リターナーズ/異世界よりの帰還者たち

まさひろ

プロローグ

第0話 楽園よりの追放者たち

 閑静な住宅街にサイレンの音が木霊する。

 そこを行くのはパトカーに先導された一台の武骨な装甲車だった。


『帰還者対策協議会です! 道を開けてください!

 帰還者対策協議会です! 道を――』

「ヒャッハー! パーティの始まりだぜーー!」

「おい! まだ住民の避難が済んでいない! あーちくしょう! これだから帰還者どもはッ!」


 パトカーに乗った警官の声も虚しく、装甲車のハッチよりひとりの若者が飛び出していく。

 彼は、ジーンズに革ジャンと言った非常にラフな服装で、金髪をハリネズミの様に逆立て、留めとばかりに顔の半分に刺青を刻んでいた。

 どこからどう見ても、警察にお世話になるタイプの人間で、とてもではないが公的な立場にいる人間とは思えない風体の人間だった。


「まったく、先走るのが好きな男よ」


 気が付くと、装甲車の上にひとりの人影があった。

 だが、それもまたこの場にはあまりにも不釣り合いな風体であった。

 彼は修験者が着るような法衣を身に纏い、右手には一本の錫杖を構えていた。


「では、拙僧も出撃する」


 法衣の男はその言葉を残し、風のように車上から掻き消えた。

 しばらくして、一軒の住宅が爆炎に包まれる。

 少し前まで平和だった住宅街は、一瞬の間に戦場へと様変わりした。


 ★


 帰還者という言葉が世間の話題に上る様になったのはつい最近の事である。

 だが、その言葉は燎原の火のように、あっという間に世界中へと拡散した。


 帰還者、その言葉は神隠しと対になっている。


 昨日まで引きこもっていた人間が、いつの間にか閉め切った部屋から掻き消える。

 昨日までいじめにあっていた人間が、ビルの屋上から飛び降りたと思ったら、落下地点にその姿はない。

 ブラック企業で働いていた人間が、ふと線路に飛び込んだかと思えば、車両にも線路上にもその痕跡は塵一つない。

 様々な時間、様々な場所で、様々な人間が忽然とその姿を消していた。


 だが、彼らはある日突然帰ってくる。

 まるで太陽が東から登るように、明けない朝は無いように。


 彼らが一体どこに行っていたのか?

 異世界だ。

 彼らは口をそろえてそんな荒唐無稽な話をする。


 だが、彼らは手ぶらで帰ってくるわけでは無い。

 現代常識では考えられない、恐るべき超能力を携えて帰ってくるのだ。


 ★


「ロッケンローーーールッ!」


 まるでテレビの特撮番組に出てくる変身ヒーローのような銀のパワードスーツに身をくるんだ男が、巨大な拳銃を乱射する。


「じゃまをするなぁあああああ!」


 それと対峙しているのは、時代錯誤も甚だしい、フルプレートの甲冑を身にまとったひとりの剣士の姿だった。


 剣士は身の丈ほどもある巨大で分厚い大剣を、まるで枯れ枝でも振り回すかのように、自由自在に操って、パワードスーツの男と刃を交える。


「はっはーッ! 銃は剣より強しだぜ! 時代遅れの鉄饅頭!」

「嘗めた口をッ!」


 間合いの外から一方的に攻撃を受け続けていた剣士は、片手を剣から外すと、何やらブツブツと呟き始める。


 すると、不思議な事が起こった。

 剣士の手が眩しく輝き、掌に光球が生まれたのだ。


「―――――!」


 剣士が耳慣れない単語を叫ぶと、その光球はパワードスーツの男めざし、矢のように飛び出した。


「はっ、嘗めんなよ?」


 パワードスーツの男は、そう呟くと、銃のトリガーを引き絞る。

 銃から発射された光弾は剣士の放った光球と激突し、強烈な爆発を引き起こした。


「やはり、銃というのは騒がしくていかんわい」

「なッ!?」


 その声に剣士が顔を向けると、いつの間にか彼の背後には、法衣の男が立っていた。


「あーこらおっさん! 横取りするんじゃねよ!」

「はっはっはっ、そう言うな、拙僧にも楽しみを残しておいてくれ」

「くッ!」


 剣士は振り向きざまに大剣を振るう。

 だが。


「あれっ?」


 ふわりと、まるで人形のように、剣士の体が宙に舞った。


「フンッ!」


 法衣の男の膝が、剣士の胴に直撃する。


「がっはッ!」


 とたん、剣士の被っていた兜の隙間から鮮血がしたたり落ちた。


「ふっざけんな! 俺様の獲物だっつーの!」


 響く轟音、瞬く発火炎。

 何処から取り出したのか、パワードスーツの男は機関銃めいた何かを手にしていた。

 銃弾は金属鎧を容易く貫き、剣士の体はあっという間に見るも無残な肉塊に成り果てた。


 ★


 帰還者たちは、超能力を携えて帰ってくる。

 だが、その能力は、其々が行った世界によって千差万別。

 ある者は、剣士として。

 ある者は、魔法使いとして。

 ある者は、変身ヒーローとして。

 ある者は……。


 そして、彼らはその力を思うが儘に振るい狂う。

 まるで、それが当然の権利だと言わんばかりに。

 打ち上げられた魚が、水を求めて暴れるように。

 

 それも、ある意味では当然の事だろう。

 彼らは、乾ききった灰色の現世から、色彩溢れる異世界へと旅立てたのだ。

 そんな彼らが、元の世界に呼び戻されたら?

 望んでも無い帰還を強制されたら?


 彼らは泣きながら刃を振るう。

『元の世界へ返してくれ』と。


 ★


『こちら宮藤みやふじ、本部応答願います』

『本部了解』

『帰還者は射殺されました、帰還者は射殺されました』

『本部了解。そのまま、現場の整理願う』

宮藤みやふじ了解いたしました』


「くそったれ!」


 宮藤みやふじと名乗った男は、叩きつけるように無線機を戻した。


「落ち着いて下さいよ、宮藤みやふじさん」

「あーあー分かってるよ、こんちくしょう!

 奴らは国連から派遣された帰還者対策協議会のVIP様だ!

 現場の俺たちはそのエスコートだってな!」


 帰還者の起こす問題は世界規模の問題となっていた。

 楽園から追放された彼らは、そのやり場のない怒りを手当たり次第に、あるいは恨みを持って念入りに周囲にぶちまける。


 だが、何事も例外はある。

 例えば、帰還者対策協議会。

 彼らは、帰還者で構成された帰還者問題に対するプロフェッショナルだ。

 彼らは、錦の御旗のもと、思うが儘に力を振るう。

『元の世界に返してくれ』と泣く帰還者たちをあざ笑うかのように。


 そして、もう一つの例外がここに……。

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