第9話 契約の意味
目の前に現れた華月は、緋袴を翻しつつ加藤に近づく。
「
緋袴を指でつまみ、おどけたように少したくしあげる。
掴んだ袴を放し、華月は加藤の方を見つめ、話し始める。
「正直に言うが、君との体の相性は最悪だな」
「え?」
「一時的という契約条件だが、正確な時間を決めていなかっただろう? 私からすれば、100年でも一瞬だ」
「何の話だよ……?」
「だが、相性が悪すぎて長時間の憑依は難しいようだ」
契約とは加藤が華月と結んだもので、その内容は
”友達の寒川を助ける代わりに、一時的に体を貸す”
というものだった。
「俺の体を借りる? 憑依?」
「襲ってきた妖怪を倒してやったのに、感謝もなしか?」
「あ……」
足がバッタのように曲がり、舌が長い妖怪に襲われていたことを、加藤は思い出す。
そして、華月の声が聞こえ、安心して気を失ってしまったことも思い出せた。
「えと……ありがとう。助かったよ」
「良い子だな」
「なぁ……あんたのこと、教えて欲しい」
「……いいだろう。教えてやろう」
華月はそう言い放つと、本殿に向かって歩き始める。
その後ろ姿はやはり妖艶で、この世の物とは思えない美しさだ。
「私は、この神社にもう何百年もいる。あまりにも長すぎて、正確な時間は覚えていないのだがな」
「なんびゃく……? それ……って……人間じゃない……?」
「あぁ……私は妖怪だ。それもただの妖怪ではない……」
華月は立ち止まり、振り返ったかと思うと、不敵な笑みを浮かべながら、加藤に一歩一歩近付いてくる。
あまりの迫力に加藤は足が震え、そこから微動だにすることができなかった。
華月は加藤のすぐ目の前まで近寄ると、右手を加藤の方に伸ばす。
「何と言っても、私は大妖怪だからな」
「え……」
やられると思い身構えた加藤の腕を掴み、華月は本殿に引っ張る。
体中の緊張が解け、前へと加藤は歩きだす。
「どうして、こんなところに何百年も?」
「この神社には結界がはっていてな。出られないのだ」
「でも、好きな場所に鳥居出せるんですね」
「ここに私を閉じ込めた奴は知り合いでな。それくらいの自由はもらえた」
本殿内には、机や座布団があり、意外と快適な状態が保たれていた。
何百年も経過しているとはとてもじゃないが思えないほど奇麗だ。
「その巫女服は? 巫女服着た大妖怪なんて聞いたことないですけど……」
「この服は私を閉じ込めた小僧がくれた。この服を着ていると妖力が使えないそうだ」
「小僧って……」
「実際に小僧なのだから仕方ないな。所詮、人間は短命だ」
「なるほど……ちなみに妖力って?」
「妖怪が使う力らしいが、私も詳しくは知らん」
「えぇ!? 自分の事なのに?」
「君は毎日息をしていると思うが、どうやって息しているかまで知っているか?」
「うーん、確かにそうねぇ……」
華月はいつもの特等席だと言わんばかりに、最も奥に敷かれた古びた座布団に座る。
加藤は遠慮気味に中央の比較的奇麗な座布団に座る。
「現に、私はここでは刀を出すこともできない」
「妖刀ってやつですか?」
「そうだ。ちなみに私を閉じ込めた小僧は、この神社の名付け親でもある」
「白銀神社ですか?」
「そうだ」
「仲良かったんですね」
「まぁ……普通の人間よりはな」
何百年もここにいるという事実は、加藤にとって心が張り裂けそうになるくらいの苦痛であることを示していた。
「誰も来ないんですか? ずっと1人……?」
「何を言っている? 君がいるではないか」
「あっ、そっか」
「まぁ、面白い来客など久しぶりだったのは確かだがな」
華月は真っすぐと加藤の方を見つめる。
その蒼い目は、薄暗く僅かな光がロウソクしかない本殿内では、とても美しく見える。
「えと……契約の続きですけど、寒川さんのことは助けてくれるんですよね?」
「また君の体を借りることになるがな」
「そ……それは構わない。けどいつ助けてくれるんだよ?」
「気分が乗ったらな」
「え……?」
「君の友達を助けたら、契約が終わってしまうからな。せっかくの体なのに」
華月は不敵な笑みを浮かべて加藤を見る。
やはり妖怪は妖怪だと、加藤は唾を飲み込む。
「まぁ、助けてやるのは本当だ。焦らず待っていろ」
「く……」
それだけ言うと、華月は立ち上がり本殿の入り口に向かう。
それと同時に、外から数人くらい団体から発せられたであろう幾つもの足音がこだまする。
「またうざい客が来たな……」
「え……?」
華月に続いて本殿を出ると、鳥居から本殿に向かって歩く全身を黒い装束で身を包んだ5人の集団がやってくるのが見えた。
あまりに黒すぎて、闇に紛れてしまっている。
「よぉ、くそ妖怪。人間と接触するなんて良い度胸じゃねぇか?」
「今ここで滅してもよろしいのですよ?」
黒い装束の集団は、その手に護符を握り、華月を睨みつける。
陰陽師は妖怪を滅することが仕事だが、それにしては大切な人を妖怪に殺されたと錯覚するほどの狂気を帯びていた。
しかし、陰陽師といえば、白い装束のイメージがあった加藤から見ると、異様な光景だった。
「この人間とは世間話をしていただけだ」
「おいおい、嘘つくのはやめなよ。てめぇが、人間に憑依して妖を倒したことは分かっている」
「ほぉ、情報が早いな」
張り詰めた冷たい雰囲気に、加藤の心臓が止まりそうになる。
白銀神社は、今戦場と化そうとしていた。
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