Ep.25 ガイアの実力 “前編”

「ーっ!?何あれ、黒いツタ……!?」


 キューキューと助けを求めるように響く鳴き声を頼りに走りついた場所では、さっき逃げていったウサギがうごめくツタに絡め取られて身動き取れなくなっていた。

 その真っ黒いゴムホースみたいなツタは、地面からでも辺りに繁る草木からでもなく、今にもツタに飲み込まれそうになっているウサギ自身の前足からぐんぐんと伸びてはあの子に絡みついていく。まるで、逃がすまいと獲物を補食する食虫植物みたいに。


(研究者さんたちが言ってた特殊な弾丸ってそういうこと!!?とにかくあの子をあの中から出さないと……!)


「セレン、屈め!」


「きゃっ!な、何!!?」


 ウサギに駆け寄ろうとしたところをガイアに止められ、そのままその場にしゃがまされる。大きな手でぐっとガイアに抱き寄せられた私の頭上を、ブゥゥンッと大きな羽音が過った。弾かれるように音がした方へ視線を向けて、あ然となる。


「な、何、あの大きなハチ……!」


 そこに居たのは、パッと見でも優に3メートルはあるだろう巨大なハチが三匹。

 宝玉のような真っ赤な光彩にギロリと見据えられて、支えてくれているガイアの腕に思わずぎゅっとしがみついた。

 スッと私を一歩下がらせて、ガイアが小さく舌を鳴らす。


「あれがキラービーだ。弾丸から出た触手に捕まったウサギを獲物と認識して集まってきたらしいな。くそっ、あの副所長サフィールの奴、『あの弾丸は魔物と動物では当たった時に効力が異なる』ってそう言うことか。当たった動物を餌に魔物を呼び寄せるなんて非道な真似を……!」


「餌ってことは、このままじゃあの子食べられちゃうの!?」


 びっくりしてさっきより更に量が増えたツタの塊に視線を向ける。私と視線が重なるなり、真ん中で今にもツタに完全に包まれそうなウサギちゃんが『キュウゥゥゥッ!!!』と悲痛な声を上げた。

 今にも飛びかかってきそうなキラービー達と、“餌”となって泣いているウサギを交互に見る。更にウサギに絡みつこうと私たちの目の前を過ったツタをバッと掴んだ。


 でも、ツタは離れるどころか更にウサギへの締め付けを強くする。私は私で、強力な静電気みたいにバチバチバチっと感じた衝撃のせいで後ろに吹っ飛ばされてしまった。

 しまった、このままだと後ろの石にぶつかる……!


「~っ!」


「大丈夫か!?」


「ーっ!あ、ありがとう……!」


 と思いきや、私の体が岩に当たる前に素早く飛び込んできたガイアがしっかりと抱き留めてくれたので激突せずに済んだ。


「ガイア!ありがと……うっ!!?」


「だから無茶をするなとさっきあれほど言ったよな!!?あのツタがどういう物なのか知りもしないで素手で掴むなんて何考えてるんだ!」


「ごっ、ごめんなさい……痛っ!」


 すごい剣幕で怒ってるのにガイアの顔が何だか辛そうに見えて、そっとその頬に手を伸ばした時だ。指を動かしただけで手に激痛が走った。

 手のひらを広げてみると、さっきツタを掴んだ部分が火傷したみたいにひどく腫れている。

 ぎょっとしている私の手に、ガイアがひんやり冷えた濡れタオルを巻いてくれた。


「普通の人間が魔力に直に触れた拒絶反応による裂傷火傷だ。魔術師の力も借りずにどう産み出したかは知らないが、あのツタは明らかに魔力を帯びてる。だから無闇に触るなと言ったのにお前は……、綺麗な手が傷だらけじゃないか」


「えっ!?」


 怒られてるのはわかってるし反省もしてるけど、それ以上の驚きで心が浮き足立つ。だ、だって今ガイア、“綺麗”って、“綺麗な”って!!(あくまで手のことだけど)


「ーっ!ち、違うぞ!深い意味は無いから!……それより、この状況であのウサ公を助けるのはなかなか骨だぞ。キラービーの毒は少量体内に入っただけでも呼吸困難や痙攣を起こす危険なものだ。下手をすればお前自身の命が危ないかもしれない」


 『それでも、助けたいか?』と、静かな声音でガイアき聞かれる。私はためらわず、頷いた。


「助けたい!ううん、必死に目の前で助けを求めてる命を、危険だからって見捨てるなんて出来ないよ!」


「あのツタに触れれば次は火傷じゃ済まない、趣味の刺繍も出来なくなるかも知れないが?」


「うっ!き、昨日編み上がったばっかりの手袋してれば何とかならないかな?」


 わざと諦めさせるような意地悪な問いを突っぱねて気に入って衝動買いしたミルキーブルーの毛糸の手袋をはめて見せると、ガイアは一瞬呆けてから吹き出した。


「あれだけの魔力が布一枚でどうにかなるかよったく、本当に恐いもの知らずだな」


「わっ!な、何!?」


 借りていたガイアのマントで急に頭から覆われて腕で耳を塞ぐように抱き寄せられる。ガイアがボソりと何かを呟くと、ジュウッと言う音を立ててウサギを捕まえていたツタが焼き消えた。被せられたマントの間からびっくりしてガイアの顔を見上げる。


「あの頑丈なツタが全部一瞬で消えるなんて……!もしかして魔法!?」


「そんな大層なもんじゃない。あのツタの核になっていた銃弾の魔力を相殺しただけだ」


 肩を竦めてさらっと言ってるけど、ってことはやっぱ魔法だよね!?ファンタジー世界に転生して初の魔法!何で使うとこ見せてくれなかったの!?


「そんな目で見るな。ほら、こいつちゃんと捕まえとけよ」


「わっ!ちょっ、ガイア!?」


「危ないから下がってろ。あいつら、獲物を奪われてずいぶんとご立腹みたいだな。そりゃそうか、キラービーは本来夏の魔物。この時期じゃ餌もまともに手に入らないだろうし」


 自由になって地面でプルプル震えてたウサギを私にほいっと渡して、ガイアがキラービーに向き直る。三匹のキラービーは羽根を激しく震わせて怒りオーラ全開だ。羽根音だけでも威圧されて動けない私の前で、ガイアが腰に下げた剣に手をかける。


「まさか戦うの!?毒のある魔物なんでしょ、危ないよ!」


「“危ないから”だろ。キラービーは一度狙った獲物を徹底的に追う習性がある、ここで野放しにしたら結局そいつが危ない」


「ーっ!!」


 その言葉に、腕のなかに居るウサギをぎゅうっと護るように抱き締めた。それでいいと言いたげに、ガイアが笑う。それでも心配で目が離せないでいると、 パチリと視線が重なった。


「安心しろ、すぐに済む」


 その声を合図に、三匹のキラービーが毒針を構え空へと飛び上がった。


    ~Ep.25 ガイアの実力 “前編”~

 


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