Ep.99 ひとつの時代の終わり

 微塵の被害なく魔物を退けたガイアに、観客から感謝と歓声が上がる。

 そんな空気の中彼に睨みつけられたナターリエ様は、悪態を付き再び出口へ走り出す。


「何よ偉そうに化け物の分際で!私に指図すんな!!」


 今にも扉から彼女が飛び出そうとしたその時。

 にゃあ、と。緊迫した空気に似合わない可愛い声がした。


 数秒間を開け光輝いた魔法の文字が辺り一面を覆い尽くし、床から飛び出した光の蔦がナターリエ様と、観客席からこっそり逃げだそうとしていたいくらかの貴族を拘束した。


「王家の拘束魔法を真似て見たが、やれば出来る物だな」


 そう笑ったガイアが、いつの間にか現れた黒猫を抱きかかえる。いつぞやの夜と同じだ。ガイアはこの眷属たちと魔法の万年筆を使い、悪者を一網打尽にする魔術をこの場所全体に仕込んでいたらしい。


「この……っ、離しなさいよ!化け物の分際で私に逆らうつもり!?」 


「あのな……「いい加減にして!」ーっ!」


 つい割って入ってしまったが、ガイアから離れて拘束されているナターリエ様の前に歩み出る。


「ガイアは化け物なんかじゃない。化け物は、人を人とも思ってない貴女の方よ」


「……っ!はっ、何泣いてるのよ、馬鹿らしい」


 ハラハラと零れ落ちる涙が止まらない私を抱き寄せ、ガイアが小さく息をついた。


「もういい、セレン。何を言うだけ無駄だ」


 最初の頃の彼を知っているだけに、その淡々とした物言いが辛い。どうして、こうなってしまったんだろう。


(きっと、もっと違う道が、いくらでもあった筈なのに)


「セレ、大丈夫!?危ないからあんま近づいちゃ駄目よ!!」


「アイちゃん!」


 ぎゅっと飛びついてきたアイちゃんに抱えられ、ナターリエ様と距離を取る。レオから王太子のマントを渡され羽織ったウィリアム王子が、冷たい眼差しで壇上に上がった。


「今、黒の騎士ことガイアス・エトワールの魔術により拘束された者達は皆、キャンベル公爵家の悪事に加担した見返りとして違法な魔法具を使用していた者達である。そうだな、ガイアスよ」


「左様です、王太子殿下。私が今発動した魔術の拘束条件は、私の魔力を使用した事がある者。顔ぶれからしても間違い無いでしょう」


 拘束されている面々は近年あまり格上への態度が良くなかった男爵、子爵といった下級貴族や、ここ数年で急に羽振りが良くなった商会の長。あるいは近年唐突に王都で幅を効かせ始めた伯爵、侯爵家まで様々で、そのどの家もまともでないと言うか……用は、黒い噂のある人々だった。確たる証拠をガイアがウィリアム王子に渡している所を見るに、元々白竜騎士団の方で訝しんで調査していた面子をこの機に一網打尽にした形だろうか。

 殆どの人がもう言い逃れられやしないと項垂れて居るにも関わらず、一番の罪人である悪役令嬢だけが未だに抵抗している。


「ふっざけんな……!貴方達、私にこんな真似して良いと思ってるの!!?アイシラは平民、セレスティアはモブの貧乏伯爵令嬢、ガイアスだって元は侯爵家だろうが今はただの叩き上げ騎士じゃない。あんた達、公爵令嬢に逆らえた立場な訳!?」


 蔦に絡め取られ宙に浮かされたまま暴れ、叫ぶナターリエ様に皆が頭を抱え息をつく。杖をつきながらこちらに来たサフィールさんが、実ににこやかに彼女にある事実を告げた。


「残念ですがね、お嬢様。キャンベル公爵様は先刻、王都の港にヴァルハラの船を導き乗船しようとした所を押えられ捕縛されましたよ。爵位は程なくして剥奪となりますから、貴女ももう公爵令嬢では無い」


「なっ……!嘘……」


 嘘じゃない。ガイアからの指示で、サフィールさんと白竜騎士団の一部隊が昨夜から王都にある港を張っていたのだ。そうとも知らず、王都の警備が娘の傀儡になっている第2王子の管轄だからと油断して変装もなしに現れたキャンベル公爵は当然捕まったに決まっている。


「わかったかい?つまり君は今、ガイアスやセレスティアよりずっと下の身分となった。もちろん身分を傘に着せて下を虐げるわけではないが、最低限の礼儀は必要だよね?君はその辺りが全然なっていない様子だけれど」


「そんな、だって、私は公爵令嬢で、もうすぐヴァルハラの、こんなしみったれた国よりずっと大きな国の王太子妃になる筈のだったのに……。そうよ!魔術大国が本気出せば結界なんか一捻りなんだから、今にヴァルハラの戦艦が私を助けに……」


「残念だがそれは無いな。貴女が先程ここにけしかけた魔物の一部を、近海で待機していた軍艦の威嚇に向かわせた。ケツァルコアトルが姿を現した時点で全ての船が近海から出ていったと、灯台に張らせていた部下から報告を受けている」


 最後に彼女が縋った僅かな希望を完膚なきまでに打ち砕いて、ガイアが『もう良いでしょう、お嬢様』と呟く。これは、彼の最期の慈悲だ。何となく、そう思った。

 けれど。


「いい訳無いでしょ!誰より偉く幸せになれないなら、何のために転生したのよ!!元はと言えば全部そのモブのせいだ!あんたさえ現れなければ今頃、私がガイアスも何もかも全部手に入れてたのに!返せこの泥棒猫!!消えろ、消えろ……あんたなんかこの世界に存在するな!!ーーっっ!!!」


 怒りに燃えた眼差しのナターリエ様の罵倒が不自然に止まる。彼女を拘束している蔦が急に強く巻き付いたからだ。ビリビリと揺れる空気の中、ガイアの声が感情無く告げる。


「……もう黙れ、見苦しい。その薄汚い声でセレスティアに話しかけるな」


「ゲホッ、ガッ……!ぐぁっ……!」


 このままでは窒息死してしまうので少しだけ蔦は緩めたものの、その感情を一切殺した態度が、あふれる魔力に揺れる空気が、彼の怒りの度合いを告げている。

 咳き込んでいるナターリエ様の瞳に浮かぶ涙は、生理現象だろうか。











「…………私を、どうする気?」


 重たく長い間を置いて、ナターリエ様が問いかける。ガイアとウィリアム王子が目を合わせてから、何故か王子が審判席を退いた。


「我々は何もしない。君への裁きを決めるのはあの方だ」


 そうウィリアム王子が示した先から、ゆっくりと、しかし威厳ある足取りで。現れたのは、まだ解毒中で起きられない筈の国王陛下だった。


「陛下……!なんで……!?」


「実は、解毒剤を飲ませに行く際にセレンに渡した懐中時計、2時間進めてあったんだよな」


 『敵を騙すには味方からと言うだろう?』ってガイアは笑ってるけど……。

 

「さっ、先に言ってよ!このままじゃガイアも皆も殺されちゃうってすっごく怖かったんだから!!!」


「ごめん、泣くなよ。お前の涙には弱いんだ」


 ふん、そんな甘い台詞と涙を拭いてくれる指先になんか絆されないんだから!そうそっぽを向いた私に、何故か陛下が頭を下げた。


「一番大変な役割を担わせてしまい申し訳な買った、セレスティア嬢」


「陛下……!頭をお上げ下さい、滅相もない事です!」


「いいや、此度のそなた達の働きは、頭を垂れるに値する。全て見ていたよ、ナターリエ嬢、及びキャンベル公爵達売国奴の罪が裁かれる所も、彼女が我が国を滅ぼさんとした愚かな姿もな」


 陛下の眼力に射抜かれて、顔面蒼白のナターリエ様がカタカタと震える。そんな彼女をあえて無視して、陛下が観客席の貴族達に語りかけた。


「此度の事件は彼等の働きがなければ、私は絶命し、我が国は魔術大国ヴァルハラによって侵略されていただろう。忌み子。それは古の過ちで救国の英雄たる原初の魔導師を処刑し、魔力の証である黒髪の者を虐げてきた我が国の負の遺産だが、それは変わるべき時が来た!今しがた力に目がくらみ大国に祖国を売ろうとした者と、己の力を用い戦わずして脅威を退けた騎士。魔力の有無に問わずどちらが善かは一目瞭然であろう」


 陛下の演説にある者は戸惑うように周りと顔を見合わせ、またある者は感じ入る様に頷いている。


 そして陛下は、ガイアに自身の正面にまで来るよう促した。歩み寄ったガイアが、陛下の正面にて膝をつく。


「我が国はこれから、他の魔力溢れる国と対等に渡り合える力をつけていかねばならぬ。その筆頭として強い魔力を持つ貴族の存在は不可欠。よって、此度の働きの褒美と長きに渡り虐げられた詫びを兼ね、エトワール侯爵家を復興し、ガイアス・エトワールに侯爵位を与えることをここに宣言する!!」


「……っ!有難き幸せに存じます、陛下……!」


 一瞬肩を震わせたガイアが、力強い声で陛下に応える。

 周りの目もナターリエ様の睨みも何もかも無視して、力いっぱい手を叩く。続いてアイちゃんとウィリアム王子も手を叩き始め、拍手の波が広い会場全体へと広がった。


 次いで公表されたスチュアート伯爵家の魔力無効化能力による働きと今回のご褒美を兼ねた爵位の格上げ、並びにエトワール侯爵家にはキャンベル公爵家の財産が譲渡される旨や、ウィリアム王子の正式な次期国王決定の宣言。更にはアイちゃんを陛下が王太子の婚約者として陛下に認められたその事実に、ナターリエ様は魂が抜けたように動かなくなった。


「嘘、嘘よ。私だけ全部失って、ガイアスは侯爵、モブは格上げ、ヒロインは王子と結婚して王妃……?なんでよ、私がしてきた事は一体何だったの……!」


 一人嘆いている彼女の声に耳を傾ける者は、もう居ない。

 ゲームのシナリオに支配された、差別の時代はもう終わり。響き渡る拍手喝采とガイアに向けられたたくさんの感謝とお祝いの言葉に感無量になりながら、ふっと視界が暗くなる。

 安心したせいだろうか、幸せにあふれるその中で、私は意識を手放した。


   〜Ep.99 ひとつの時代の終わり〜


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