Ep.41 彼の心、彼のみが知る
翌日、私達はガイアに一年前のナターリエ様にかけられたヒロイン階段突き落とし事件の犯人容疑の事、そしてその件の唯一の目撃者は私であるけれど私の当時の記憶が曖昧な為、私に証言が出来るだけの記憶が戻るまでの治療期間の護衛としてガイアが一緒にこの領地に来ていたことを出来るだけ簡潔に説明することにした。
(……って言っても、現在ではわかんないけど一年前のガイアはナターリエ様にぞっこんだったわけだし、ナターリエ様が罪人容疑をかけられてるなんて聞いたら怒るか傷ついてすぐ王都に帰っちゃうんじゃないかな)
と、話の間ずっとハラハラしていたのですが。結果、至って静かに全てを聞き終えた彼の第一声は。
「君も記憶喪失なのか……。それもただの学生の間に国事に関わるような厄介事に捲き込まれたなんて、災難だったな」
との言葉だった。
「う、ううん、記憶喪失って言っても私のは本当に、ほんの数十分の記憶だけ曖昧になった軽度なもので……。って言うか、あれ……?」
「ん?どうかしたか?」
「い、いえ、その……、それ、だけ?」
「……?何が?」
私の問いかけに、ガイアはきょとんとした顔になる。うっ、可愛い……!ではなくて!!
「いえ、その、ナターリエ様に下手したら失脚しかねない容疑が掛けられてることとか、貴方が王都から出されてこんな田舎に来させられてる現状とか……、もっと嫌な気持ちにさせちゃうんじゃないかなって、思ってたから……」
自分で言ってて、改めてよくよく考えるとガイアを捲き込んでしまったのはむしろ私の方だと申し訳無くなってきた。でも、そんな私を見て、ガイアは何故か柔らかく目を細める。
「心配してくれたんだな……、ありがとう。セレスティア」
「ーっ!!?」
いつもの遠慮がない掛け合いの時より大人びた声で本名を呼ばれて心臓が跳ね上がる。
(は、はわわ、なんか普段とも最初の頃とも全然雰囲気違くて困るよ……!っていやいやいや、ときめいてる場合じゃないわ。今話すべきは今後どうするかでしょ、しっかりしなさい私!)
煩悩退散!!思い切り自分のほっぺたを両手でパンッと叩いて真剣な表情を作り、ガイアに真っ直ぐ向き直る。
「それで、これからのことだけど、ガイア自身はどうしたい?」
漆黒の瞳を見詰めて、息を呑んで答えを待つ。正直、ここが一番重要だ。
私だけじゃなく、話し合いに同席していたソレイユとスピカも不安げな顔でじっとガイアを見つめる。(末っ子の双子はお昼寝中)
そして、三人分の視線から気まずそうに視線をそらしたガイアの答えは。
「すまない、まだ、わからない……。戻りたいのか、ここに居たいのか」
と言う、何とも曖昧なものだった。
てっきり帰りたがるものだと思っていた私は、驚きつつ彼を見つめる。
「実際、まだ自分でも混乱しているんだ。記憶の中では騎士としてナターリエお嬢様の側にいた自分しか思い出せないし、ここで一年近く過ごしていたと言われても、まだ実感が沸かない。だから、ここに居たいと言う明確な感情は、無い」
「……っ!そう、だよね。ごめんなさ……「でも!」ーっ!?」
「……っ、でも、何でだか君の、君たちの側は、ずっと埋めたかった心の隙間が満たされる様な温かい気持ちになるんだ。それに、記憶を戻したいなら、失った記憶を過ごした場所に居た方がいい、と、思う。それに、なぜだか『王都に帰りたい』と言う気持ちも沸かないしな」
『だから、』とそこで一度言葉を切って、ガイアが大きく深呼吸をする。
「迷惑じゃなければ、もう少し厄介になっても構わないか?」
「う、うん!もちろん!!」
その彼の不安げな問いかけに全力でコクコクと頷く私に、ふわりとガイアが微笑んだ。
「ありがとう。改めてよろしくな、セレスティア」
「~っ!!?」
また不意打ちでの本名呼びに、ボンっと顔に熱が集まる。
「し、心臓に悪いから本名呼びは止めてーっっ!!!」
「いや、しかし愛称呼びは流石に恥ず……「お願いだから止めてーっ!このままじゃ寿命縮んじゃうよーっ!」わ、わかった!わかったから!!」
ゆでダコのまま必死に訴えた結果、記憶喪失ガイアにも結局“セレン”呼びにしてもらう事が決定したのでした。
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あれから数日が過ぎた。一応この一年間よく行ってた場所に一緒に行ってみたり思出話もしてみたりしたけど、記憶が戻りそうな気配は無い。
そして、我が家の頭脳担当のソレイユの『ガイアスさんがすぐに王都に帰る気がないのであれば、王都には記憶喪失の事は知らせない方がいいでしょう』との言葉により、彼の現状は王都には一切内緒になっている。
(とは言え、いつまでも隠し通せる物じゃないよね……。早く何とかしないと)
ガイアは半月に一回、定期報告書を騎士団に送っていた。それを送れなければきっと、何か異常があったとすぐにバレてしまう。
幸い前回の報告書を送ったのは数日前だからまだ余裕はあるけれど、うかうかしていられないのだ。
(とはいえ、私に出来ることなんてガイアを思い出がある場所につれ回すかこうして脳や記憶に良いって言う食材を使ってご飯作るくらいなんだけど……)
一人で唸りながら医師からオススメされた食材とレシピを広げて頭を悩ませていると、キィ……と後ろで扉の軋む音がした。
「ガイア!どうしたの?まだ朝の5時だよ?」
「あぁ、目が覚めたらずいぶん可愛い唸り声がしたから気になってな」
「か、可愛っ……!?」
真っ赤になる私にクスクスと笑ってソファーの隣に腰かけたガイアが、広げていたレシピを見て眉を下げる。
「食材までこんなに気を使ってくれてたのか?朝早くから、悪いな……」
その表情を見て、私は慌てて首を振った。
「謝らないで!私がやりたくてやってるんだよ!」
「でも、手間でしかないだろう、こんなの」
「そんなことないよ」
え、と顔を上げた彼に、私はにこりと微笑んだ。
「確かに悩んじゃう事もあるけど、大切な誰かのためなら、献立を考えるその手間も楽しいんだ。私がしたいからしてるんだよ」
『だから、謝らないでね』と笑ってまた本とのにらめっこに戻る……と思ってたら、さらりと髪を掬いあげられる感触がした。
「がっ、ガイア!?」
「あぁ、すまない。つい……」
そう口で謝りつつも、ガイアの手は私の髪を優しく撫でるのを止めない。感触を楽しむように、ゆっくりと優しく撫でるような手付きにドキドキが止まらなくて何も答えられないんですが……!
「
「あ、う、うん!一番のお気に入りだよ、ありがとう!」
星柄のそれをちょっとつついて、またすぐ髪弄りに戻るガイアの手。
く、くすぐったい……!何て言うか、触られてる髪じゃなくて心が!
「綺麗な髪だな。記憶を失くす前の俺がよく君を撫でてたと聞いた時は驚いたが、今ならその気持ちがわかる。つい触れたくなる」
「あ、ああぁ、ありがとうございます……。でも、私平凡だしそんな綺麗じゃっ……」
「いや、セレンは綺麗だよ。髪も、心も」
甘く囁くような声音でそう呟いたガイアが、そのまま掬いあげた私の髪に軽く唇を落とした。
(も、もう駄目……!)
耐えきれなくなって、彼の手から逃げるようにキュウとソファーに突っ伏した。
「ーっ!?おっ、おいセレン、大丈夫か!?」
「だ、大丈夫じゃないです……」
『誰か呼んでくるから待ってろ!』と慌てて出ていった彼を見送りながら、服の上からバクバクの心臓を押さえつける。
(うぅ、ドキドキし過ぎて胸が痛いよ……!)
あまりの刺激の強さにもう心臓はオーバーヒートです……!な、なんか記憶がないガイアの方がスキンシップが激しいって言うか、言動が甘いって言うか……!
「一体どうしてなの……!あんなフェニミストなキャラじゃなかったよね……!?やっぱ記憶喪失のせい?」
「それは初期の姉上に酷く当たってしまった罪悪感の記憶(足枷)は無くなったけど、募ってきた貴女への感情(恋心)は消えてないせいで逆にタガが外れちゃってるだけです。記憶喪失そこまで関係無いです」
「へ?」
なんだか台詞の中に妙な含みのある( )が見えるソレイユの声にきょとんと首を傾げると、優秀な弟はうんざりしたようにため息をついた。
「ここまで鈍いといっそ天然記念物ですよね……。まぁとにかく、取って食べられないよう気をつけて……いや、今のガイアスさんなら既成事実を作ってしまえば簡単に婚約まで進められそうですね……」
「なんっって悪どいこと言うの!記憶喪失の間に嘘ついて無理矢理私と婚約させるなんて、ガイア嫌がるに決まってるじゃない! 」
「むしろ喜ぶかも知れませんよ」
「そんなわけないでしょ!とにかく、相手の気持ちを踏みにじるような結婚なんて絶対駄目!!」
「……本当、ガイアスさんに同情します」
だから、同情するくらいならはじめから悪事を企むんじゃありませんと言ったら何故か今日一番深いため息を返された。解せない。
「そう言えば、ガイアがソレイユを呼んだの?」
「えぇ、姉上が急に倒れたからと血相を変えて。だから来客の呼び鈴が鳴った方をスピカとガイアスさんに任せてこうしてわざわざ見に来たわけですが」
「こんな早朝に先触れひとつ無く押し掛けるだなんてあまりに非常識ですわ!お引き取り下さいませ!!!」
呆れたような弟の声を遮る鋭い声が不意に響いた。玄関の方からだ。
「ーっ!!?今の声、スピカ……?」
「そのようですね、行ってみましょう!」
温厚で気弱なあの子の攻撃的な声なんて初めて聞く。しかも、こんな早朝の来客……。嫌な予感がした。
「スピカ、ガイア!一体何、ご、と……?」
「ガイアス!可哀想に、聞きましてよ、記憶喪失だなんて!」
「なっ、お嬢様!?何故こちらに……!」
「貴方を迎えに来ましたのよ!セレスティア嬢の護衛は解任ですわ、一緒に王都に帰りましょう!」
公爵家の護衛二人が開け放した我が家の玄関先でガイアに抱きつくナターリエ様と、彼の背中を挟んで視線が重なる。綺麗な赤い紅を引いた唇が、私を見据えたまま怪しく弧をかいた。
~Ep.41 彼の心、彼のみが知る~
『“今”の貴方のその心に、私の居場所はありますか?』
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