Ep.51 祖父の心、孫知らず

 女王マザーを倒した後、改めてガイアに話の内容を聞いたけど、結局『ごめん、今はもう聞かないでくれ……!』とはぐらかされてしまった。


 嫌なら無理には聞かないけど、やっぱり気になる……。


「いたっ!もーっ、何するのーっ?」


「……そんな顔するな。また邪魔が入らないときに、な」


「はーい……」


 こっそり拗ねてたのもお見通しだったのか、ふにっとほっぺたをつままれた。『よく伸びるな』とは失礼な!とむくれたら、頭をポンポンと叩かれる。こ、子供扱いされている……!


「どーしてそう言うスキンシップはごく自然に出来る癖に肝心な所でヘタレなんでしょうね」


「やかましい、そもそもお前等が最初に邪魔をしたからだろうが。あとそこ!さっきから気配消してるけどこっち見てこっそり笑ってるのバレてるからな、じいさん!」


「えっ!!?」


 ソレイユの嫌味に言い返した後、すぐ側の木陰にガイアが放ったその台詞に皆で驚く。えっ、この場に私達(と眠らせて縛り上げたマークス所長)以外に誰かが居るの!?


「おや、お気づきでしたか。血筋ですかね、彼に似て、本当に勘が鋭い」


 パチン、と音がしたと思ったら、蜃気楼みたいに揺らいだ木陰に急にサフィールさんが現れた。え、え、今どっから出てきたの!?


「はっはっは、いい反応ですねぇ。ですが、貴女には魔術に慣れて頂かないと困りますよ?彼と生きるつもりなら、今後必要でしょう」


「セレンは普通の女性だ、彼女をこちら側の危険に巻き込ませる気はない」


 庇うように私の前に立って言いきってくれたその姿に胸がキュンと鳴る。


(って、ときめいてる場合じゃないでしょ。しっかりしなさい私!)


「おやおや、過保護なことで。ですが心配は要りませんよ、私の予想が正しければ……」


 ブンブンと首を振って煩悩を払っていたら、急に辺りの温度が急激に下がりだした。思わず私達が身震いしたのと同時に、突如現れた巨大な氷柱つららが私の前に立つガイア目掛けて降り注ぐ。


 近すぎて避けるのも弾くのも間に合わない。このままじゃガイアに当たる!考えるより先に、ガイアの腕にしがみついて引っ張り寄せた。


「だっ、駄目ーっっっ!!!」


 自分が代わりに当たるのも覚悟で、前に飛び出しおもいっきり叫んだ。パァンとなにかが弾ける音がして、閉じていた瞳をゆっくり開く。

 顔を上げてみれば、あれほど巨大だった氷柱つららがキラキラと光の粒子になって消えていく所だった。“砕けた”とか、“溶けた”じゃない。浄化されるように消滅していくその光景に唖然とするしかない。


(な、何が起きたの……?)



「ーー……ほらね、彼女も“こちら側”ですから」


「セレン、お前、今の力は……」


 メガネをくいっと押し上げたサフィールさんが得意気に笑った。ガイアは逆に、信じられないと言わんばかりの顔で私を見ている。


 何がなんだかわからずにガイアとサフィールさんを交互に見るしか出来ない私に、なんでもないようにサフィールさんが言った。『貴女にも、微力ながら魔力があるのですよ』と。


「え……、えぇぇぇぇぇっ!?」


「そんなに驚くことはないでしょう?以前から何度か貴女はその力で自分自身や大切な人を守っていた筈ですよ」


 『身に覚えがあるでしょう?』と聞かれてハッとなった。


「じゃあさっき、墓石が竜化した所長に壊されそうになった時に攻撃が光に代わって消えて行ったのは……!」


「えぇ、貴女がやったんですよ。その身に宿った“浄化”の力でね」


「浄化……?」


「えぇ。国はその存在を隠しており、魔持ち以上に人々には知られていない力ではありますが。たまに居るんですよ。自分は攻撃力こそ無いものの、魔力そのものを浄化し“無効化してしまう”、言わば魔物や魔持ちの人間の抑止力になりうる存在がね」


 『私の記憶操作の術も効きませんでしたし』との言葉に、以前襲われた時のあれは私の記憶を弄ろうとしてたのかと納得した。


「でっ、でもでも、私黒髪じゃないですし、家だって貧乏伯爵家で、そんな魔力なんて大層な力ある訳……!」


「ああ、わかりやすいように“魔力”と表現しましたが、むしろ貴女のその力は魔に対等に渡りうる聖なる力のようなもの。血筋も容姿も関係なく、時折神の気まぐれのように与えられる能力ですから」


「な、なんて適当なゲーム制作スタッフなの……!」


 普通こう言う力ってヒロインや悪役令嬢が持ってなんぼのものなのでは!?本当に、声高々に私の配置ミスを主張したい。


「……俺も、かつて国の陰として使われた魔術師達の抑止力としてそう言った能力を持った聖女がいたと言う話は聞いてる。でも、どうしてあんたがそれを知ってる?わざわざ俺の記憶からセレンの存在を抜き取った目的は何だ!」


「お、無事に思い出しましたか。いやぁ、よかったよかった」


「自分で奪っておきながら、白々しい……!」


 怒りを隠そうともせずイラついて前髪をかきあげたガイアが、ふと切れ長の目を細めてサフィールさんを見た。


「あぁ、思い出した。あんた、昔お祖父様が言ってた“国お抱えの魔術師様”だろ?親友だから無理言って、俺の講師に呼んだと言っていた」


 そうか、だからあのお屋敷にサフィールさんとガイアのお祖父様達が一緒に描かれた肖像画があったんだ……!


 ずっと不可解な所ばっかりだったけど、ようやく見えてきたガイアの記憶喪失の謎。その核心に触れるように、ガイアが呟いた。


「……わざわざ幼少期の記憶をいじったのは、お祖父様に頼まれたからか?」


「えぇ、その通りです」


「……っ!」


 恐る恐る投げ掛けた問いを直球で返されたガイアが怯む。理由を聞くのが怖いんだろう。

 爪が食い込みそうなくらいに握りしめられたガイアの右手の拳を、両手できゅっと包み込んだ。


「……大丈夫、大丈夫だよ。隣に、居るから」


「セレン……、ありがとう」


 小さな呟きと一緒にガイアの手から力が抜けた。よかった……と安心する間もなく、正面から『いやぁ、若い二人はお幸せですねぇ』と冷やかしの声が飛んでくる。


 急に恥ずかしくなって慌てて離そうとしたら、逆に今度はガイアに私の手を握られた。


「ちょっ、ガイア、離し……「嫌だ」何故!!?」


 間髪いれずに即答されてしまった。そんな私達をクスクス笑ってから、ふ……とサフィールさんが笑う。


 いつも見ていた、感情をすべて殺した胡散臭い笑みじゃない。若者の恋路をからかう年長者のからかいの笑みでもない。愛情と慈しみと、少しの寂しさを滲ませた、悲しいくらいに優しい微笑みだった。


「友の名誉の為に言っておきますが、私が貴方の記憶を弄ったのは……」


「当時から公爵家に目を付けられていた、ガイアと私を守る為」


「ーっ!」


 サフィールさんの言葉を引き継ぐように、ポツリと呟いた。

 ただの勘だったんだけど、驚いたその表情を見るに正解だったみたい。


「ぼんやりしているようで、敏いお嬢さんですねぇ。……ま、約束の内容は割愛しますが、そんな所です」


「ーー……」


 ガイアだけが納得いかなげにサフィールさんをじと目で見ている。まぁ、一番の被害者はガイアだもん。そう簡単には信じられないよね。


「さて、これでほぼ私の役目は終わりました。だから、最後の質問です」


「……何だよ」


「『貴方は今、この世界に生まれてきて幸せだと心から言えますか』?」


 穏やかな声のその問いには、サフィールさんだけじゃない、別の誰かの思いが込められてるような気がした。

 繋がれた手を握る力が、ぎゅっと強くなる。


 ガイアの顔をうかがおうとすると、バッチリ視線が重なった。にこりと優しく微笑んでから、ガイアが頷く。


「あぁ、今が、この場所が、一番幸せだ」


「それなら宜しい、合格です」


「ーっ!これは……?」


 ポン、と、ガイアの額を軽く叩くようにサフィールさんが一冊の本を乗せる。それは、あの魔法の部屋で飛んできた黒い表紙の白紙本だった。


「差し上げますよ。それは元々、貴方の為のものですから」


 一旦怪訝そうな顔をしたものの、腹を決めたようでガイアがそっと本を開く。


 前見た時は白紙だった。けれど、開かれたそこには……


「わぁ……、ガイアちっちゃい!!可愛い!」 


 幼い頃のガイアの姿を写した、たくさんの写真が並んでいた。もっと見たくてページをめくろうとした手はガイアに止められる。残念。でも、これって……


「アルバム、ですか?」


「おや、よくご存知ですね。この世界には無い文化なのに」


 そう、この世界にはアルバムと言うものは無いのだ。だってそもそも“写真”と言う技術がないから。なら、この写真は何?


「これは、貴方の祖父の思い出を魔力で念写したものです」


「お祖父様の?これ一冊丸々か!?」


 辞書顔負けの分厚さのそれをパラパラ捲るガイアに、サフィールさんが『全く大変でしたよ』と肩を竦めた。


「あの頃はまぁ、顔を合わせる度に貴方の話ばかりでしたねぇ。やれうちに来て初めて笑ってくれただとか、剣術の才があるようだとか、……好きな女の子が出来たようだ、とか。それはもう、嬉しそうに」


 ぐっと、閉じたアルバムをガイアが胸に抱く。それを見て、サフィールさんが笑った。


「そして、私にその日常を記録してほしいと頼んできたのですよ。万が一、自分の身に何かがあった後、『ガイアスをわし以上に大切に想ってくれる相手』を貴方が見つけた時に、貴方とその方に、これを渡して欲しいと」


 『もうおわかりでしょう?貴方は愛されていましたよ』


 その優しい言葉に、ガイアは何も返さなかった。でも、お祖父様の気持ちはきちんと伝わっただろうから、本当によかったなと、そう思った。


「さてと、では私は今回の件の後始末がありますのでお暇しますよー。ではごきげんよう。あ、あの阿保所長はきっちり回収していきますので、ご安心ください」


「あぁ、二度とセレンに近づけないよう徹底的に罰してくれ。……それから、ありがとう。あー……、サフィール、さん」


「ーっ!……ふふ、お礼は大切ですね。お辞儀があると尚良かったですが」


 からかうようにそう言われたガイアがちょっとムッとした顔になる。それを見たサフィールさんが、初めて声をあげて笑った。


「はははははっ、冗談ですよ。礼には及びません、私はただ、友への恩を返しただけですから」


「恩?」


「えぇ。……今は幻術で色を変えていますが、かつて私が“黒髪”だと迫害されていた時に、わざわざ墨をかぶって『これで自分も黒髪だから、そいつに嫌がらせをするなら自分にもしてみろ』と啖呵を切って私の味方をした、物好きな貴方のお祖父様に、ね」



 『お祖父様もそんなことしたのか』と、ガイアが笑う。サフィールさんも笑って、ヒラヒラと手を振りながら歩き出した。


「まぁどうしてもお礼がしたいなら、その内貴方達の子の顔でも見せに来てください。それで十分ですよ」


「「子!!?」」


 ボンっと赤くなった私達を笑いながら、そう言い残したサフィールさんは所長を回収して霧のように消えて行った。


「行っちゃったね……、もう少し、ちゃんとお話して見たかったな」


「そうだな。いつかまた機会があれば……ん?」


 ポツっと冷たい感触がして空を仰ぎ見る。もう日も傾いた空から、雨粒が落ち始めているのに気がついた。


「あらら、降ってきちゃった。さっきまであんなに晴れてたのに……」


「山の天気は変わりやすいからな。セレン、帰り道わかるよな?」


「うん、さっき地図も貰ったし、大丈夫だよ」


「じゃあ、子供ら連れて先に帰っててくれ」


 『俺はまだ、お祖父様にもう少し伝えたいことがあるから』とガイアが言う。理由を聞こうとして、でも、止めた。


「……うん、わかった。気をつけて帰ってきてね!」


「あぁ、大丈夫だ。俺はもう……二度と迷ったりはしない」


 さぁ、早く行けと促されて、弟達と歩き出す。今は、今だけは、きっと彼を一人にしてあげるべきだと思うから。


(ようやく自由になれて、本当に良かったね、ガイア……)


 振り返った先の墓石の前に膝をついた彼の頬が酷く濡れているのは、きっと、雨足を強めたこの空模様のせいだと。そう思うことにして、帰路についた。



   ~Ep.51 祖父の心、孫知らず~


『貴方の心を濡らした雨がいつか、幸せの虹に変わりますように』

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