飛び付かれ全力でじゃれつかれている所だからである。あ、極上のモフモフのせいでまた眠気が……。


「それにしても、本来は人間を嫌う筈のフェンリルがここまでセレスティア嬢に懐いてるってことは……」


「あぁ、契約した」


「ですよねー」


 何でも魔獣契約は、魔獣が下手に人を襲わないよう契約者の感情の影響を受けやすくなっているのだとか。つまり、契約者が嫌いな相手なら魔獣も嫌い、好きな相手なら同じように好きになると。


「つまり今のフェンリルの行動はある意味ガイアスの願望……「それにしてもレイジ、まだ何も解決していないのに俺達に会ってしまって大丈夫だったのか?」痛い痛い痛い!指……っ指が頭蓋骨にめり込んでる!」


 頭をわしづかみにしていたガイアの右手から全力で逃れたレイジさんが、丁度良いタイミングだからと報告書を取り出した。


「まず、ヴァイスとリアへの疑惑は一応晴らせた。父の部下の皆さんのお力添えあって、事件当時のヴァイス派の貴族達のアリバイや潔白も概ね証明出来たしね」


 更に、今夜捕らえた違法輸出犯が魔獣召喚に使用した術式がヴァルハラのものに類似している事から、彼等がそちらの事件にも何かしら関係があると見て調査を進める手筈なのだそう。


「巻き込まれた形ながら、ようやく一歩前進だな。ところで……」


「ん?なに??」


「心配をかけたせいで仕事を手につかなくさせたであろう俺が言うのもなんだが、依頼の衣装はどうした?」


「ーー……っ!!」


「やっぱり忘れてたんだな……」


 その後、もう面会は解禁と言うことでヴァイス殿下と合流。

 事件の報告の呈で時間を貰い、魔力を糸代わりにして一気に衣服を仕上げる魔術を一晩で教わったお陰でどうにか期日に間に合ったのでした。


 あぁ、一旦寝たらいい加減本当にアイちゃんに連絡しなきゃなぁ……。













ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 一方その頃、アストライヤ王国の宮廷では。前作ヒロインにして転生者でありセレスティアの良き友である若き王妃がひとりでやきもきしていた。


「あの子ったら、あれきりどうして連絡寄越さないのよもう!心配ったらありゃしない!!」


 唯一の連絡手段である水晶を手にあちこちから覗き込んでみようが、魔力を込めなきゃただの硝子。歪んだ部屋の景色が見えるだけだ。


「オルテンシア編のラスボスは、ある意味あの悪女ナターリエよりずっと厄介よ。気を付けなさいよね」


 そう呟くアイシラのノートに記されたオルテンシア編のシナリオはこうだ。



 高き魔力の証である黒髪を象徴に永らえてきたオルテンシア王家。しかし、ある年に産まれた白髪赤目の皇子だけが、その枠から外れていた。


 生活の基盤全てを魔術と共に発展させてきた国にとって、魔力の弱い皇子など国を任せられない。そんな侮蔑の目に晒され陰鬱に生きていた第一皇子の唯一の希望が、妹の存在だった。


 また、兄から一重に純粋な愛情を受け成長した妹もまた、一見平和な国の闇にあたる差別的な兄への不遇に内心不満を募らせており、貴族に対する不信感の強さも重なって年頃になっても婚約者候補のひとりも居なかった。


 表向きはきちんと社交を行いつつ、共依存気味に育った兄妹は思っていた。


 理解など必要ない。自分には、兄さえ妹さえ居ればそれで良いのだ、と。


 そんな闇の中で止まっていた二人の時が動き出すきっかけが、“運命の相手”との出会いであり、すなわちゲームの開始である。


 詳細は割愛するが、兄は亡命してきた異国の娘と出会い、魔力に親しみの無いまっさらな感性で向き合ってくれる彼女との時間に徐々に傷を癒されていく。そんな最中、共通の趣味である裁縫に組み込まれ偶発的に発動した少女の“無効化”と言う特殊な魔術から、自分にも自分にしか出来ない魔術があるかもしれないと希望を見出だした。その研究の最中、国の宝である白銀の紫陽花で自分の魔力を消そうとした妹の手によりそれが暴走。毒花と化した紫陽花を異国の娘と力を合わせて鎮め、白髪の迫害の歴史を塗り替えるまでが兄の方のメインシナリオ。


 片や妹は、兄に依存する反面。年々強まる己の魔力の才を実は疎んでおり、強まりすぎる力に徐々に恐怖を抱いていたが矜持の高さ故に兄にさえそれを打ち明けられずに居た。そんな最中、彼女はある国で強大な魔力故に恐れられ、厭われ、追いやられた青年を保護する。

 漂流したその青年は正しく手負いの獣のようだったが、彼女にとってそれは初めて己より高い魔力を持つ年の近い人間であった。能力が同等であればさして相手を恐れる事はない。ぶつかり合いながらも徐々に打ち解けた二人はやがて本当に恐れるべきは力の強さではないと悟るが、なかなか周囲からは理解されず困り果てていた。

 そんな折、白銀の紫陽花の力があれば他者から魔力を奪えると知った兄は、紫陽花への生贄に妹を捧げ自分が玉座を得ようと目論む。好感度が足りていれば、それを青年が助けに駆けつけ兄を討ち彼女を救い出す。そのまま紫陽花も封じ、正式に青年がオルテンシアに迎え入れられるのが妹の方のメインシナリオだ。


 この話で注意すべきは二点。

 まず一つ。ゲーム本編軸において、本来は亡命の少女と漂流の青年は同時にはオルテンシアに現れない。

 そして二つ目。もしもこのシナリオに従うならば、兄の救われる道筋では妹が、妹の救われる道筋では兄が、最大の障害として立ちふさがる。

 つまり、二人一緒に救われる道筋がないと言うことであった。



     ~Ep.20 相容れない者達~




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