第86話「夜が来る」
キーファがなにをしたいのか、さっぱりわからん───
苛立ち紛れに蹴り飛ばした土塊が舞い散る中…
バズゥの頭では、内心の苛立ちとは別に冷静に想像を巡らせている。
そう、
お貴族様のこと……、
キーファはキングベア討伐の
故に、なんとしてでもそれを達成しようというのだろう。
いくら街で活躍したと
プライドの高さだけはメスタム・ロックの標高を越えそうな御貴族様だ。
どうせ、他人の手柄を良しとしないとかそんなことを考えてるんだろう。
落ち武者とは言え、逃げ延びたキングベアを狩る───と、息まいてきたはいいが、手下はあえなくパックンチョと…
そりゃ、都会育ちが何度山に入っても、勝てる道理はない。
落ち伸びたとはいえ、近隣最強種のキングべアだ。
上級職の
そもそも、一度負けているうえ…山中は熊のホームグラウンド──キーファでは
───ましてや愛馬がいないのだ。
途中で馬を仕入れているかもしれないが、それとて…山中では活躍の機会はない。
モリを襲ったのがキングベアか
つまりは、熊の勝利だ。
種類など関係ない。彼らに、山中で熊に勝つ手段は何もないということ…
───しかし、本当に落武者狩りが目的だろうか?
そもそもキーファの痕跡はどこにもない。
あの、お貴族様がどこかで熊の御食事になってるとは考えにくいからな。
なんたって、フォート・ラグダで
それだけはバズゥも認める。
あんなカッコ悪く(おぉっと失礼…)───華麗に逃げるお貴族様は早々いない。
そう、
そこだけを考えるのなら、まるでモリとズックを生贄に差し出したようにも感じた。
彼が同行していたのかも判然としない───
古い足跡と、最近ついた足跡の区別はつかないため、
キーファがここにいたのかそれとも、いなかったのかなんとも判断がつかない。
だが、
つかないものの、推測はできる。
あれで、そこそこに学があると
モリとズックを
あの二人が火事場泥棒をしているのをオメオメと見逃がすだろうか?
百歩譲って、冒険者の装備を回収したのはまだわかる。
どれほどの関係だったかは知らないが、一応仲間だから装備品を回収する権利もあるだろう。
しかし、キーファのような立場がある人間ならば、王国軍兵士の私物や…武器、それに金庫を暴こうとする行為は、
それにもかかわらず、実際にはモリとズックは荷物を回収するだけでなく、金庫まで開けようとしている。
その状況から彼らの過程を考えると、この場にはキーファがいなかったと考える方が妥当だろう。
ならば?
───モリとズックを、死ぬことを前提に送り出したのか、
いや、ないな…どう見ても三流どころ冒険者。
今度な任務ができるはずもなし───
う~む、
……
───彼らの任務の可能性としては、キングベアの生存確認だろうか?
キングベアがフォートラグダから落ち延びていたとして、この地に戻ってくる可能性について確信は持てない、と。
そのため、再び熊寄せを仕掛けようとした、
あるいは、生存の痕跡だけでも下見をさせようとしたのか…
考えても、そこはわからんな。
聞きたくとも本人は死んでいるし、片割れの行方は知れない。
キーファが素直に話すはずもなし。
故に推測するしかないのだが、
それ故に、
頭が悪くないというのは、俺の思い込みなのだろうか?
本当は何も分かっていないのか?
モリとズックで任務達成可能と判断した、と。
腐っても
───考えようによっては、餌を送り込んだだけ。
まぁ、弾劾できるほどの材料ではないが…
──…ないが、
やはりキーファはロクでもない奴だという確信だけは持てる。少なくとも、キナを安心して任せられるほどの人物ではない。それだけは確信できる。
とは言え、
口説き口説かれの果てに…キナがキーファを選ぶというのなら、不満こそあれ…認めるしかないが、ね。
だけど、叔父さんうちの
───最悪でも一発ぶん殴るからね。
まぁ、今は目の前の事に集中だ…
その正体が
幸いにも、ここに
熊の執着心は非常に強い。
これを放置して行くとは少々考えにくい…
多分、遠征したとしても
その時が狙い目だ。
広い山中を延々と探すよりは効率がいい。
キーファは現場にいなかった可能性を考えると、ここにいないズックの存在がネックになる。
逃げたズックがどこに向かうのか…
山中で食われているなら、それはそれで仕方がない。
熊の腹を満たして、どこかで土饅頭に埋まっているかもしれないし、保存食にならずに全部食われている可能性もある。…痩せハゲだからな、保存できるほど肉もないか。
ただ、
熊の腹が満ちれば、すぐには保存食に手を出さない可能性もある。
とは言え、いくら小便をかけて所有権を主張したとて、競争率の激しい山中では餌の奪い合いはしょっちゅう起こる。
熊のライバルは
時に彼ら自身も餌になるとはいえ、体躯は互角。
食性は酷似───
なるほど、
保存食の安全を定期的に確認にくるだろう。
本日の行動はここで打ち止めかもしれないな。
──ついでのついでだ。熊を待伏せしようじゃないか。うまくすれば、獲物が一頭増える…それも新鮮な奴がな。
モリの供養にもなるだろう…
……
やるか…!
キングべアなら儲けもの。
どの道、ファーム・エッジに向かうには日照時間が足りない。
日が暮れるのは明白だ。
こちらには馬もあるから無理はしない方がいい。
最悪、馬なしで駆け下りることもできるが…そこまで急ぐ理由もない。
解体した肉も、元々質が悪くなっているのだから、少々劣化したとてあまり変わりはない。
一応、軽く
熟成部分以外は処理を施そうと考え、その準備にも余念がない。
あとは、毛皮だ。
コイツは金になるから肉のように適当に処理というわけにもいかない。
皮下に付く脂身は処理を施したいが、器材がないうえ……数も多い。
今は出来得ることとして、冷水処理をして保存期間を伸ばそうと思う。若干質は落ちるが仕方がない。
何もしないよりはいい。
とりあえずは、
───あとで沢か、井戸水で冷水処理をしておくか。
そう今後の方針を考えたバズゥは、畑の薬草を採取し終えると──モリの死体に手を合わせてその場を後にする。
日の傾きを気にしながら、近くを流れる沢を確認して毛皮の簡易処理の準備を行いながら、手隙の時間にその他の
あとは配達くらいなもの。
これは帰りにファーム・エッジによればいいだけだ。楽なものさ。
さて…日が暮れるまでにやることはいくらでもある。
とっとと仕上げるか。
『猟師』バズゥ・ハイデマン。
彼のボームグラウンド──メスタム・ロック。
彼はここに立つ、
夜を迎える、
獲物を待つ、
死体が一つ、
無人の哨所に男が一人……
広大な山中の
馬の
メスタム・ロックの夜が来る……───
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