勇者小隊4「叔父さんはどこ!?」


「いない…いない…いない、いない、いないいないいないいないいないいないいないいない!!!!」



 ギャーギャーと黄色い声で騒ぐ少女に皆呆気に取られる。


 その背後では、魔力を失った流星砲メテオキャノンが霧散していく。

 もとをただせば魔力の塊だ。

 それを魔法陣で強制的に練成し、流星の形に仕上げているだけ。


 魔力を注ぐ器たる流星が切り裂かれれば当然のことだ。



 人類最高峰の戦力である勇者小隊をもってしても数時間しか耐える・・・ことしかできなかった魔法を……

 彼の者はあろうことか、一刀のもとに霧散して見せた…事もなく。


 まるで路傍ろぼうの石のごとく───


 それを成し遂げたのは、

 さぞかし勇壮なる鍛え上げられた勇士がやったのかというと…そうではない。



 それは少女───

 美しく愛らしくはあるが…まだ少女。



 華奢きゃしゃで、で肩の幼い少女だ。


 田舎臭さを感じさせる野暮やぼったい雰囲気を感じさせる、ソバカス交じりの顔に愛嬌あいきょうのある…幼い女の子。

 とてもではないが、精悍せいかんさとは…かけ離れている。


 大きな黒い瞳は美しいが、今は泣きはらしたのか…白目の部分が真っ赤に染まっている。


 輝く白銀の軽鎧は、高貴なものがまとう様な気高さはあるが、少女を包んでいても何故なぜか違和感はない。

 サイズに見合ったそれは彼女専用にしつらえたかのようで、年齢にしては発達した体つきと線を──明確に浮かび上がらせていた

 それは年齢に見合わない重厚な装備と相まって、どこかなまめかしさとともに、背徳的な美しさがある


 両の手に持つ剣はこしらえの異なる別の剣。

 どちらも業物わざもの──を越えた神聖さすら感じる…美しく輝く幅広のクレイモアと、同じような雰囲気を持つえわたる細剣。


 装備も雰囲気も───


 一目見て、並大抵の強さではないことが分かるのだが…やはり容姿は幼く──少女と言っても、誰憚だれはばかることもない。


 エグエグッとしゃくりあげる顔は、「勇者」と呼ぶにはあまりにも悲痛で心をきむしられる焦燥感にあふれている。


 精一杯のオシャレであるツインポニーテールの毛先はボロボロになり、洗っていないであろうことは明白だ。

 しかし、それすらも構わずとばかりに泣きはらした顔で周囲を回し見る。


 近くにいたクリスに気付くと、

「ねぇ!? 叔父さんは? 帰ってきた? ねぇ叔父さんは? 叔父さんはぁぁぁ!!? ねぇぇ!」


 ボロボロのクリスをガックンガックンと揺さぶるエリン。


「エ、エリン…何を言ってる?」

 困惑顔のクリス。

 エリンはそれを見てらちが明かないと思ったのか、クリスを開放すると、


「お、叔父さんは?」


 ポカンとした勇者小隊の面々に向かって問いかけるが───


 誰一人として答えない。

 と、言うより事態についていけない。


 ほぼ全員…

 はぁ? と言った顔だ。


 その表情に気付くと、エリンはみるみるウチに顔を青醒あおざめさせると…

 ガタガタと震えだす。


「そ、そんな…」


 ブルブルと震える声で問うのは、肉親の行方のみ。

 ペタンと女の子座りでへたり込む彼女の目には、叔父の姿がここにないことを一目で看破できてしまったのだろう。


 カランと乾いた音を立てるクレイモアと、


 ベチャっと湿った音を立てる細剣───






 ベチャ…??





 

 呆気に取られて、茫然ぼうぜんとする勇者小隊の面々は、その音に我に返る。


 急に動きを止めてしゃくりあげるエリンを心配したのか───

「エ、エリン!?」

 暗殺者ミーナが少女に駆け寄り、


 そして、細剣に深々と突き刺さっている…それに気づいた


「ひぃぃ!!??」


 エリンの肩に手を置こうとしたミーナは飛び上がって物陰に身を隠す。

 ガクガクと震える目には…異物が。



「チ…チーインバーゥ」



 エルランがボソリと零したのは…覇王軍の八家将の一人の半欠けになった…顔。

 その八家将の一人が細剣のつばにまでぐっさりと突き刺さり、恨めしげな眼で…くっ付いていた。


「エ、エリン…お、おかえりなさいなのです」

 オズオズと物陰から顔を出したシャンティが、エリンに近づき水筒を差し出す。


 泣きはらした顔でエリンは受け取り、

 軽く一口含むと───


「ああああああああああああああああああ!!!!!!!」


 ガキィィンと、水筒を床に叩きつけ(床にはヒビ…水筒は底が抜けた)叫ぶ。

 ビクリとして後ずさるシャンティをかばうように、ゴドワンが前に進み出る。


「勇者殿…よくぞ戻ってくれた」

 ガンと片膝をつき、勇者の前にこうべを垂れる。

 その様子など目に入らんとばかりに、エリンは頭を掻きむしる。


「ああああああ、あああああああ、ああああああああ!!!」

 そっと、その肩に手を置くゴドワン。


「勇者殿、落ち着かれよ…ここは味方陣営。もう安心です」

 穏やかな声で話しかけるゴドワンに、エリンの声も次第に小さくなる。


 ……


「ひょほほ…流石は2児の親じゃの~」

 茶化ちゃかすファマックをゴドワンは一睨ひとにらみ…───しかし、相手にせずエリンに寄り添う。


「お、おい──」


 何か言いたそうなエルランを、ガシリと掴んで引き止めるのはクリス。

 ボロボロの体で殆ど半裸───

 汗だくでドロドロ…髪がべったりと貼り付いた顔───しかし、そこには強い意志の光がある。


「貴様は黙っていろ」

 グググと肩に籠められる力に本気を感じたエルランは、舌打ち一つ、そっぽを向く。


「アァァァ…うわわわあああああん!!! 叔父さんが、叔父さんがいないんだよぉぉぉ!!」

 バンバンと床を叩きつつエリンが訴える(床がちょっとヤバイ…)。

「叔父さん? バズゥ殿のことですな」

 ゴドワンの声に、エリンはグワバッと顔をあげる。


「な、なにか知ってるの!!」


 勢い込んで尋ねるエリンにゴドワンは気圧けおされながら、

「知っているも何も…」

 チラっと、エルランに視線を寄越すと…

「バズゥ殿は先日付けで除籍…王国へ帰還されましたが…」

 

 ……


 …


「え?」


 ポケーとした表情になったエリン。


「え? だって? え?」

 突然、しどろもどろになりキョロキョロと視線を泳がせる。

「エルラン殿から聞いてはおられないのですかな?」


 ジロっと一瞥いちべつをくれると、エルランは視線を合わせようともしない。

 知ったことかと言わんばかりに、そっぽを向いたままだ。


「エルラン…貴様?」

 グリリとさらに力を籠めるクリス。


 鬱陶うっとうしいとばかりに、肩を回し拘束を解くと、エルランはのたまう。


「言ったさ…ココにはいないと、な」

 何でもないとばかりに言うエルラン。


「バズゥの奴と勇者どのは、ことのほか・・・・・仲が良くてねー、ほぼ毎日寝所でご一緒だ」


 それがどうした? とゴドワンにクリス。

 …家族が一緒に寝ているだけだろうに──


「叔父さんとやらが、夜になっても姿がないっ…て、勇者殿がさわぐんでね、「ここにはいない」そう答えただけだ…なにかおかしいか?」


 もちろん、エルランにどこまで悪意や、思わせぶりなセリフがあったかは知らない。


「それで?」

 クリスの視線に怒りはない。


 ただただ、

 感情の抜け落ちたような、ただ冷たい目があった。

 そこにあるのは呆れだ。


 エルランは元より…勇者に対しても──


「どうもしないよ。行先ゆきさきを聞いてきたから、そのまま伝えたさ」

 ───港へ行ったってな




 …港?




「あ、あぁ…たしかに間違ってはいないが」

 ゴドワンは、ふと嫌な気配を感じる。

 勇者の行動に思いが至ったようだ。


「そしたら、このガ…勇者殿が突然走り出してね…」

 あとはみんな知ってるだろ?


 数日間、行方不明となった勇者…

 そして、始まった覇王軍の反撃。

 勇者を欠いた勇者軍は、覇王軍の猛攻にさらされ、ホッカリー砦に追い詰められた──、という次第。


 そして、遠距離魔法の集中射撃を受け、部隊は壊滅状態。

 勇者小隊も打ち取られる寸前だった。



 ──実際、あと何分もったことだろうか。



 あのまま、勇者が戻らなければ…

 今こうやって駄弁だべっていられる時間など絶対にありえなかったはずだ。


「む…エリン、本当か?」

 クリスはエリンに視線を向ける。その目はやはり冷め切っている。


「う…うん…でも、でもぉぉ! いなかった! いなかったんだよぉぉ!」


 また、ワッと泣きだすエリンに、

 チィと聞こえよがしの舌打ち、エルランは怒気をみなぎらせた。

 ──この男は本当に感情の制御が下手だ。


 クリスは冷め切った顔、

 ゴドワンはただ達観たっかんした顔、

 シャンティはオドオドとし、

 ミーナはいまだ恐怖に震え、

 ファマックはいつも通り面白がる。


「その…エリン…」

 エグエグと泣きじゃくる勇者エリンに対し、クリスは聞く。


「どこの港に行ったんだ?」






 え???





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