第15話 人の想い、妖怪の想い
光が消えた後、加月がいた場所には人影はなく、跡形もなく消えていた。
まるで初めからそこには誰にもいなかったかのように、静寂に包まれる。
「まともにくらったら、この体もただではすまないぞっ」
次の瞬間、先ほどの陰陽術を放ったと思われる手で印を結んでいる大男の陰陽師の目の前に加月が現れる。
肩まで伸びた黒銀の髪が揺れ、その髪からは蒼い眼を輝かせながら、相手を睨む
そしてそのまま、手に持った刀を腹部に向けて切り上げる。
その気迫に押され、大男の陰陽師は一歩も動くことができない。
「ぐっ……」
「まずは1人……」
しかし、加月の向けた刃は、護符で作られた小さな陣に防がれる。
大男と加月の間に、リーダー格の陰陽師が割って入っていた。
「北広……油断しすぎだよぉ。帰ったら、罰ね」
「ほぉ……やるな」
「その人間の体が消し飛ぶ威力だったのは認めるよぉ。けど、お前なら避けると思ってたからねぇ」
「それは光栄だが、もし避けられなかったらどうするつもりだ?」
「どのみち妖怪に手を貸す人間だ。どうとでも理由はつけられる」
「貴様……人の道も離れるつもりか?」
「妖怪を滅せられれば、それでいいんだよぉぉ!」
「くっ」
今までにない殺気を向ける陰陽師に、加月は押し返される。
宙に浮く加月の体に向けて、陰陽師は、もう片方の手に握られていた護符を投げる。
予め用意されていた護符には、他の護符よりも複雑な術式が書き込まれていることは一目瞭然だった。
「きえろぉぉぉ!!!」
「ちっ……」
加月の腹部に当たった護符は大きな爆風を生む。
加月は煙の中に消え、周囲には赤い血が飛び散る。
(くそっ……少年の体は傷つけられないし、まだまだこの体にはなれん。が……約束だけは果たさせてもらうぞ)
煙の中から、刀のみが勢いよく飛び出る。
あまりの一瞬の出来事に誰も反応できず、その刀は対象を貫く。
貫かれたのは、陰陽師ではなく、寒川の脳天だった。
「なっ……き……キサマァァァァ」
「……」
奇声をあげ、体が溶けていく寒川を、陰陽師たちは呆然と見つめる。
ただ1人……リーダー格の陰陽師を除いて……
「滅っ!! 消えろぉ!」
加月の足下に大きな陣が現れる。
次の瞬間、先ほどとは比べ物にならないほどの大きな爆音と眩い光が周囲を包む。
「あああぁぁぁ……こ……これで契約は……果たし……」
加月はその場で倒れ込む。
「ちっ……中身は取り逃したか」
こうして辺りには、本当の静寂が訪れたのであった。
***
目が覚めると、そこは白銀の世界だった。
とはいえ、加藤にとって、それはロマンチックな光景ではない。
雪が降ることは特に珍しいことではなく、毎年のことだからだ。
昨晩、雨が雪に変わり、朝までに積もったのだった。
「ここは……」
窓の外の雪景色を眺めつつ、使い慣れたベッドの感触を確認する。
見慣れた机、加藤がいる部屋は間違いなく自分の部屋だった。
「いてて……」
体中が痛い。
ベッドから降りるのに10分もの時間を擁し、やっとのことで立ち上がる。
1階に降りると、そこには加藤の母親が料理を作っていた。
いつもと変わらない光景に加藤は安堵する。
「母さん」
「起きたのね!!」
「え……?」
「警察の方が、道で倒れている駿を見つけて、連絡をくれたのよ」
「警察が……?」
「警察の方は病院まで連れて行ってくれたんだけど、見た目はボロボロの割に大した怪我じゃなかったってことで家に帰してもらったのよ」
「そっか……」
「ほら食べなさい」
目の前には、いつもの美味しい手料理が並ぶ。
考えてみれば、昨日から何も食べていないことに気付き、加藤のお腹が大きく鳴り響く。
毎日の何気ない日常、しかしいざ久しぶりに体験するとこれほど新鮮な物はない。
「いただきます!」
「良い食べっぷりね」
頭とは裏腹に、箸が進む。
懐かしく、そして美味しい味が口の中に広がり、いつもの日常が戻ったことを実感する。
穏やかに流れる時間は、全てが終わったかのような緩やかな日常の香がする。
「そういえば、寒川さんの娘さん、よかったわね」
「え……?」
「寝たきりだったらしいけど、目が覚めたらしいわよ」
「寒川さんが……?」
「ええ、駿にもお礼を言っておいてって言われたわよ」
「いや~俺は何も……して……」
「どうしたの?」
加藤の頭の中には、華月の姿が思い浮かぶ。
最後に感じた、後ろから抱きしめられたのような温かさ。
そして耳に残る言葉……
”約束だけは果たさせてもらうぞ”
目覚めた今、寒川は助かり、約束は果たされていた。
「……母さん、ちょっと行ってくる!」
「え!?」
「すぐに戻るから! ごちそうさま!」
加藤の足は、深山神社の方へと向かう。
何故か、加藤は早く会わなければならない気がした。
辿り着いた深山神社の中には、ひっそりとした境内、そして折れた御神木があった。
いつもと変わらない深山神社の姿がそこにあった。
「くそ……どこにいるんだよ……」
今までも狙って白銀神社に辿り着いたことは一度もない加藤は、路頭に迷っていた。
そんな加藤に、背後から人影が近づく。
「あなたは……由利さん?」
「加藤さんですね。 華月さんに会いたいのでしょう?」
「え……?」
「連れて行ってあげましょうか?」
「本当に!? あっ……」
つい大きな声をあげてしまい、加藤は慌てて口に手を当てる。
その姿を見て、由梨はニコリと微笑むと、ついてこいとでもいうように歩き始める。
「
「え?」
しかし、そんなことなどどうでも良いと加藤は感じてしまった。
なぜなら、そこには見覚えのある鳥居が立っていたからだ。
目の前に見えるその古びた鳥居に、加藤の心臓の鼓動が高鳴る。
「お行きなさい」
「ありがとうございます!」
こうして、加藤は鳥居の中に足を踏み入れた。
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