蒼銀華月の夢模様

城屋結城

第1章 動き出す刻

蒼銀の巫女

第1話 邂逅

―私は覚えている。


「たぁぁぁ~~まぁぁぁやぁぁぁ~~~」


 山の中腹辺りに本殿を構える神社で、小さな少女が口元に手をあて、空に向かって叫んでいる。

 少女の声は辺りに響く爆音に掻き消され、周囲が一瞬静寂に包まれる。

 それだけではなく、空には大きな花が咲き、辺りを色鮮やかに染める。


「私、おっきくなったら……」


***


 太陽は春夏秋冬など何処吹く風と言わんばかりに人々を照らす。

 良い天気ではあるが、時期が冬ということもあり、風は容赦なく人々の肌を切り裂く。


「だぁぁぁ……遅刻するぅ……」


 全力で走る少年は、山の上に位置する蛍雪高校の生徒だ。

 冬休みが間近に迫り、多くの生徒が定期試験の準備をしている。

 が……ごく僅かな生徒は、だらけきった生活を送っている。

 そんな彼も、ごく僅かな生徒に含まれる。

 彼の名前は加藤駿かとうしゅん、文武共に平凡な高校生だ。


「近道近道!!」


 学校のある山は螺旋構造のように山に沿って坂が続く。

 ということは、必然的に山の頂上に直進する方が近いのは間違いない。

 しかし、舗装されていない道を走るのは想像以上に大変である。

 さらに、クマやイノシシ等の危険もあるため、あまり行わない方が良い。


「くそっ……足下が不安定だ……こけないようにしないと……」


 大きな木々が生い茂り、太い根が地面に交互に編み込まれている。

 一度迷いこんだら視界が木々で埋め尽くされ、まるで屋久島のような神秘的な雰囲気が漂う。

 この山は、その昔大きな神社があったとされている。

 古い絵巻などにはそう書かれているそうだ。

 だが、この町の人でも、見たことのあるものはほとんどいない。


「あれ……あんなところに鳥居……?」


 山の中腹辺りまで我武者羅がむしゃらに走っていると、薄暗い木々の中に鳥居が存在することに気付く。

 木々の中にひっそりと佇むその鳥居は、何百年もそこに鎮座し続けているような古っぽさが漂いつつも、周囲の景色からは少し浮いているようにも感じる不思議な光景と言える。

 ここまで木々の根で覆われた道と比較して、鳥居に続く道は砂利道であり、歩きやすい道となっていた。


「よし、あそこを通ろう!」


 方向転換し砂利道に入り、鳥居へと突き進む。

 鳥居の先には、こじんまりとした神社の境内が広がっていた。

 朝なのに薄暗く、木造の神社をより暗く見せる。

 そのうえ、人気はなく静けさだけが強調されている。

 故に、小さな言葉でも耳に残る。


「ほぉ……人間が迷い込むのは珍しいな」

「え……?」


 鳥居からのびる参道は裏手まで続き、右手には小さな本殿、そして本殿には1人巫女が立っている。

 身長は160 cm程度で、流れるような銀色の髪をしている。

 男子高校生の平均身長は170 cmなので、加藤よりも巫女の身長は少し低い程度だ。


「君はどうして急いでいるのかな?」

「えと……遅刻しそうなんで……」

「ガッコ―というやつか? 楽しそうで何よりだ。青春を謳歌しろ、青少年」


 美しい銀髪を風になびかせつつ、学校に続く裏道を指さす。

 巫女装束は風でフワリと膨らみ、あおい眼は少年を真っすぐと見つめている。

 その蒼眼そうがん、銀髪の姿は美しく、一言で表すなら蒼銀そうぎんの巫女と言えるだろう。

 そして、その佇まいには長年の経験が伴っているように見える。


「はぁ……こんなところに神社なんてありましたっけ?」

「ん? あぁ……ここは昔からある由緒正しき神社だ。参っていくと良い」

「えと……作法なんて知らないんだけど……」


 神社では手を叩き、寺では音を立てずに手を合わせる。

 それくらいの知識しか持ち合わせていない加藤は、どうすれば良いか分からず視線を泳いでしまう。


「作法……? うむ、気にするな。そんなの適当でいい。というか私も知らん」

「え!?」


 開いた口が塞がらないとはこのことだろうか?

 加藤は口を少し開けたまま、何言えば良いのか考えあぐねていた。


「遅刻するのではなかったのか?」

「あ……えと、また後で参りに来ます、すみません!」

「後で? ふむ…後でか……」


 蒼銀の巫女は顎に手を当て、考える仕草をする。

 緋袴の赤が銀色の髪で映える。


「悪いですか……?」

「いや……では、また会おう」

 

 加藤は、軽い笑みを浮かべたその姿に、目が釘付けになっていた。

 そんな加藤を他所に、巫女の瞳はピクリとも動かない。


「では、大サービスだ。近くまで送ってやろう」

「え?」

「とりあえず、急げ」

「あっ、はい!」


 加藤は短い脚を精一杯回し、裏手へと走る。

 蒼銀の巫女は、コチラを見つめたまま、その場を動かない。

 こうして、神秘的な雰囲気に背中を押されつつ、加藤は鳥居を抜ける。

 その先に広がっていたのは……


「え…ここって……」


 高校生なら誰でも見覚えのある場所……蛍雪高校の校舎裏だった。

 見慣れた景色を不思議がりつつ、加藤は辺りを見回す。

 変わったところは何もなく、登校中の生徒の喋り声が響く。

 もう、背後には鳥居の存在さえなかった。


「どうなってんだよ……」


 何はともあれ、遅刻確定だったはずの加藤は、遅刻を間一髪免れたのであった。

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