Ep.11 恋敵からのお誘い・前編

「ふむ……、催眠療法も効果はありませんでしたか」


「はい、夢は見たような気がしないでもないんですが、やっぱり記憶がハッキリとはしなくて。すみません、医師様せんせい


 ガイアと我が家で暮らすようになってから数ヵ月が過ぎた夏の暑い日。本日は、例の事件の記憶を思い出す為の定期治療を受けに久しぶりに王都まで来ています……が、やっぱりヒロインであるアイシラちゃんが階段から落ちてきたあの日の詳細は未だに思い出せないのでした。


 診察着のまま頭を下げた私に、初老の男性医師が『貴方のせいではありませんよ』と笑ってくれる。


「確か件の階段落下事件の直後、セレスティア様は母君を亡くされたショックで一度倒れてしまわれたそうですな。記憶が曖昧なのはおそらく心的ショックからご自身の心を守るために当時の記憶を無意識に封じてしまわれたからなのでしょう。なかなか思い出せないのも仕方のないことです、無理に記憶を呼び起こせば貴方の精神にまた傷がついてしまいかねませんから」


 『 まだ期限まで時間があります、ゆっくりやっていきましょう』とお医者様に見送られて病院を後にする。

 日除けの為の麦わら帽子をかぶって外に出れば、噴水の縁にガイアが座っていた。一応私の監視件護衛なので一緒に王都に来てくれたのだ。


「お疲れ、どうだった?」


「……何にも思い出せなかった、ごめんなさい」


「ーー……そうか。まあ治療を始めてまだ二回だし、無理をして脳や精神に負担がかかっても良くないからな。気にするな」


 笑ってポンポンと頭を撫でてくれるガイアの優しさがいたたまれなくて目をそらした。

 彼も本当は、一刻も早く私にナターリエ様の無実を証言して欲しい筈。それなのに私は、未だに何も思い出せないことに少しだけほっとしてたから。


(だって、私が全部思い出したら、ガイアはナターリエ様の所に帰っちゃう……)


「……?何ぼーっとしてんだ、宿行くぞ!」


「ーっ!わーっ、置いてかないでーっ!!」


 王都からスチュアート伯爵領までは遠いので、今夜は宿で一泊することになっている。


 『もう少しだけ、側に居たいの』


 そんなワガママを笑顔の下に隠して、遠ざかっていく彼の背中を追いかけた。





 私の治療や王都滞在中の宿なんかは、恐れ多くもなんと国王陛下が直々に用意してくれている。

 今回の宿は、高位貴族のお嬢様方御用達のスパやバラ園が売りの高級ホテルだった。


「き、キラキラすぎて目がつぶれそう……!」


「はは、大袈裟だな。明日には帰るんだし行きたいところがあれば今日の内に楽しんどけよ……うわっ!」


「やっと来たか、待ってたぜガイアス!!」


「ルドルフ!?お前、何故ここに……」


 いきなりそう絡んできたのは、赤茶のくるくる髪が特徴的なルドルフ青年。この世界の元になった乙女ゲームの攻略対象の一人で、同時にナターリエ様親衛隊の一員でもある。ちなみに、割りと女好きのチャラ男。

 王家騎士団の制服の胸元を盛大にはだけさせたルドルフ青年のいきなりの登場に、私もガイアもびっくりだ。


「“何”とはご挨拶だな。お前が久しぶりにこっちに帰ってきてるって聞いたから呼びに来たんじゃないか。栄転とは言えスチュアート領みたいな田舎じゃろくな稽古は出来てないだろ?今日、騎士団内での模擬戦やってるんだ、参加しに来いよ!」


「いや、俺は護衛として彼女の側を離れるわけには……」


「何だよ、生真面目だなー相変わらず。ホテルなら防犯もしっかりしてるし少しくらい大丈夫だって。ねぇ、セレスティア嬢」


「えっ!?えぇ……」


 ちらっとこちらを見たガイアの視線を追ってこちらを見たルドルフ青年の目がすっと一瞬鋭くなった気がしてぞくっとした。促されるまま頷いた私を見てにっこり笑ったルドルフ青年がガイアに向き直る。


「ほら、彼女も大丈夫だってさ。行こうぜ!」


「おいルドルフ!俺は行かないと……こら!」


 ぐいぐいと引っ張ってくるルドルフ青年に抵抗するガイアだけど、確かに考えてみたら、彼はうちの領地に来てからは一人での自主稽古しか出来てない。久しぶりに来た王都でくらい、ちゃんとした鍛練に参加させてあげるべきかもしれないな……。

 ぽんっと背中を叩くと、困り顔のガイアが振り向いて私を見る。 


「私なら大丈夫だよ、折角だし行ってきたら?」


「え……」


 『ね?』と笑うけど、まだ踏ん切りがつかないのか、ガイアは更に困った顔になってしまった。


「ほら、彼女もこう言ってるし!大体セレスティア嬢は俺らのお姫様ナターリエみたいに身分や容姿が特段優れてる訳じゃないしそんな狙われないから大丈夫って!いやぁ本当、第一王子との婚約が破棄になってからうちのお姫様は狙われまくりで困っちゃうよ。地味なセレスティア嬢の周りは平和そうで良いよねぇ」


「は、はぁー……そうですね……?」


 然り気無く私への罵倒を吐いたルドルフ青年が同意を求めるように笑いかけてきた。え、そこ私に同意させるの!?

 騎士様と言えど彼等は男性。愛しい女性以外の女は女性として扱う気も無いんだなー……と苦笑していたら、ガイアがルドルフ青年の(はだけた)胸ぐらを掴んだ。


「ーっ!お前、いくらなんでもそんな言い種……っ」


「わっ!何だよ~、事実を言っただけじゃん?それとも何、お前、俺らのお姫様よりあの子の味方すんの?」


「……っ!?いや、それは……っ」


 よくわからないけど、怒っていたはずのガイアはルドルフ青年に何かを耳打ちされるなり勢いをなくしてしまった。一瞬目を見開いてからガイアが静かにルドルフ青年の胸ぐらから手を離した隙をついて、二人の間に割って入った。


「ま、まぁまぁ、落ち着いて!ここで揉めては他のお客様の邪魔になってしまいます!まだ昼前で時間もあるし、折角のお誘いだもの。ねっガイア、行ってらっしゃい!」


「……っ、おいセレン!!」


 ただでさえ目立つ麗しい容姿の男性二人の喧嘩(?)で注目が集まってしまってるし、こう言うときは逃げるに限るとガイアを無理矢理送り出す。

 外に向かってトンっと背中を押し出すと、観念したのかガイアは一度深いため息をついた。


「……わかった、夕食までには戻るから、一人で外出はするなよ。いいな?セレン」


「えぇ、わかってるわ。行ってらっしゃい」


「よし決まり!にしてもガイアス、セレスティア嬢のこと“セレン”て呼んでんの?可愛いじゃん。ねぇねぇ、俺も“セレンちゃん”て呼んでい……」


「いい訳がないだろう!一体どうしたらそこまで軽薄になれるんだお前は!」


「ちょ、痛い痛い痛い!」


「やかましい、黙って歩け」


「あ、あはは、行ってらっしゃーい」


 ルドルフ青年の耳を引っ張って歩いていくガイアの見慣れない一面に、きっと喧嘩友達ってやつなんだろうなとふふっと笑みがこぼれた。


「さてと、まだお昼前か……。私はどうしようかな」


 ガイアとホテルからは出ないって約束しちゃった以上はホテル内で時間を潰すしかないけど、こんなお高そうな場所じゃお茶するにも一人じゃ気後れしちゃうなぁ。あのガーデン素敵だし、ちょっと行ってみたいけど……


「あら、こんな場所で奇遇ですわねセレスティア様」


「えっ!?な、ナターリエ様!!」


 なんて悩んでいたら不意に響いた声に驚く。いきなり現れたナターリエ様は、今日も素敵な男性を二人、両脇に侍らせている。ガイアが今ここに居なくて良かったわ……なんて私の内心には気づかず、ルドルフ青年から“お姫様”と呼ばれるほどの豪奢な美貌を振り撒きながらナターリエ様が微笑んだ。


「ごきげんよう、お久しぶりですわね。お一人かしら?」


「あ、ええと……はい、今日はガイアス様も生憎席を外していますし、私も失礼致しま……え!?」


 流石にいくらモブでも、好きな人の愛する女性と談笑なんて御免です。だから早々に膝を折って逃げようとしたのに、何故かナターリエ様にガシッと腕を掴まれてしまった。


「そんなつれないことを仰らないで?一度貴方とはゆっくりお話してみたいと思っていましたの。さぁ、お茶にしましょう?」

 

 優雅に微笑む“悪役令嬢”様に誘われガラス製の可愛い椅子に座る私を、彼女の親衛隊である執事さんと後輩男子がじっと見張っている。

 どうやら、この世で一番気まずいお茶会に誘われてしまったようです……!


    ~Ep.11 恋敵からのお誘い〔前編〕~


   


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