Ep.45 『見つけた』
目を覚ますと、真っ白な石造りの通路のような場所に転がされていた。
(ここは……?そうか、私、家の庭で拐われて……痛っ!)
身体を起こそうとして腕に走った痛みに顔をしかめる。身体を捩って手元を確認すると、禍々しい紫の石で出来た手錠で後ろ手に拘束された自分の両腕が見えた。
壁の先には、ゲームの悪役側スチルで見た、記憶を操る闇の儀式の魔方陣が描かれた巨大な羊皮紙も見える。
「あぁ、目が覚めましたか?良かった!少々薬が効きすぎてしまったようで、中々目を覚まされないので心配しましたよ!!気分は如何です?あっ、そうだ。スープが出来ているんですよ、持ってきますね!」
窓ひとつないのに妙に温かく明るい教会のような白い空間で、胸元に大きな純黒の石が付いた首飾りを下げたマークス所長が振り返る。そのまま満面の笑みで早口に捲し立てる無垢な姿に、余計に狂気を感じてゾクリとした。
「持ってきましたよーっ!さぁどうぞーって、その手じゃ飲めませんよね!すみません手荒な真似をして。でも、それももう少しの辛抱ですから!さ、とりあえずスープを飲みましょう。はい、口を開けてください!」
「……っ!結構です!それより、ここは何処なのですか!?私を家に帰してください!!」
「熱っ、熱ちちちっ!!そんなに怒鳴っては駄目ですよ、ここはお墓の下なんですから」
「ーっ!お墓……!?」
「えぇ!あの忌み子の祖父、エトワール侯爵とその奥様の……ね。ちなみに、ここ全体がひとつの結界にもなっていて、特定以上の魔力がない人は普通入れないらしいですから。自分の魔力を嫌って普段魔力封じを身に付けてる彼はこの墓の場所すら知らないでしょうね!」
「なに、それ……。どうしてそんな場所に、私を……!?」
「ここなら、儀式に邪魔が入らないからですよ。それにしても変ですねぇ、魔力を圧縮して作ったこの特殊手錠を付けられた人間は思考を魔力に奪われて、作成者には逆らわなくなる筈なのに……。やはり経費を削る為に石を安物にしたせいでしょうか」
食べ物を粗末にするのは心苦しいけれど、こんな気の狂った相手に差し出された食品をはい頂きますと口に出来る訳がない。深めのスプーンで差し出されたそれを振り払いながら抵抗すると、マークス所長が聞き捨てならない事を呟き始めた。
「手錠とは、私を拘束しているこれの事ですよね?マークスさん貴方、私の自我を奪おうとしてまで何をする気なんですか!?」
「おしとやかな貴女も可憐で素敵ですが、凛々しい一面もまた新鮮で良いですねぇ。ですが……その力の源が、あの忌まわしい黒の騎士への想いだと思うと腹立たしいですよ。あぁ、なんてお可哀想なセレスティア様!!せっかく私があの公爵令嬢の協力を得てあの男から貴女の存在を全て忘れさせたと言うのに!お優しい貴女は、記憶を失った彼に同情してまた付け入る隙を与えてしまわれたのですね!!!」
「ーー……っ!」
悲劇の主人公にでもなったかのような自分に酔いしれたその発言に、目眩がした。“公爵令嬢の協力”で、“全て忘れさせた”。ですって……?
「……なるほど。つまりガイアの今回の記憶喪失は、ナターリエ様の差し金で貴方が実行したんですね」
「はい!いやぁ大変でしたよ。でもお嬢様のアドバイス通りわざと魔力装置を暴走させて助けを求めるふりをしたらアッサリ隙が出来ましてね。お嬢様が昔彼から初恋の記憶を消した際に使ったと言う呪符の力でセレスティア様との思い出をみーんな削除しちゃいました!」
「……っ、恍惚として語ってるけど、貴方、自分達がガイアにどれだけ非人道的な仕打ちをしてるかわかってるの……!?」
「いやですねぇセレスティア様、彼は魔に魅了されて産まれた忌み子!そもそも人ではないのです。我々にとっては優秀な“研究資料”で実験動物に過ぎない。ナターリエ様も仰られてましたよ、彼は自分の“所有物”なので好きにして構わない、と」
「なんて、酷いことを、言うの……!」
悔しくて、悲しくて。手錠に押さえられたままの手を力の限り握りしめる。掌に爪が刺さってポタポタと血が垂れても、気にならなかった。
本当は、薄々わかってた。あの人に取ってガイアは、自分のプライドを満たす
(許せない……、ううん。あの女だけは、絶対許さない!!!)
ポタリと、傷ひとつない白の床に水滴が落ちた。堪えきれなくなって、私の瞳から溢れた涙だ。それを見たマークス所長がギャーッとわざとらしいくらいに青ざめる。
「なっ、ななっ、泣かないでくださいセレスティア様!辛いのは今だけです、今からすぐにこの呪符で貴女の記憶からあの忌み子の存在を消して差し上げますからね!」
白衣の懐から小さなタオルを出したマークス所長が私の顔に手を伸ばす。虫唾が走る程の嫌悪感に堪らず声を荒げた。
「そんなの絶対嫌!!触らないで、この人でなし!!」
「ーっ!!!そんな、セレスティア様、私は貴方をあの悪魔から救い、そして二人の新たな愛を築こうと……!」
「ガイアは悪魔なんかじゃない!強くて、優しくて、でもちょっと抜けてて残念な一面もある普通の男の子よ!貴方にどうこう言われる筋合いなんてない。貴方と育む愛もない!私は……っ、貴方なんて、大嫌いよ!」
怒りと悲しみのままに、真っ向から本音をぶちまけた。
その瞬間、ピシリと空気が凍る。……いえ、確かにこの場所で、何かにヒビが入る音がした。
「そんな、馬鹿な……!嘘だ、貴女がそんな事を言う訳がない。やはり、あの男に操られてるんだ。そうで無ければ……!」
「ひっ……!」
一瞬の出来事だった。彼の胸元で異様な存在感を放っていた黒い石に大きく亀裂が走る。その隙間から漏れでた黒い靄が、マークス所長の全身にまとわりついた。
「やはり、ダメ、だ、忘れ、ワスれさせル、あのオトコを、ワスれロォォォォっ!!!」
黒い靄がまとわりついた箇所から、マークス所長の手が、足が、背中が、禍々しい黒紫の鱗に覆われ変化していく。竜のような姿になっていく様子に、魔物になりかけてるのだ、と。妙に冷静にこの異常事態を理解した私を、異様にギラついた目がギロリと捉えた。
巨大な鱗と爪に覆われた大きく振り上げられる。
「……っ、きゃぁぁぁぁっ!!!」
そのまま容赦なく吹っ飛ばされた。もう、理性も崩壊してるらしい。声は言葉じゃなく鳴き声になり、完全に意味を成していなかった。
「痛っ……!でも、これで手が動かせる!」
吹き飛ばされた衝撃で手錠が砕けた。よろよろと身体を起こした時、鋭い爪に切り裂かれた上着の切れ目からヒラリとなにかが床に落ちる。
(……っ!ガイアのハンカチ!!!)
始まりのあの日、桜の刺繍をしたあのハンカチだ。私が気を失ってた間、ガイアが濡らして額に乗せてくれてたんだった。それをそのまま持ってきちゃったんだ……!
ひときわ大きな咆哮を上げたマークス所長“だった”魔物が、口に溜めた業火をハンカチのある辺りに向ける。咄嗟に拾おうとしたけど、その前に巨大な前足に踏みつけられ身動きが取れなくなってしまった。
今にも炎がハンカチを焼き払おうとしているのに、私はそれを止めることさえ出来ない。
「駄目……っ、燃やさないで……!」
か細い声を上げるけど、完全に魔物化した相手にはもう、届かない。マークス竜の口から炎が吐き出されるのが、駒送りのように見えた。
「燃やさないで!!そのハンカチが……っ、私の初恋の始まりなんだからぁぁぁっ!!!」
真上から圧迫されてろくに息も出来なかったけど、それでも力の限り叫んだ。
その瞬間吹き荒れた突風が、今にもハンカチも私も焼き付くそうとしていた業火を一瞬で吹き消す。
ポカンとしていたら、そのままふわりと抱き上げられた。涙で滲んだ視界でも、その美しい黒髪はしっかりわかる。
「ガ、イア……?」
たどたどしく名前を呼ぶと、ガイアが穏やかに微笑んで。正面から力強く、抱き締められた。
「『やっと、見つけた』」
耳元で優しく吐き出された彼の呟きに、幼い少年の声が重なって聞こえた様な気がした。
~Ep.45 『見つけた』~
『ずっと、ずっと探していた。名前も知らない、君の事を』
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