第20話 不安定な日常

 いつも通りの風景が広がる。

 毎日お決まりのように教卓を囲んで喋るお調子者トリオや、教室で飼っている亀をつつきながら戯れる動物好きな生き物係、お昼時だというのに弁当も食べず黙々と勉強する者、様々だ。

 そんな中、加藤は前の席の小森と後ろの席の寒川、3人で机を合わせ弁当を食べていた。


「3人で食べるのは久しぶりだなー。俺は寂しかったぜぇ」

「だな。まぁ、お前は寂しそうには見えなかったがな」

「ご心配おかけしました。次からは、御神木以外の木に登るね!」

「こ…懲りてねぇ……」


 昔からヤンチャだったことを知っている加藤にとっては、変わらぬ天真爛漫さにホッと一安心する。

 午前中は地獄の英語、数学コンボに打ちのめされ、意気消沈していた加藤ではあったが、この日常が何よりも自分を癒してくれることに気づかされる。


「ところで聞いたか? 1年の話、危うく事故になりかけたらしいなぁ」

「1年がどうかしたのか?」

「加藤君、知らないの? あっ、昨日休んでたもんね」

「寒川さんも休んでたんじゃないのか?」

「私は友だちに聞いたよ?」

「へいへい、俺には友だちなんていませんよ」

「バッカヤロウ! 俺がいるだろ?」

「教えてくれなかったじゃん」

「そりゃあ、遅刻ギリギリだったお前が悪い」


 小森は加藤にとって大切な親友であり、それはお互い知ってのことだ。

 だからこそ、この光景は寒川にとっても微笑ましい日常といえる。

 

「加藤君、拗ねないの〜」

「拗ねてねぇ」


 加藤が遅刻ギリギリだったのは、華月と話していたからだ。

 今や加藤にとって、妖怪も陰陽師も非日常では無くなっていた。

 だからこそ、もっと華月の事を知りたく思う。

 それは、華月に魅力された加藤にとっては、突然のことであった。


「仕方ないなぁ、教えてやるよ。おっと、先に言っておくが、お前の彼女は無事だよ」

「誰だよ、彼女って」

「三木さんの事だよ。私でも分かるのに」

「いやいやいや、ないから。彼女ではない!」

「あのなぁ〜、幼馴染とかなら兎も角、今年春に入学してきた新入生で、まだ8ヶ月しか経ってないんだぜ? 彼女じゃないなら、どうしてあんなに仲良いんだよ?」

「それは……色々あるんどよ」


 加藤は4月のことを思い出しながら、苦笑いする。

 寒川も小森も詳しいことは聞かない。

 お互いの信頼関係があるからこその雰囲気がそこにはある。


「で? 1年がどうしたって?」

「ん? あぁ、遠足先で遭難しちゃったみたいなんだ」

「遭難?」

「うん。私たちも去年行った錐揉きりもみ山の登山行事で起きたみたい」

「遭難するような場所だっけ?」

「なんか、突然の霧で方向が分からなくなったんだって」

「ふーん。それで?」

「結局、見つかったんだけど、原因は分からないままなんだって。方位磁石もクルクル回るだけで頼りにならなかったみたいで、皆泣いてたって聞いたよ」

「山での遭難は怖いからなぁ。それにしたってよ、そんなに大きくも高くもねぇ山なのに、まっすぐ歩いてりゃそのうち下山できんだろ? 俺は去年そうしたぜ」

「確かに……」


 加藤の頭の中に妖怪の2文字が思い浮かぶ。

 完全に妖怪脳になりつつあることに首を振り、この件は大人たちに任せることにする。


「俺からも三木に聞いてみるよ」

「おぅ。でも、こうなると来年からは中止になるかもなぁ。山頂に着いた時の達成感が最高なのによ」


 こうして、お昼時は終わりを迎える。

 次の授業は体育ということもあり、そそくさと食事を済ませた一同はグラウンドへの向かう。

 多くの人間が一つの場所に向かう様は壮大だが、ダラダラと話しながら向かうその姿を考慮すると、やる気のない軍隊の見習い兵のようだ。


「よぉーし、集まったな。今日の体育は野球だ!」


 と意気揚々と声を上げた体育教師"岡部太郎"だったが、その数十分後には雨が降り始め、野球は1回の表で終了となった。

 とはいえ、体育の授業を休みにする訳にはいかず、1年が使用している体育館の半分を借りる運びとなった。

 蛍雪高校の体育館は広く、野球はできなくともバスケやドッジボールくらいはできる広さが半分でもある。


「今日は雨降るって言ってたっけ?」

「さぁ」


 加藤にとって球技な種目に含まれる。

 ボールを投げることに対して、この上なく苦手としており、野球はバッターとしてならそこそこの適応はできていた。


「ドッジボールもバスケットボールも嫌いだ」

「お前、ボールに手を触れる競技はダメダメだもんなぁ」

「2人とも頑張って!」


 そんな加藤と小森に向かって、寒川は声援を送る。

 女子は何をしていても良いらしく、壁にバレーボールをぶつけて練習する者、端の方でドリブルの練習をする者、様々だ。

 

「さぁ、ばっちこぉい!」


 体育館に響く声は、スポーツ好きの熱血男子でもなければ、ノリのいい女子でもない。

 低学年でありながら、ドッジボールの陣地のど真ん中を陣取り、腕を組んで敵チームを睨みつける小柄な女の子は、敵チームの背後……外野でたむろっていた加藤にウインクを送る。


「あの野郎……」

「相変わらず、モテモテだなぁ。羨ましいぜ、加藤」

「あのなぁ……」


 加藤からソッポを向かれても、何一つ表情を変えず、相手を見据えるその姿は、まさしく白虎の如きオーラを放っていた。

 そんな三木は、実は器械運動の授業の真っ最中。

 体育館のもう半分の領域では、各自がマットの上で前転や後転を繰り広げている。

 しかし、自由時間となり、先生の目が離れた隙にコチラに紛れ込んだのだ。


「戦いはこれからなんだよ!」


 体育館に響く三木の声は、男子の群れの中一際目立ち、あっと言う間にお縄になった。

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