Ep.4 価値観反転大国、オルテンシア

 あからさまに大破した状態で現れた異国の船を、港に居た人々は混乱しながらもすぐに受け入れてくれた。


 難破船だ、怪我人は居ないか、領主を呼べ、いや医師が先だと飛び交う会話の内容から、この国の国柄の良さが伝わってくる。

 駆けつけてくれたこの港町の領主に乗員、乗客全員を無事保護してもらった後、私とガイアも念のためお医者様に診てもらうこととなった。


(やたらと港の人達がガイアの髪ばかり凝視してたから少し不安だったけど、アストライヤの時みたいな嫌なものを見る目付きじゃなさそう。お父様の言ってた通り、平和な土地みたいだわ)


 そう安堵する反面、診療所への短い道中でもやたらガイアに向けられる町人の視線が、妙に引っ掛かった。


「……ふむ。お二人ともかなりお疲れのご様子ですが、単純な疲労でしょう。滋養強壮の薬茶だけお出ししておきます」


「ありがとうございます、医師様せんせい


「あぁ、唐突な来訪にも関わらず迅速に受け入れて頂き感謝する。薬代を……」


「いえいえ、頂けませんよ。貴方様のような気高い黒髪をお持ちの魔導師様から金品を頂くなどとんでもない事でございます」


 ガイアの申し出をやんわり拒否した初老の医師の言葉に目を見開く。理解が追い付かないまま招かれた領主の屋敷。そこで皆から慕われ羨望の眼差しを受けている若き領主とその奥方は、ガイアよりは少し薄いけど艶やかな黒色の髪をしている。

 そして極めつけに、身分問わずそこに居たほとんどの人々に一斉に囲まれてしまった夫の姿を見て、確信せざるを得なかった。


 なんと言う事でしょう。この国では、黒髪を持つ魔導師こそが至高の存在として崇め奉られているようです。














 国際魔術連盟において3本指に入る大国。それがここ、オルテンシア王国である。国名の通り国内には何ヵ所も咲き誇る紫陽花の園が観光名所として有名で、伝統技術の刺繍にも紫陽花がモチーフになっているそう。

 また国民は全員例外なく魔力を持ち、私達の故郷“アストライヤ”と違い魔力があるからと言って必ずしも黒髪に生まれる訳ではないようだ。


「しかし、一般的な人々の魔力が浴槽一杯分程度だったとして、黒髪の方の魔力はまるで海原。比べるのも烏滸がましいことでございます」


 そう説明してくれているのは、王都から遣わされたと言う使者の方。私とガイアは歴とした他国の公爵家。今回の話は言い方は悪いけど不法入国に当たる為、早めに話をつけた方が良いだろうと判断したオルテンシア王家から正式にお城に招かれたと言う訳だ。


「この地でも黒髪の人間は珍しいのか?」


「もちろんでございます!我が国の魔術文化の礎は、黒髪の魔術師様方により確立されたようなもの。平民に生まれた黒髪の子供は必ずと言って良い程の確率で高位貴族の養子となり、中には王家に娶られた方もいらっしゃる程でして。ましてやエトワール公爵は、あのウィザードサイクロンを相殺し船を脱出させたほどの魔力の持ち主ですからな。国王陛下方も、貴方様に多大な関心をお持ちです」


 “ウィザードサイクロン”とは、私達の乗っていたあの船が巻き込まれた嵐の正式名称で。なんでもこの界隈で、何十年かに1度突発的に起きる大きな魔力のうねりが、あぁして自然災害を引き起こすのだそうだ。予兆なども読めず毎回位置もまちまち。しかも1度発生するとかなり長期間その場に留まり続ける為に、毎回被害の規模が大きいそう。


 ところが、今回ガイアはその大災害を相殺とまではいかないまでも規模を抑え、奇跡的に死者0で脱出までさせた。これは前代未聞の功績だとの事で、一部始終を見ていた灯台守のおじいちゃんの口から噂が出回ってしまったようだった。私達をあの港町から連れ出したのは、時の人であるガイアを一目見ようと躍起になっていた町の人々を落ち着かせる為でもあったのだろう。


「それはまた……、ここまで手放しに歓迎されるとかえって戸惑ってしまうな」


 キラキラした眼差しで大真面目に褒め称えられ、ガイアが困ったように笑う。祖国との扱いの差に感情が追い付いていないんだろう。当たり前の反応だ。


(どうか、ガイアが傷つけられるような事態にはなりませんように……)


 そう密かに祈ったと同時に馬車の揺れがゆっくりと収まり、使者の方がオルテンシア王城への到着を高らかに告げた。














 謁見の間は、ガラス張りの床下に色とりどりの紫陽花が咲き誇る、幻想的な場所だった。

 既に異変を聞き届けたウィリアム陛下からこちらの王家にも事の次第が伝わっていたお陰か、特に疑惑をむけられる事もなく、穏やかにご挨拶が進む。


「シアン国王陛下、並びにスカーレット王妃陛下。此度は急な来訪にも関わらずこうしてお目通り頂きましたこと、恐悦至極に存じます」


 膝をつき流暢に挨拶を述べるガイアの隣で、私も慎重に膝を折る。そんな若い公爵夫妻が物珍しいのか、艶やかな黒髪にアッシュグレーのメッシュが入った若々しい国王陛下は、楽しそうな顔で口を開いた。


「ようこそオルテンシアへ。エトワール公爵、並びに公爵夫人。此度は我が領海にて発生したウィザードサイクロンからの市民の救助、心より感謝する」


「かねてより、アストライヤ王国とは良き交流を築きたいと思っておりましたの。此度は魔術の馴染んだ国の暮らしを観察しにいらしたのでしょう?ウィザードサイクロンはどのみちしばらくこの近海に鎮座しますから当面船は出せないでしょうし、お二人の宿は宮廷内に部屋を用意させました。どうぞゆっくりしていって下さいね」


 たおやかな美人である王妃様からの言葉にほっと胸を撫で下ろす。

 つまり、今回の私達の視察の目的地ははじめからオルテンシア王国であり、アストライヤ王国はこの国から正式な招待を受けていた。それが思わぬアクシデントで、予定外の町に着いてしまった……と言う筋書きにしてしまおうと言う訳だ。これなら国際問題にはならない。

 ガイアとも視線を交わして安堵する私達に、両陛下は優しく微笑んだ。


「エトワール公爵程の美しい黒髪は我が国でも例を見ませんし、お話では夫人も特殊な魔力をお持ちだとか。本日はお疲れでしょうから、また日を改めてぜひ1度お話を伺いたいわ」


「そうだな。それと、宮廷には公爵と同い年になる第一皇子、夫人のひとつ下になる第一皇女、それから皇女の年子であり王太子である第二皇子が暮らしている。後日顔合わせの場を設けよう。ぜひとも懇意にしてくれ」


「「お心遣い感謝致します、陛下」」


  それから、『このパスで扉が開く範囲であればお好きにご見学頂いて構いませんよ』と部屋まで案内してくれた侍女からカードキーを受け取り、私達は二人で城内見学に向かうのだった。




   ~Ep.4 価値観反転大国、オルテンシア~





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