勇者小隊7「北部回廊の戦い(前編)」


 人はける、

 未来へ向かって───


 英雄はける、

 栄光へ向かって───


 勇者はかける、

 希望へ向かって───




 ならば軍人は…?

 どこへ向かう──────




 低い気温の中、動き続ける男たちの体温が湯気となって立ち上る。

 密集隊形は、人の体温をこもらせ冬が近づく季節だというのに、そこはまるで真夏のようにうだる暑さだ。


 そこを吹き抜けていくのは…冬の海と、冷たい海流と、湿地で冷やされた湿度を帯びた風──

 それは、腐りきれない泥炭の独特の臭気を伴って兵士たちの間をすり抜け、束の間の清涼を与えていた。


 密集隊形を組むのは…

 連合軍先端兵力、商業連合ギルド傭兵部隊。


 不揃ふぞろいの鎧兜に、御揃おそろいの大盾と長槍。

 兵士の内幾人かは、所属を高らかに示すべく軍旗をはためかせていた。


 ──商業連合ギルド所属を示す、巾着きんちゃく袋と剣を天秤てんびんに乗せたデザインの旗印。


「足を止めるな! まいへ! まいへ!」

 傭兵部隊の隊長が声をらして叫ぶ。


 指揮官というには、いささか若すぎる気もしたが──彼で確か……3人目の隊長だ。


 3人?

 1人目、2人目はどうしたかって?


 多分、隊列後ろの方で、兵隊に踏まれてズタボロになってるよ。


 ザッザッザッザッザッザッザッザッザッ!!

 ザッザッザッザッザッザッザッザッザッ!!


「槍ぃぃぃ、そのまま! 右翼と左翼は敵の伏撃に備えよ! 軽装騎兵は側面を警戒・援護!」


 戦術も何もあったものではない。

 盾と長槍を主装備とした兵士が横一杯に広がって砦に迫りつつある。

 弱点となり得る側面を少数の騎兵に守らせての、ただの力押しだ。


 砦は主門が大きく破壊され、堀は撒き散らされた土砂によってなかば埋まっている。

 防御施設は大きな損傷を受けているらしく、覇王軍の反撃は今のところ散発的。


 時折思い出したように矢が降り注ぐが、盾の集中運用で被害は軽微けいびだった。


「敵は浮足立っている! いけるぞ! いけるぞ!」

 指揮官は、まるで自分に言い聞かせるように兵を鼓舞こぶしている。


 実際、抵抗らしい抵抗はなく順調そのもの。

 指揮官は胸をなでおろしていた。──当初聞いていた噂…弾除けにされるという話も、どうやら杞憂きゆうに終わったらしい、と。


 それもこれも勇者のおかげだろう。


 分厚い正門はぶち破られて、だらしなくその残骸をさらしている。

 跳ね橋も、基部から破壊されてどこかへスッ飛んでいったそうだ。

 かわりに、何か巨大な岩でも落ちたかのように──すり鉢状に開いた穴と、そこから巻き上がった土砂が堀を埋め立てていた。


 強引そのものだが、それだけに強力無比…

 覇王軍もロクな抵抗ができなかったに違いない。


 そのことは砦の敵防衛兵力の漸減ざんげん具合からも分かる。

 今、時折行われる反撃は、タダの孤立兵力がヤケクソになってるだけだろう。


 ──勇者の突撃は功をそうしている。


 その周囲を固める勇者小隊も砦に突入し、かなり奥へと踏み込んでいったらしい。

 おかげで抵抗らしい抵抗を受けないのは良いのだが…


「いいぞ! 正門突入時は、隊列変換、最右翼から縦列──3列縦隊を作り突入。突入後は右翼に再度、横隊を作れぃ!」


 大部隊であるがために、動きは単純化する。


 そのため、簡単な指示に終始し…戦術もくそもない、ただ兵の圧力でもって覇王軍を圧迫していくのだ。

 すぐさまラッパと手旗信号で指示が伝えられ、下士官が周囲の兵を統率する。そして指示から少し間を置いて、隊列がウニョウニョと生き物のようにうごめき始めた。


 最右翼から三人目までが前進を続け、残りの隊列はその場で足踏みを続ける。


 横隊からの縦列行進への切り替えだ。

 

 

 ザッザッザッザッザッザッザッザッザッ!!


 

 砦正門は破壊されているとは言え、木製の城壁はまだまだ健在で横にズラッと並ぶ。さらに堀も半ば土砂で埋まっているとは言え、湿地から流れ込んでいる水のせいで泥濘でいねい化し、歩兵の足を奪う形となっている。


 都合、渡渉可能な場所は、勇者が突破した狭い正門跡のみ。

 その破壊痕に隊列が集中する。


「急げ! 総員駆け足ぃぃぃぃ!!!」


 ザッザッザザンザンザンザンザンザンザンザンザンザン!!


 縦列変換中の隊列を含め、足踏みで待機中の横隊の兵も同じく足踏みのまま駆け足だ。

 縦列だけに駆け足を命じるのが効率的なのだろうが、悲しいかな…そこまで細かい指示は難しい。

 下手に隊列変換の縦列のみに指示を与えるなら、兵隊に直接指示を与える下士官の存在が絶対不可欠なのだが、傭兵部隊はその下士官の絶対量が不足していた。


 おまけに、指揮官も変更したばかりで細かい指示にれていないというのも大きい。


 仕方なく、全部隊の駆け足で対応。

 こればかりは…兵の消耗が激しくなるが仕方がない───


「隊列先端…砦の内部へ突入します」

 指揮官交代前から彼らにつかえている傭兵部隊に付く副官が応えた。

 彼だけは最初から副官のまま、上級者の交代を真横で見続けていたが…


「よし、間を置くな! 全軍突入! 突入後は横隊へ移行、じ───」


 ッ


 ボォォン!




 ……───




 と、軽い破裂音…


 ……


 …


 ベチャ…ドンゴロゴロゴロ…


 ズシャァ───


 軍馬にまたがっていた指揮官が、疲れ切った走者のごとく……力なく地に落ち、伏せる。

 コロコロと転がる頭部は、なにが起きたか分からない様子で、泥にまみれながらもまぶたについた泥を鬱陶うっとうにして、払おうとしきりにまたたく。


 副官は茫然ぼうぜんとして、指揮官の首と胴体…そのどちらかに駆け寄るか一瞬迷い──────無視した。


「───ッ、狙撃だぁぁぁっぁぁぁ!!!」


 彼は懸命だ。


 狙撃警報をうながすと、自らも地に伏せる。

 指揮官の体を盾にして、砦の方向をうかがうと…倒壊寸前のやぐらに複数の人影。

 覇王軍の遊撃魔法兵か…


 いや、もしかすると…覇王軍の精鋭──古魔導コマンドゥ部隊かもしれない。


 ──度々うわさになっていた古魔導コマンドゥ部隊の存在。


 本来、魔術師は…文にひいでて身体能力に欠けるというのが常識。

 だがそれをくつがえすべく、その魔術師を近接戦闘職並みに鍛え上げたのが、件の精鋭部隊。


 ──古魔導コマンドゥ部隊。


 魔術で無音を生み、連合軍の要所に浸透し複数で詠唱した魔法をもって破壊工作を行う。

 または、潜入し後方でのんびりと過ごす指揮官を暗殺するなどの離れ業をやってのけるほか…

 要人誘拐、盗聴、後方かく乱───となんでもござれだ。


 魔術師の育成にも方法は多々あるが、こうまで軍のシステムに則った部隊の編制というのは、覇王軍が初めてだろう。


 不可能を可能にするかの如く、従来の常識など金繰かなぐり捨てている。


 …そして、今も多重詠唱による遠距離狙撃を成功させた。


 予想でしかないが…氷柱を風魔法で速度を増幅し、遠見スコープなどのスキルや魔法と組み合わせたものらしい。

 ──らしい、というのは、当然ながらその仕組みが連合軍には理解できないからだ。

 状況と、目撃証言から理論上は可能である、との結論でしかない。

 実際は、とんでもない勘違いをしている可能性もあるが、他に推論の立てようもない。


 いずれにしても分かっていることは、指揮官が覇王軍によって狙撃され…これで3人目の損害だということだ。


 傭兵部隊を指揮する、将校待遇の雇われ兵は非常に数が少ない。


 多少の横のつながりはあるとは言え、所詮は寄せ集めにすぎない傭兵部隊である。

 指揮系統も指揮官もバラバラ、それを実績や能力から、選出した隊長を、それぞれの部隊指揮官として割り振っているだけにすぎない。


「つ、次の代理を!!」


 目の前でパチパチとまばたきする3人目の指揮官の首を間近に見ながら、副官は物陰指揮官の死体に隠れながら、後方へ伝令を送る。

 彼と、その子飼いの兵は商業連合ギルドから派遣されたお目付け役だ。

 所属は商業連合ギルドお抱えの正規軍部隊、装甲警備会社PMCの督戦隊ですらない…本職は商人で、ただの大店の番頭ばんとうだ。


 当然ながら、部隊の指揮能力は乏しい。──乏しいが…実員の管理能力に優れているとして無理やりこの位置にいるわけだ。


 実際彼からすれば、いい迷惑。

 どう見ても連合軍の露払い…いや、ただの弾除けに使われているであろう傭兵部隊の副官だ。


 多分、この部隊の損害は恐ろしい数字を叩きだすだろう。

 なんとか自分の身を守りたいが…

 この状況では、生き残ることが極めて難しいと言わざるを得ない。


「早くしろ!!! 今すぐ次席の指揮官を引っ張ってこい! 突撃した部隊が止まらなくなるぞ!」


 副官は、柄にもなく大声を張り上げる。

 突撃指示のあとに…指揮官の戦死だ。


 現状、突撃以上に指示は出ていない。

 このままでは、現場が判断・・・・・を下さねばならなくなる段階まで、誰も彼も止まらなくなる。


 これを適切に指示ができるのは次席の指揮官なのだが…

 多分、3度目の狙撃を見て──および腰になっている。

 早々、自ら指揮を買って出るなどあるまい──


 それ故、もう一人この状況を打破できる存在がいるのだが…──要するに副官のことである。

 彼には緊急時には臨時に指揮を執る権限があった。

 ──あってしかるべきなのだ。


 だがやらない。

 やってたまるものか。


 指揮官を持ったが最後…

 狙撃されて、そこらに転がる間抜けな指揮官連中と同列に並ぶことになる。

  

 そして、実際のところ…

 この場では、傭兵部隊の実質的な指揮官は副官であった──が、彼は命を惜しんで絶対に目立つ真似をとることは避けていた。


 それも徹底的に。


 乗っている馬も、そこらの軽装騎兵と同じ。

 鎧兜も同様。


 旗?


 持つわけねーだろ。


 目の前で生首を晒している3代目指揮官の、瞳孔どうこうが開いていく。

 ようやく天に召されるようだ。

 生首になってから、数十秒……意外と首だけでも死ねない様だ。


「副官殿! お連れしました!!」

 商業連合ギルドの実働部門から選抜された副官の子飼いの兵が、大柄の男を引きってくる。

「放せ! はなせぇぇ!! ふざけるなよ!」

 見苦しくもジタバタと暴れる男は、使い古した兜と、野蛮な毛皮製の鎧もを身に着けた──どう見ても山賊にしか見えない巨躯だった。


「そう、怒鳴らないでいただきたい。コホン……指揮官殿、仕事の時間ですよ」

 ようやく起き上がった副官は、鎧についた土埃つちぼこりをパンパンと払いながら、のたまう。


「あぁ? 指揮官だぁぁ? 何の話だ」

 怪訝けげんそうな顔の巨躯は、何も分かっていない。


「おめでとう。第4代目──臨時編成、商業連合ギルド重装歩兵大隊の指揮官へ就任だ!」

 3代目指揮官が乗っていた軍馬を子飼いの兵が連れて来ると、副官はその手綱たづなを巨躯に突き渡す。


「あ? 俺が指揮官だ? おいおいおい…冗談いうなよ?」


 巨躯の男とて、大隊のなかでは序列4番目の指揮官だ。それなりの手下はいるし、カリスマも……なくはない。

 そして、頭もそこそこにキレる…らしい。


 首を失って…だらしなく泥に半ば沈んでいる3代目指揮官の胴体と、ポカっと口を開けて瞳を濁らせた生首の主の末路に気付いたようだ。


「ふっざけんな! 俺は、手前てめえらの弾除けじゃねぇぞ!?」


 憤怒で体を震わせ、まとわりつく副官子飼いの兵を振り払う巨躯の男。

 怒りに任せて副官に掴みかかろうとする。


「よろしいのですかな? 私に手を出すということは、督戦とくせんを希望ということになりますが…?」


 暗に、手を出せば…後方に控えている見張役の懲罰専門部隊ギルドの督戦隊が後ろから刺すぞ──と脅しているのだ。


「ぬぐ! …ぐぅぅ!!」


 ギリギリと、目の前で拳を作って掴みかかる手を寸前で押しとどめる巨躯。


 中途半端に頭が回るものだから、多少なりとも先が読めたのだろう。

 …多少なりとも──だが。


「わぁぁったよ!! やってやる! やりゃいいんだろ! おい、申し送りはぁぁ!!」

 指揮官用となった軍馬にひらりと騎乗すると、巨躯は副官に怒鳴りつける。


「えぇ、えぇ、素晴らしい指揮を期待しておりますよ。指揮官どの!」


 わざとらしい敬礼に、4代目指揮官は鼻息荒く返す。

 そして、副官から直前までの指揮の流れを確認すると、指揮官旗を高らかに掲げる。


 巾着袋と剣が天秤に乗った旗印。そして、その縁を金の刺繍ししゅうとモールで飾り付けたのが特徴的な指揮官のそれ。


 彼はそれをブンブンと振り回し…告げる。


「行くぞ野郎ども!! 砦に突入したら、隊列維持! 覇王のケツを月まで蹴り飛ばせ! その後は御楽しみだぁぁ! 敵を蹴散らしたらある物はなんでも掻っさらえ。許可する! 金もメシも…敵だろうが味方だろうが、女もいたら好きにしろ!」


 突然の略奪許可に沸き返る傭兵たち。


 通常の賃金以上に、略奪で得られる金品は彼らの大いなる楽しみの一つだ。

 後方に督戦隊がついて来ているものだから、略奪もできないと意気消沈していた彼らはこの一言で意気軒昂けんこう


「いいんですか?」

 スススと近づいて耳打ちする副官子飼いの兵。

 それに対して、

「ま、いいでしょう。これはあくまでも臨時処置…それより、すぐに5人目の指揮官を探してきなさい」

 心底アホを見ているといった顔で、副官は4代目指揮官を眺めている。


 ブンブンと振られる旗を見て、

「すぐに交代要員が必要になります。要すれば6人目も順次」

 ゴニョゴニョとやり取りをする間に、子飼いの兵がスゥゥと兵の間に消えていく。

 彼が大隊の配置図を手にしていたことから、さっそく次席指揮官を探しに行ったようだ。


「いいいいいけぇぇっぇぇっぇぇ!!!」


 すでに後任が探されているとも知らず、調子に乗った巨躯が器用にも馬の上に立ち全軍を鼓舞する───


 

 あーーー……



 ありゃ良く見えることだろう。

 覇王軍の古魔導コマンドゥ部隊にも…

 いや、別に特殊部隊である必要などないな。目立ち過ぎだ。


 逆に敵としては怪しんで狙撃を控えるかもしれない。

 それはそれで重畳ちょうじょう

 


 副官は深いため息をつきつつ、最前線の行方に暗澹あんたんたる気持ちとなる。



 ようやく連合軍の先鋒である商業連合ギルドの傭兵隊は砦の正門に取りついたばかり…

 勇者の戦いの行方は知れないが、連合軍の激戦は今から始まるのだ。






 誰が生き残れることか───





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