Ep.58 その副団長、鬼につき

「それで?お前達は鍛練の時間も忘れて」


「「「ひっ……!」」」



 ガイアが足音を響かせながら一歩踏み出す度、兵士さん達からか細い悲鳴が漏れる。


「か弱い女性を強引に誘い」


「「「いえ、そのっ……」」」


「あまつさえ、相手が貴族令嬢と知りながら多数で取り囲んだ上ら嫌がる女性の身体に無許可に触れるとは。たった一年留守にした間に、白竜騎士団の品位は随分と下がってしまったようだな」


 なぁ?と、端正な顔に麗しい笑みを乗せたガイアが恐い。めちゃくちゃ恐い。一斉に姿勢を正した兵士さん達が『ひぃぃぃぃっ』と悲鳴をあげた。


(これは私にもわかるぞ。ガイアは今、ものすごく怒っている……!)


「るっ、ルドルフさん、ガイアを止め……って、居ない!!!」


 もぬけの殻になったそこには、一枚の紙切れが。拾って内容を見てみると、『後はヨロシク☆』との文字が。若干、イラッとした。


(に、逃げられた……!)


 ガックリその場にしゃがみこんで撃沈する私の前で、未だガイアは部下の兵士さん達に詰め寄っている。勿論、笑顔のまま。右手に魔力のおまけ付きで。

 これは項垂れてる場合じゃない、止めなきゃ色々大変なことになる……!


「ガイア待って!」


「ーっ!」


 今にも魔法を放とうとしてたガイアの右腕に飛び付いた。本気の腕力差では敵わなくても紳士な彼なら振り払ったりはしないだろうと見越して、両腕を使ってぎゅうっとしがみつく。驚いて集中が途切れたのか、もしくは私が無意識に無効化したのかはわからないけど、手のひらに集まっていた魔力は霧散して消えていった。


「色々誤解されそうな状況だったのは悪かったけど、兵士さん達は私が差し入れをしたお礼をしてくれようとしただけなの!やましい気持ちとかも無かっただろうし、単にあんまり女性に関わらないから力加減がわからなかっただけなんだよきっと!だから、ね?そんな怒らないであげて!!」


「ーー……はぁ、本当にお前って奴は……ちょっとこっち来い!」


「えっ!?あっ、ちょっと!」


 ひとつため息をこぼしたかと思ったら、腕を掴まれて建物の裏に引き込まれてしまった。レンガ造りの壁に背中が触れたかと思えば、そのまま手首を掴まれて壁に押さえつけられてしまった。


「あっ、あのっ、ガイア!?」


「お前は本当に、自分の魅力をわかって無さすぎる……!」


「へ……、あっ!」


 首筋の辺りに顔を埋められて、ほとんど0距離でため息混じりに囁かれる。耳に吐息があたって一瞬変な声出ちゃった、恥ずかしい……!


 顔を見られないように俯こうとしたけど、それすら許さないとばかりに顎を掴まれて正面を向かされた。至近距離でガイアと目が合って、一気に鼓動が速くなる。耐えきれなくて、何とか視線だけは無理に逸らした。


「……何で目を逸らすんだ?」


 わざと耳に息がかかるくらいの距離のまま問いかけられてまた肩が跳ねた。耳を隠すなりガイアの肩を押して逃げるなりしたいけど、両方の手首を押さえられてるからそれさえ出来ない。


「ご、ごめん、なさい……」


「……?どうして謝るんだ?」


 声音は穏やかなのに、壁に押さえつけてくるガイアの力が強まった。怒りを圧し殺しているのか、じっと向けられている視線が妙に熱くて、何だか恐い。やっぱ怒ってるじゃん……!


「だっ、だって、ガイア……怒ってる、でしょ……?」


「…………いいや、別に」


 嘘だ、今のは嘘つきの間だ!その証拠に、いまだにガイアは私の拘束を解いてくれないもの。


「……嘘つき。怒ってないなら、どうして離してくれないの?」


「それは、お前が男に対する警戒心が無さすぎるからだ」


「そっ、そんな事ないよ!」


「 ……どうだか、例えば……」


「きゃっ!」


 腕を引かれた時にはだけたシャツから露になっていた首筋に、ガイアの唇がおもむろに触れて。チクッと一瞬痛みが走った。何をされたかわからないけど、すごく、よくないことのような気がする。


「見ず知らずの男にこう言う“いけない事”されたら、お前どうすんの?」


「……っ!」


 身動きすら出来ないまま、鋭い視線に射抜かれて、じわっと視界が潤んだ。


「わ、わかんない……けど、今日のガイア恐いよ。何でこんな事、するの……?」


「……っ!?泣くなよ……、悪い。流石にやり過ぎた」


 ポロポロ頬を溢れる涙にハンカチを当てながら『でも、これに懲りたら以後気を付けるように』と念を押される。コクコクと頷くと、ようやく拘束を外してくれた。自由になった手首がちょっと痛い。


「……ったく、“妬いてる”ってハッキリ言わねーとわかんないのかよ……!」


「え……?」


「何でもない。そもそも、お前何しにこんな所来たんだよ」


 きょとん、と目を瞬いてしまった。何しにって、それは、勿論……


「私ガイアの職場でのこと何も知らないし、一度見てみたかったの」


「職場ったって、ただの騎士団だよ。楽しいことなんかないだろ?ったく、仕方ない奴だな」


「だ、だって!ガイアこっちにちゃんと戻って来るの一年ぶりでしょ?前、ルドルフさん以外の職場の人達とは疎遠だみたいなこと言ってたし、だから、部下の兵士さん達にもガイアがどう見られてるか不安で……!でも、結局迷惑かけちゃって、ごめんなさい」


 ガイアが一瞬、目を見開いた。それから長いため息と同時に、正面からぎゅうっと抱き締められる。


「えっ、あっ、あの……!?」


「はぁー……っ、なんだよ、俺の事心配して来たのか……。妬いてた俺が馬鹿みたいじゃないか。カッコ悪い……」


「……?何を落ち込んでるのかわかんないけど、ガイアがカッコ悪かったことなんて一度もないよ?」


 ピクッと、ガイアの肩が動いた。


「お前……、本当にそういう所だぞ……!」


「……?そういう所って、何が……きゃっ!」


 聞き返すより先にまた抱き締められてしまった。こ、今度は何!?


「ちょ、ガイア、離して……!」


「……嫌だ」


「嫌じゃなくて……お願いだから離してったら!」


「……絶対嫌だ。何でそんな嫌がるんだよ」


 私の背中に両腕を回したまま拗ねたようにガイアは言うけど、そうじゃなくて……!


「~~っ嫌なわけじゃないけど!部下さん達が見てるから!!!!」


「ーっ!」


 私の叫びにガイアが振り返れば、建物の陰からこちらを伺っていた兵士さん達が一斉に草陰に隠れる。でも、ガタイが良いから隠れきれてませんよ皆さん……!


「いやぁ驚いた。鬼の副団長も人の子なんだなぁ!」


「本当だぜ、あんな感情的になってるの初めて見た」


「ほら、あの娘あれだろ。数日前、副団長が公爵令嬢じゃない女性と親しげに街を歩いてたって噂になってた……」


「あぁ!あの噂本当だったのか?俺はてっきりガセだとばかり……」


「というか正直ナターリエ嬢よりあのお嬢さんのが可愛くないすか!?くそぉ、副団長ばっかり、羨ましい……!」


 全くヒソヒソしていないヒソヒソ話も全て丸聞こえである。ガイアが大きく咳払いをした。


「……ったく、全部聞こえてるぞお前達!」


 一斉にビクッとしてから立ち上がり、その場で敬礼する兵士さん達。それを白けた目で見ながら、ガイアがため息をこぼした。


「今まではてっきり恐れられているとばかり思っていたが、どうやら違ったみたいだな。俺は部下達から、随分馬鹿にされていたようだ」


「ーっ!?めっ、滅相もございません!会話こそありませんでしたが、副団長の事は団員皆心より尊敬しております!」


「今までの任務も、貴方が居なければ多大な犠牲を払っていたであろう戦いも多くありました!貴方に命を救われた団員は、副団長を敬愛しています!!」


「そうですよ!書類仕事だって団長より副団長の方が処理も速くて的確ですし!お陰で副団長が留守にして浮き足立ってた間は書類が溜まりっぱなし……あ!」


 失言した三人目の兵士さんがハッと自分の口を押さえる。ピキッと、ガイアの額に怒りマークが見えたような気がした。


「ほう……そうか、じゃあ喜べ。今からお前達には、俺が直々に鍛練をつけてやろう」


 にっっこり笑って、指をバキバキ鳴らしながらガイアが言う。必死にガイアをよいしょしてた兵士さん達が一斉に青ざめた。


「いっ、いえしかし!書類仕事も溜まっているでしょうし副団長のお手を煩わせる訳には……!」


「心配ない、もうそちらの処理は済んだ」


「い、一年分あった書類をこの短時間で……!」


「相変わらず化け物染みた処理速度……!」


「何か言ったか」


「「いっ、いいえ!何も!!」」



「そうか。……セレンは先に帰ってろ。当分、胸元が開いた服は着るなよ」


 私にそう囁いてから鍛練場の中心に向かったガイアが、その場に木刀を突き立てる。ビシッと、そこから円形に地面にヒビが広がって、兵士さん達からは今にも死にそうな悲鳴が上がった。

 

「なぁに、安心しろ。お前達の中の誰か一人でも俺に一撃当て次第帰らせてやる。さぁ、剣を持て!」


 帰れ、と言われたし、これ以上今のガイアを怒らせると次は何をされるかわかないので大人しく鍛練場を後にする。


 背後から壮大な爆発音と『副団長の鬼ぃぃぃぃぃっ!』なんて断末魔が響いてたけど、聞かなかったことにしてまっすぐお部屋に戻った。


(とりあえず、お部屋での暇潰しの為に明日は手芸用品でも買いに行こうっと)


 そんなことを考えながら、一人ベッドに潜り込む。

 その晩、ガイアは帰って来なかった。


    ~Ep.58 その副団長、鬼につき~


  『部下への容赦はいたしません』


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