閑話 追憶の桜
ここはどこだろうか。
気がつくと、葉も何もついていない巨木の根本に佇んでいた。辺りには同じように葉の無い寂しげな木々ばかりが並ぶばかりで他には何もなく、並木道の先は霞んでいて見えない。と、そこで自身の衣服が寝巻き代わりのガウンであることに気づいた。
(なんだ、夢か……)
夢ならば全く見覚えの無い並木道に居ることにも納得がいく。……が、このまるで見覚えの無い木は一体何なのだろうか?葉の一枚もついてないので全くわからない。
指先で巨木の幹に触れてみる。夢とは思えない程鮮明なゴツゴツした感触はすれど、やはり何の木かはわからなかった。
「何の木か気になる?」
「え……、ーっ!!?」
不意に聞こえたのは、可愛らしい少女の声だった。突然の問いに振り向いて、そこに立つ姿に目を見開く。
淡いピンク色の髪を風に揺らして佇む、10歳にもならないほどの幼い少女。いつかの日、破けたハンカチーフを直してくれたあの子が、そこに居た。
「どうして、君がここに……」
もう、顔すらうろ覚えだった筈のその子が、目の前で確かに微笑んだ。
「私?私はここで待ってるの」
「待ってる?一人きりで一体誰を……」
そう聞くと、少女は微笑んだまま真っ直ぐにガイアを指差した。
「……俺?」
「うん、でもまだ少し早かったみたい」
自分はすでに今ここに居るのに、『待っていた』と完了系で言わない不可解なその言動に首を傾ぐ。
「早かった?用があるなら今この場で聞くけど……っ!」
かがんで少女と視線を合わせた自分の唇に、小さな手の人差し指が触れる。
「ううん、大丈夫。私が待ってるのは、今の貴方じゃないから。だから……またね」
ゆっくり少女の人差し指が離れていくのと同時に、体の自由が効かなくなった。あぁ、夢から覚めるのだと思うのと同時に、目の前に居る少女に手すら伸ばせないもどかしさに歯噛みする。
「待ってるって、こんな枯れ木しかない場所で一人きりで……!」
「心配しないで、もうその日まであと少しだから。それにね、枯れ木じゃないよ?」
「え……、ーっ!!!」
ザァッと吹き抜けた風と眩い光に一瞬目を閉じる。
瞳を開いた次の瞬間、景色は一変していた。少女が根本に立つ巨木や辺りの並木道の木々に一斉に花が付き、辺りが柔らかなピンク色に包まれていたのだ。
美しさに息を呑んで、そのあとひらりと落ちてきた花びらの形がハンカチーフに刺繍されたあの花と同じだと気づく。
名前もわからぬ花吹雪の中で、少女は微笑んで立っていた。その姿が、少しずつ見えなくなっていく。
「……っ、待ってくれ!君は一体……っ」
『誰なんだ』。その問いかけはもう、声にすらならなかった。
「大丈夫、貴方が思い出すそのときまで、ちゃんと待ってるからね」
その柔らかな声を最後に、全ては花吹雪に拐われ消えた。
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「「おきろーっ!!」」
「ーっ!!?ゲホッ、だから毎度毎度人の胸に飛び乗って起こすなってお前達は何度言わせるんだ!」
「「きゃーっ!ガイアがおこった、にげろーっ!!!」」
元気な声と共に、ドシンと感じた強い衝撃で飛び起きる。やんちゃな双子を叱り飛ばしてから、今居る場所が何の変哲もない普段通りの部屋のベッドであることに落胆なのか安堵なのかよくわからないため息を溢した。
(何だか、おかしな夢だったな……、ーっ!)
コンコン、と廊下から控えめに扉を叩かれて我に帰った。『開いてるぞ』と返すと、セレンが開いた扉の先から顔を覗かせた。
「ふふ、目が覚めた?今日はお寝坊さんだったわね」
「あぁ、何だか妙な夢を見ちまってなま」
「嫌な夢だったの?」
「……いや、不可解だったけど、居心地の良い場所だったな」
あの美しい花吹雪を思い出しながら答えると、セレンは『なら大丈夫ね』と安心したように笑った。
「今日は年明け初日だから、ガイアが見たのは初夢かもね」
「“初夢”?」
聞き覚えのない単語だ。
「異国ではね、年明けの夜に最初に見る夢のことをそう呼ぶんだよ。それがどんな夢かでその年がどんな年かわかったり、あとは……潜在的な部分での願望が形として現れたりするんだって。一説だと、初夢で見た願いは現実に叶うんだそうよ」
『ガイアの初夢、叶うと良いね』とセレンが笑った。その柔らかな笑顔の周りに一瞬夢で見た桜吹雪が見えた気がして、思わず目を擦った。
(いや、まさか……な)
『皆と待ってるからね!』と、朝ごはんの支度にかけていく姿に苦笑しながら大丈夫だと首を横に振った。
再び一人になると、机に飾られた刺繍入りのハンカチーフに目が留まる。そっと手に取ると、刺繍の花がゆらりと揺れた。
「初夢は願いが叶う……か、純粋なあいつらしいな」
でももしもそれが本当ならば、ずっと君の隣に居られたら良い。なんて、自制の効かない恋心に苦笑して。
同時にもうひとつ、新たな願いごとが頭に浮かんだ。
『初めて俺を救ってくれた優しいあの子に、いつかちゃんとお礼が言えますように』
(ー……なんてな。所詮はただの夢だ)
「ガイアー、ご飯冷めちゃうよー!」
「あぁ、悪い。今行くから!」
ふたつの願いは胸に秘めて、賑やかなリビングへ向かうために部屋を出る。
空になったベッドから、二枚の桜の花弁がひらりと舞った。
~追憶の桜~
『思い出と現在の自分の願いが行き着く先が結局同じ女性だとガイアが知るのは、もう少しだけ先のお話』
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皆様、遅ればせながらあけましておめでとうございます。今回はお正月番外編で、ガイアの初夢を描いて見ました。
本当は一日に挙げたかったのですが、大分遅くなってしまい申し訳ありません(´・ω・`)
今年もよろしくお願いいたしますm(_ _)m
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