Ep.30 読めない男〔前編〕
「追い出されちゃった……。良い案だと思ったんだけどな、うさぎパジャマ作戦」
ガイアの部屋から閉め出されたあと、鏡の前で私も自分用に縫ったパジャマを着てみた。うん、前世でよく見かけた女子向けのルームウェアみたいで可愛い。良い出来だわ、ちょっと小さいけど。
せっかくだから今日はこのまま寝ようかなとベッドに身を投げる。明日から研究者さん達への対応どうしようかなとか、最近ナターリエ様から音沙汰ないなとか、何か大事なことを忘れているような気がするモヤモヤした気持ちは、すぐ襲ってきた睡魔にあっという間に押し流された。
気がつくと、既に窓の外がうっすらと明るくなってきていた。どうやら、パジャマの試着のあとあのまま寝入っちゃったらしい。
時刻はまだ朝の5時、流石にちょっと早すぎる気もするけど朝御飯の支度しちゃおうかな。昨日お夕飯抜きにされてお腹もそろそろ限界が近いし。
のそのそと着替えて、最後に髪をまとめる為に鏡の前に立つ。お気に入りのリボンを探そうとして、サーッと血の気が引いた。
「ーっ!そうだ、ガイアに貰ったリボン、結局昨日ウサギちゃんに取られちゃったあと回収してない……!」
寝る前に気がかりだったのはこれだったんだ!もう、何で忘れてたの私の馬鹿!!!
「探しに行かなきゃ!」
まだ一晩しか経ってないし、昨日行った道を辿れば見つかるかな……。
コートを羽織って家を出る前に、勝手に行ったらまた怒られるかなとガイアの部屋をちらっと覗く。静かな寝息が聞こえた。
(ぐっすり寝てるし、起こしちゃうのは悪いよね……)
かといって何も言わずに留守にしてまた探して貰うのも申し訳ないので、リビングのテーブルに『失くしたリボンを探しに森に行ってきます』と書き置きを残して、こっそりと裏口から家を出た。
「うーん、無いなぁ……」
木の根本や草木の間なんかも隈無く探しながら歩いてきたのに、やっぱりリボンは見つからなくて。いつの間にか、昨日転がり落ちた崖の麓にまでたどり着いてしまった。
確率としては、この辺りに落ちている可能性が一番高そうだけどと辺りを見回すけどやっぱり何もない。
「草むらの影とかに入り込んじゃって無いかな……、痛っ!」
不意にズキッと走った痛みに気をとられて、目の前で自分の両手を広げてみる。高く繁った草を何度も掻き分けてたせいで、手のひらも甲も切り傷まみれだった。そりゃ痛いはずだわ……。
やっぱり、一晩も経ってしまってから探すなんて無謀だったかなとつい浮かんだ弱気を、頭を振って追い出した。
諦めるなんて出来る訳がない。だってあれは初めてガイアから貰った大切な物なのだから。
絶対、見つけるんだ。
決意を新たに顔を上げると、目の前をヒラヒラと花びらが遮った。この花は……
「ーっ!そうだ、ガイアのお祖父様のお墓がある花園の近くの泉!あそこまだ探してないわ!」
気づくと同時に泉の方へと走り出す。朝焼けでキラキラと水面が光る美しい泉の縁に誰かが立っていた。
万が一怪しい人間だったら不味いとあわてて立ち止まるけどもう遅い。朝焼けにも負けないくらい煌めく白銀の髪を揺らして、サフィールさんが振り向いた。
「おはようございますセレスティア様、お早いですね」
「お、おはようございます……。あの、こんな朝早くからサフィールさんはここで何を?」
「何、調査がてらの朝の散歩ですよ。年寄りの朝は早いですからねぇ」
「年寄りって……どこからどう見ても20代前半位にしか見えないんですけどサフィールさん今一体おいくつなんですか?」
「さぁ、いくつでしょうねぇ?」
実にいい笑顔ではぐらかされた。うーん、やっぱり本心の読めない人だ。って、サフィールさんを気にしてる場合じゃない。早くリボンを見つけて帰らないと皆が起きてきちゃうわ。
「時間もないですしお先に失礼しますね、では……っ!」
「そんなにつれない事を言わないで少しお話しませんか?一人では暇でして」
歩きだそうと踵を返した筈なのに、一瞬でサフィールさんが目の前に立ちふさがった。一体どうやって……?
「……っ、私は貴方とお話することはありません。そこを退いてくださいませんか、私は探し物の途中でっ」
「ならなおさら行く必要はありません、お探しのものはこちらでしょう?」
「……っ!私のリボン!どうして……?」
言い切る前に目の前に突きつけられた青いリボンに言葉が詰まる。指先で私のリボンを摘まんだサフィールさんが、微笑みながらこちらに片手を差し出した。
「大切な物なのでしょう?ちゃんとお返ししますから、少しお話しませんか」
つまみ上げられたリボンは、言わば話をするための人質だ。ただで返してくれる気は無いんだろう。仕方がない。
小さくこくりと頷いて、差し出されたその手を取った。
~Ep.30 読めない男〔前編〕~
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