Ep. 9 差別と王女と黒の騎士

(座学はともかく、模擬試合で魔術の使用が当たり前になっている事を除けば授業形態自体はアストライヤの学園とあまり大差ないか。強いて言えば、魔術攻撃による周囲への被害を抑える配慮で試合場が周囲より一段低い位置に設置されている点くらいか?)


「試合中に上の空とは、舐められたものだ……なっ!?」


 午前中は魔術の歴史と基礎を学び、迎えた午後の実技授業。視察の目的を果たすべく建物の構造や授業形態に思考を巡らせていたガイアスは、切りかかってきた試合相手である男子生徒の太刀を軽くいなし、その喉元に自身の模擬剣の切っ先を突きつけた。


「そこまで!勝者、ガイアス・エトワール!!」


「ありがとうございました」


「……ありがとう、ございました」


 剣を下ろし礼儀正しく頭を下げたガイアスに、相手の男子生徒も悔しげではあるが礼を返す。と同時に、観戦していた周りのクラスメイト達がガイアスを一気に取り囲んだ。


「やるなぁ留学生!あの噂は伊達じゃなかったってわけだ!」


「模擬試合とは言え、一切魔力を使わずに全試合勝ち抜いたのはガイアス殿が初めてですよ。その剣技はアストライヤ独自のものですか?差し障りなければ是非ご教授願いたいのですが……」


「あ、あぁ、ありがとう。気持ちは嬉しいがすまない。剣に関しては独学で、とても人に指導を出来た立場では……ーっ!?」


 こんなにも好意的な人間にばかり囲まれるのは不慣れだ。嫌ではないが、気恥ずかしくて敵わない。そう逃げようとしていたガイアスの声が、再び試合場の方から上がった歓声に掻き消された。驚いて反射的にそちらに目を向ければ、今まさに試合相手を打ちのめし、自慢のツインテールを片手でばさりと靡かせたリアーナ王女の姿があった。


「ほお……。あのがたいの良い男を木剣で叩きのめすとは、王女はずいぶん遣り手なんだな」


「そりゃそうさ!リアーナ王女殿下の魔力値は歴代でも一二を争うすごさだってもっぱらの評判だからね。更にあの愛らしいお顔立ちに夜の帳のような美しい黒髪!本当に、何故未だに婚約者がいらっしゃらないのか不思議でならないよ」


 気さくにそう話し掛けてきたアッシュグレイの髪を両サイドに跳ねさせた青年が、相づちを返すガイアスを他所に不意に声のトーンを落とす。


「ヴァイス殿下もリアーナ様の半分でも魔力があれば、せめてもっと日の当たる場所に居られただろうになぁ。気の毒に……たかだか髪や目が家族と色が違っただけで扱いで日陰者だなんて」


「ーー……っ!」


「レイジ!口を慎め!!他所の方に国の恥を聞かせるな!」


 青ざめた真面目そうな生徒がレイジと呼ばれたお調子者を注意したが、ガイアスはその話を聞き逃さなかった。


 “忌み子”。嫌と言うほど浴びてきた、耳馴染みのある単語だ。


「今の話、詳しく聞かせて貰えないだろうか?」


 オルテンシアの者達は、漆黒の髪と高い魔力を持つガイアスの事を尊敬してくれている。

 ゆえにそんな彼の願いを無下にする訳にはいかず、周りに居た生徒達が口々に答え始めた。


「我が国の王家は生粋の高位魔術師……いわゆる、賢者の血筋で、黒髪黒目が当たり前なんです。その上で、より色味が深く魔術の才に長けた方が王位に就くのが慣例なのですが……」


 なんでも数十年に一度、何故か王家に生まれ落ちる魔力を持たぬ子供が居るらしい。その子供は純白の髪と血濡れたような赤い瞳を持ち、そして。


「“高い魔力に恵まれた王家を妬み、彼等を不幸に落とすと言われている”……と」


 話を聞き終え重たいため息を吐き出したガイアスの口から次にこぼれた一言は、『くだらない』と言う心底端的な本心であった。


(だから俺達がここに通うとなった途端に様子がおかしくなったのか……。まさか学園中が皆ヴァイス殿を差別的な目で見ているんじゃないだろうな?)


 そう苦々しげな表情になるガイアスの内心を知ってか知らずか、レイジが困り顔で情報を補足する。


「まぁでも実際には両陛下はヴァイス殿下の事を我が子として大切にされているし、リアーナ王女も彼を兄として慕っているよ。何より殿下はお人柄が良いからね、忌み嫌って彼を虐げてるのは、ヴァイス殿下の弟君である王太子殿下の派閥の奴らだけさ」


 『ほら、あいつらもそう』と、レイジが指差したのは先程リアーナに試合を挑み完敗した男達で、そう言えばあの3人は午後の授業にも遅れてきたし、教師や周りにも酷く態度が悪かったなと。逃げるようにリアーナ達から離れ走り去る姿を眺めながらガイアスはひとり納得した。


「まぁ学園内にはどうしても王太子派が多いし、恐くて大っぴらにヴァイス殿下の味方を出来るのはリアーナ様くらいなもんだけどね。くっっっだらないと思わない?何だよ髪色で不幸を呼ぶって、禿げたらもとも子もないじゃんね。いっそ剃ればいいんじゃね!?」


「んんっ……!」


 謂われない差別への憤りならば身に覚えがある。そう同意するつもりが、レイジの斜め上過ぎる最後のひと言で不覚にも吹き出してしまった。


「レイジお前……っガイアス殿に下らない話題で手間を取らせるんじゃない!申し訳ありませんでした、失礼致します!!!」


 笑いを誤魔化すため咳き込んだガイアスを『不快にさせた』と判断したのか、周りの者達がレイジを担ぎ上げ自分から引き剥がすように走り去る。

 仲間達に拉致されながらも悠々と自分に手をふり続けているレイジの姿が、かつての友と重なった。



(全く、どこの国にもお調子者ってのは居るもんだな……ん?)


 本日の授業はこれで終了の筈だしセレンを迎えに行こうかと振り返った試合場の裏側。校舎の日陰になる林の方から妙な魔力を感じた。丁度、レイジが言っていた王太子派の三人組が逃げていった方向だ。

 更に、そこに向かいリアーナがひとりで入っていく姿を目撃してしまう。


(……校舎まで戻るならあからさまに逆方向だし、とても王女がひとりで立ち入る場ではないな)



 少々気になったので、姿を消せる魔術具であるマントを羽織り林に踏み居る。途中結界が張られていたが、術式がおざなりで片手で破ける脆さだった。

 それどころか破かれたことにも気づいていないであろう三人が、意気軒昂とリアーナを取り囲んでいる場に程なくしてたどり着いた。彼女の足元にあるのは、相手の魔力を封じる術式の魔方陣であったか。


「またこんな下らない信憑性のない文書でお兄様を誹謗中傷しようとするだなんて、あなた方には常識や良心と言うものがございませんの!?みっともないったらないですわ!」


「またまた、人聞きが悪い。俺達はただ“白のいみ子”の危険性を書き記したその希少な歴史書を皆で共有したいと提案しただけさ。なぁ?」


 リーダー格らしき男の言葉に、腰巾着の2名が嫌な笑みで同意して見せる。悔しげに歯噛みしたリアーナが手に魔力を集めようとしたが、それは魔方陣に阻まれ霧散して消えてしまった。


「その書物を学園に寄贈されたくなければ次の試合では自分達に勝ちを譲れとわたくしを脅す手紙まで送りつけておいて、よくもぬけぬけと……っ!!」


「ははははっ、何とでも言いな!王女様だろうが魔力が使えなきゃただのお嬢さんだ。それよりどうする?このまま俺達がこれを学園に提出に行くまでその中で立ち往生してるか?それとも、これにサインをしますか?王女殿下」


 リーダー格の男が掲げたそれは、記名をすると書き記された内容に抗えなくなる魔法の契約書だった。要は彼等は、ヴァイス殿下を囮にリアーナを呼び出し罠にはめ、自分達に有利な契約を無理矢理に結ばせようとしているのだ。


「この下郎……!ディルクが王位に就けばわたくしとお兄様なんて恐れるに足らないとでも思っているの?こんな形で女性を男三人がかりで言いなりにしようだなんて、いいご身分ですわね!流石、王太子派の犬は躾がなってないこと!!」


「……っ!うるさい!!もとはと言えば貴女が悪いんだろうが!王女の癖に騎士科なんか入っただけじゃなく、魔力の高さだけで評価されて男より上の立場になりやがって!そんな生意気な妹が居てヴァイス殿下も気の毒だな!」


「……っ!!」










「なるほど?つまりお前達は、“女性の身でありながら”己よりずっと騎士としても魔術師としても優秀であるリアーナ王女殿下が妬ましくて仕方がない訳だ。大層なご身分だな」


 激昂したリーダーの男の魔法を、ガイアスの鳴らした指音が相殺した。姿を消すマントを脱ぎながらゆらりと姿を現したガイアスに、三人がたじろぐ。


「馬鹿な……どうやって入った!ここには結界が……!」


「結界?こんなお粗末なものがか、子供の落書きかと思ったよ」


 ガイアスが足でリアーナを閉じ込めている魔方陣を踏みつけ魔力を込めれば、一瞬でそれは焼き消えた。あまりの力の差に青ざめた三人は分が悪いと判断したのか、『覚えてろ!』と捨て台詞を吐いて逃げていく。

 それを鼻で笑ってから、ガイアスはへたりこんでいたリアーナに右手を差し出した。


「災難でしたね、立てそうですか?」


「あ、ありがとうございます。情けない所を見せてしまいましたわね……。こんなではお兄様の支えになるだなんてまだまだですわ」


 立ち上がるなり悔しげに歯噛みした様子の彼女曰く、リアーナは虐げられている兄の支えとなるべく鍛練に励んでいるが、それを気に入らないもの達によく心ない言葉を投げつけられているようだった。


(努力する姿勢は素晴らしいが、一度息抜きをしないと自滅してしまいそうだな……)


 努力しすぎで寝不足なのだろう、よく見れば顔色も良くない。一度休息が必要なようだ。


「……支えとなっているかは当人が決めることであって、能力があるからどうと言う話ではない」


「……っ!」


 リアーナの黒耀の瞳がガイアスを睨み付けた。そんなこと、言われる間でもなく当人が一番わかっているのだろう。それをわかっていて尚、ガイアスが言えるのは実体験による自身の意見だけだった。


「だが、どんな環境であろうが自分を慕い当たり前に隣にいてくれる存在こそ、何にも優る尊い存在だと俺は思うがな」


 見開かれたリアーナの瞳が、少しだけ揺れる。それには気づかないふりで彼女の頭をぽんと叩き、ガイアスはその場から立ち去った。



 


 

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