第4話 崩壊
「ねぇリューイチ! この後、子作りしない?」
「ブーーー!」
エミさんの突然の発言に思わず折角の飯を吐き出してしまう。
「なっ、なんばいいよっちょるとですか!?」
しかも飯時に! それもみんなの前で!
「おお、そうだな! リューイチのような力自慢の子が生まれたら俺たちも大助かりだ!」
ところが、周囲の人間はその突飛な発言に顔をしかめるどころか、逆にやんやと囃し立てる始末だ。
「いやあのですね? 俺はですね?」
「なんで? 私とじゃ嫌なの? それじゃーミレイやコカとは?」
「いやいやいや」
ミレイやコカはまだまだ十代前半、初潮が来てるかどうかも怪しい所だ。
「あっ。それとも全員と子作りする?」
「いやいやいやいやいやいやいやいや」
さぞ名案を閃いたみたいに、目を輝かせながら手を打ってもそう言う訳にはいかない。俺の倫理観は元の世界基準なのだ。
こらそこ、ミレイやコカも顔を染めない!
「えー、なんでよー。リューイチの子供だったら間違いないって!」
そうはいっても、まだ18になってない身でありながら結婚するのは、ちょっとばかり早いでござる。
まぁ、日本の法律なんて関係の無い所だけどね!
それでも、気持ちはまだ日本人だから!
現役バリバリの現代人だから!
「聞いてリューイチ。貴方が見つけてくれた地底湖のおかげで、ウチの暮らしは大分楽になったわ。だから準備は万全なの」
そんな真面目な顔で見つめられてもどうしたものか。
いや、別にエミさんが嫌いという訳では無い。美人だしチャーミングだしスタイルは良いし優しいし、初めての相手とすれば、非の打ちようのない相手だろう。
だが、だが……。
「だけど駄目です、俺は元居た世界に帰る身なんです。この世界に名残を残していく事は出来ないんです」
俺はそう言って誠心誠意頭を下げる。
「ん? 何言ってるのリューイチは?」
「ほえ?」
だが、俺の渾身の説得はいまいち彼女……というかみんなに伝わっていないようだ。みんな頭にはてなマークを浮かべている。
「リューイチが出て行きたいというのなら、とてもとても残念ではあるけど、私たちは止める手段は持たないわ……。
けど、それがリューイチの子供と何の関係があるの?」
「……」
ああそうか、ここではここはそう言う所なのだ。このコロニーでは名実ともに皆が家族なのだ。
だれの子供であろうと皆で育てる。皆が父であり母であるのだ。
しかし、しかし、だがしかし……。
それは皆の倫理観、皆の都合であって、俺の都合では無い。
この地獄のような世界に、自分の子供を残していくことなんて俺には出来やしない。
コロニーにとって労働力の確保は重要な事だ、それも万が一俺のチートスキルを引きついた子供となれば、正しく喉から手が出るほど欲しい人材だろう。
だけど、やっぱり俺の目標は現実世界への帰還だ。
心残りがあれば、その想いは揺らいでしまう。
エミさん、いやコロニーの皆が俺の事を真剣な目でじっと眺めて来る。
俺はそれから目をそらすように顔を下げた。
「……俺は――」
長い時間をかけてようやくと言葉を振り絞ったその時だった。
ぐらりと――地面が振動した。
「地震!?」
俺は、椅子から転げ落ちないように足を踏ん張り、キョロキョロと周囲を確かめる。
パラパラと天井から小石が降り落ちる、揺れとその様子を見るにあまり大したことのない自身の様だが……。
皆は恐怖に肩を抱きあい――
「――――――!!!!!」
耳をつんざくような絶叫が、遠く地下の方から聞こえて来た。
「地底湖!?」
その時俺は気が付いた。揺れは地下から徐々にこちらへ近づいてきている事に。
「まさかッ!」
俺は傍に置いてあった槍を手にして立ち上がる。
「くっ、今地底湖に言ってるのは誰!?」
「カムルたちだ! 水汲みに行ってる!」
「どいて下さい! 皆は早く逃げて!」
慌てる皆を押しのけ、俺は地底湖への道を走る。
「くそっ、何だってこんな!」
嫌な予感があふれ出して止まらない。いや、それどころでは無い、俺の直観が奴らの襲来を語っている。
「まさか地下からッ!」
あの地底湖は何処かで地上へとつながっていたのだろうか。そしてそこから奴らが押し寄せて来たのだ。
「……」
俺は帰る。生きて帰ると誓ったのだ。
だが、体は勝手に地下へと向かっていた。
奴らが溢れているであろう地下へと。
揺れはドンドン近くなってくる。
悲鳴はとうに途切れている。
槍を握る手に力を込める。
「一撃だ、一撃だ」
口の中でブツブツと独り言をつぶやきながら集中力を高めていく。
狭い通路をひた走り、下へ下へ。
奴らならつっかえてしまいそうな通路だが、奴らの力は強靭だ、岩盤程度バターを切り裂く様に押し広げていくかもしれない。
そう、奴らの力は強靭なのだ。
今までこのコロニーが平和だったのは、単に運が良かったからに過ぎないのだ。
「一撃、一撃」
最短で、最速で、真っ直ぐに。
即座に危険を排除して皆の元へと戻らなくてはならない。
悪い予感は止まらない。
「一撃、一撃」
吐き気をもよおす、嗅ぎ覚えのある匂いが鼻について来た。
間違いない、奴らの匂いだ。
「一撃、いち――」
壁が崩壊し、そこから奴らが顔を出す、俺はばね仕掛けの人形のように振り絞った槍を突き出した。
機械の様に正確にそして弾丸のように最速で放たれたそれは、奴の8つある目の一つに突き刺さる。
「シュッ!」
そのまま抉って突き戻す。
硬くて分厚い頭蓋骨を破壊した槍は、その中におさめられている柔らかな脳を存分にかき回し、奴の生命活動を停止させる。
「次ッ!」
視認できるのは取りあえず2体、狭い通路に重なり合うように並んでいる。
壁を破壊しながら振るわれる奴の攻撃を紙一重でかわし、無防備に開いた奴の脇に槍を抉り込む。
ずぶりと突き刺さった槍が、奴の筋肉に絡み取られる前に捩じり抜き、返す刀でもう一匹の目を抉る。
今度は浅い。
だが、焦らず、慌てず、確実に。
一撃で駄目なら二撃、二撃で駄目なら三撃、確実に戦闘力を奪い取る。
「ちッ! 多い!」
奴らは次から次へと壁を食い破りながら現れる。いつの間にかまるでここが奴らの巣になったような気分だった。
「死んで――たまるかッ!」
俺は帰る、生きて現世に帰ってやる。
その思いを胸に槍を振るう。
矛盾した行動だ、生きて帰る事が目的ならば、こんな危険な所に飛び込む必要なんてありはしない。
だけど……。
だけどッ!
「うおおおおおおおッ!」
極限の集中は奴らの動きをスローにする。
ショベルカーのような腕をかわし、ついでにそれを切り落とす。
鞭のように振るわれる尻尾の軌道を反らし、同士討ちさせる。
案の定奴らの群れに囲まれてしまったが、今の俺には奴らの動きがはっきりとわかる。
「そう簡単に捨てられねぇんだよ!」
わずか一週間かそこらだが、ここにはたくさんの思い出がある。
ハムドさんたち採掘班の皆は、穴掘り作業に不慣れな俺を優しく、時に厳しくカバーしてくれた。このコロニーにおいて宝とも呼べるツルハシを壊してしまっても、お前の力じゃ仕方がないと笑ってくれた。
マーシャさんたち食料班の皆は、ただでさえカツカツの状況なのに、なんの文句も嫌味も言うこと無く、闖入者である俺の分まで何とか食事をやりくりしてくれている。
カリヤさんたち被服班の皆は、遺跡から発掘して来た虎の子の素材で、俺の服を補修してくれた。
ミレイとコカの双子は、始めは俺の事を遠巻きに眺めているだけだったが、今では実の兄妹の様に接してくれる。
そしてエミさん。ここのリーダーである彼女は、そのか細い両肩に、コロニー23人の命運というあまりに重いものを背負いながらも、太陽のような暖かで俺を優しく包んでくれる。
「やらせるか! これ以上やらせるもんかよッ!」
心は煮えたぎるマグマのように熱く、だが頭は不思議なほどに落ち着いていた。
自分の中の冷酷な自分が、極々淡々と作業の様に奴らを狩り続けていた。
だが――
「くっ、ここまでか!」
だが、地下通路の方はそうはいかない、度重なる戦闘のダメージに、ついに天井が崩落し始めた。
「邪魔だ!」
俺は背後を囲んでいた奴らを蹴散らすと、一目散に逃げ出した。
時間は十分に稼いだ……と思う。
奴らの数も幾ばくかは減らせたはずだ。
だが。
だが。
ここは地下であったから成り立っていたコロニーだ。それがこの家を捨てて上手く暮らしていけるとは思えない。
「くそったれ!」
俺は声を荒げつつも上を目指す。
久しぶりの不毛の大地。
岩と土だけで構成された茶褐色の世界。
だが、そこは……。
「なん……だ……」
腕が散らばっていた、足が散らばっていた、内臓が散乱していた、頭が転がっていた。
大地は溢れ出す血を吸収しきれず、血の池が広がっていた。
「なんだーーーーーーーーー!!!!」
ごろりと転がった死体の山はどれもかれもが見知った人達
ついさっきまで一緒に働き、食事をし、笑い合ってた人たちだ。
その中には、最も印象的な彼女の頭部もぞんざいに転がされてた。
「ーーーーーーーーーーーッ!」
血だまりの行きつく先。
そこには、いつか見た小山のような奴が外に逃げた皆を貪り食っていた。
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