第44話「討伐準備」
食事が終わり、キナも調子が戻ってきたのか、ようやく店を片付け始めた。
ジーマにぶち撒けた吐しゃ物の酸っぱい臭いを、換気と掃除で追い出していく。
そう言えばジーマの奴、汚ギャルの恰好で仕事行ったのかな?
クサイ、クサイ! と騒いでいたが…
──覚えがないな。
……まぁ、あの子のことはどうでもいい。
金さえ払えば、風呂くらい貸してやるぞ、と。
あとは頼むぞと、言い置いて、
片付けをカメと共同で行うキナ達を尻目に、バズゥは住居部に入る。
本日メインの予定である『キングベア討伐』の準備だ。
戦いにおいて重要なことは、準備──それに尽きる。
素人の喧嘩じゃないんだ。命の駆け引きをする際に、行き当たりばったりでは一日だって生き残ることはできない。
キングベアは強敵だが、覇王軍に比べればどうということはない相手。
しかし、油断して勝てる相手でもない。
実際…キングベアが群れを形成していた場合、元勇者小隊バズゥとは言え、単独では手に負えない可能性もある。
数が多いと言うだけで十分に脅威足りうるのだから当然だろう。
エリンみたいに、聖剣をブングらと振り回して、バッタバッタと敵をなぎ倒すなんて真似…叔父さん無理です。
あ、はい。
人間ですもの。
帰郷以来放置していた荷物に歩み寄ると───
勇者小隊時代の
良く磨かれ、油の引かれたそれは差し込む朝日を受け止め──スゥゥゥと、陽光を受けると…銃口まで水滴の様に滑らせていき、先端まで辿りつくと──ギラリ拡散し、網膜を刺激した。
よう相棒。
久しぶりに取り出したな───
手に良く
その銃身は長い……
それが2丁。
1丁は、S字型の火縄挟みが特徴的な、構造としては比較的単純な火縄銃。
銃身には様々な紋様が描かれており、どこか芸術品のような美しさを感じさせる。とはいえ、装飾には何のミリタリーアドバンテージもない。
これは作った鍛冶屋の
バズゥの趣味ではない。
ない───が、気に入っていないわけでも…ない。
繰り返しの手入れと長年の使用により、
手に持てば分かるが、驚くなかれ…これは希少金属、軽く頑丈なミスリル製だと分かるだろう。
銃口を覗きこめば、中はまた…特殊な造りであるのが理解できる。
銃身の中は、外側の銃身部分と内側の銃身部分とで別素材。
鈍色をした金属は一見すれば鉛か錆びた鉄にも見えるが、光をほとんど反射しないその素材は、
頑丈で熱の放射率が高く、伝導率の悪いソレは、少々の熱ではビクともしないし熱されることもない。
それを
さらに、銃身には、後端部分にネジ溝を切って
そして、固い銃身を貫く
もはや人の技ではない。お値段も天井知らず。
さらに特殊なギミックとして、銃口付近にもネジ溝がある。このネジ溝の用途は一見して不明だが、バズゥは気にした素振りもない。彼からすればあって当たり前の物らしい。
そして、その下部の銃身外側には、
その火縄銃タイプの物には、照門の前後を
どうも、これが銃の名前らしいが、バズゥは銃に名前を付けて愛でるほど変態ではないつもりだ。
ましてや抱いて寝て、「美しいよシャーリー〇」なんて言いながら愛でる様な…(実際訓練中いたんだよ…そんな奴が)
別に反対する理由もなかったので彼がしたいように任せた。
おかげで素晴らしい一品となったのだから文句のいいようもない。
そして、隣にもう一丁。
これは火縄式ではなく、
機関部を覗けば、ほぼ兄弟のように並ぶ火縄銃と見た目も構造も似ている。
ギミックも銃口のネジ溝がないことを除けば、着剣装置もあるため、ほぼ同じだ。
並べてみれば、火縄銃とフリントロック
フリントロック式猟銃のほうも、装飾は
そして、
それを読めば、異国の言葉で「
これが2丁の猟銃の銘。バズゥの戦場での相棒だ。
ここに、頑丈極まりない鉈と、銃剣が2本。
オリハルコンにミスリルなどの特殊金属をフンダンに用いて作成した高級品。
どれもこれも、同じドワーフ
生き残るために、装備にだけは金を使った。
たかが中級職が持つのはあまりにも不釣り合いな装備───
それでも、
それでも───
それでも、シナイ島の最前線では不十分極まる。
ましてや、バズゥは任務の性質上、身軽に行動できなければならないので、防具の類はほとんど使っていない。
潜伏と偽装、静音と俊足のみを頼りにしていた。
コソコソと逃げ隠れ、正面から戦いを挑む真似もせず、たまに撃ったかと思えばまた隠れる───
華々しく戦う勇者小隊の戦いの中でも異色に過ぎる。
それ故に、誰がバズゥを評価するというのか。
おまけに…装備は、高価だが──伝説上の武器でも、国宝でも何でもない。
比べてそれら伝説上の装備や国宝に身を包む勇者小隊の面々からすれば、やはり、どうしても
それ故、誰も顧みることなく、彼はここに戻ってきた。
帰らざるを得なかった。
地元じゃ最強なんていう、
それらの思いや
刃こぼれ、銃身の歪み、その他異常を──試す
うん、異常なし。
それらを手早く身に
火縄式猟銃は、左肩にたすき掛けにして背中に担う。フリントロック式の猟銃は右肩に縦掛けし、銃口を上にして右手で負い紐を保持。
鉈は左腰に吊るし、銃剣は背中の腰ベルトの位置に交差する様に差し込む。
右の物入れには、火縄や燧石の予備を詰め込み、火薬注しと弾丸、予備の部品も入れていく。
物入れの外側には、クルクルと
お尻に当たる部分の
腰のベルトには、
これは木製の筒で、中に火薬、弾丸が一緒に入っている代物だ。
──サスペンダーにも同様、《早号》を取り付けていつでも取り出せるように。
ポケットにはそれよりも軽い、紙製の
あとは、大きめの
ナイフ、ランプ、水筒、携帯食料、その他雑貨だ。
最後に膝と肘に、革製のプロテクターを付けると準備完了。
毛布を肩下げにし、そこに手荷物として革製の物入れを
手慣れたもので、準備に30分もかかっていない。
一応予備として、
さて、
忘れ物は……ないな。
全ての準備を終えると、バズゥは店に顔を出す。
「あ、バズゥ…?」
キナがバズゥの姿を見て目を丸くしている。
私服である
「行く…の?」
「あぁ、ちょっと時間がかかるかもしれない」
何でもない様にいうバズゥだが、キナの目には不安がありありと
様々な感情があるのだろう。
気を付けてほしい気持ち、
また……長く、置いて行かれるのではないかという気持ち、
『猟師』のバズゥが、戻ってきたことの実感を感じられる気持ち、
「気を…気を付けて。気を付けてね、バズゥぅ!」
ギュっと腰に抱き着き、頭を押し付けるキナ。
近くで見ていたカメがバツが悪そうに、わざとらしく口笛を吹いて外に出ていく。
──気の利く奴だ。
「あぁ、何も危険なんてありはしない。ちゃんと帰ってくるさ」
俺が嘘をついたことがあるか? ──と。
フルフルと首を振るキナ。
「ない、ないよ。バズゥはいつも約束を守ってくれる。戦争に行く前も…帰ってくるって言って、本当に帰ってきてくれた」
覇王軍との戦争で命を落としたものは多い。
王国でも、戦死者の
「必ず帰ってくるよ」と言って、戻らなかった者が何人いたことやら。
「だろ? だからいつも通りさ。俺が猟にでて、キナ達は家で風呂を沸かして、飯の準備をして待つ」
───かつてあった日常の一幕さ。
そうバズゥは言った。
「そうだ、ね。昔と一緒…だね」
そうだ、昔と変わりなんて何もない。
エリンがいないことを除けば。
「あぁ、…だから行ってくる。デカい獲物をしとめて来るぜ」
ニカっと笑いキナを引き離す。
エリンの事には触れずに、互いが適度な言葉を選ぶ───どこかチグハグな空気。
だけど、紛れもなくハイデマン家の風景だ。
嘘でも偽りでもなく、家族の空間だ。
「じゃあ、バズゥが帰ってくるのを待ってる…ずっと待ってる!!」
キナは、真っすぐにバズゥを見つめて言う。
「はは、大げさだな。山に行って来るだけさ」
実際はキングベアの討伐。危険を伴う仕事だ。
「うん、そうだね」
キナの本音は一緒に居て欲しいのだろう。
バズゥが、また…いなくなることを恐れているのだ。
今度置き去りにされたら彼女は、恐らく…
ギリギリの状態で、今のキナがいることはバズゥとてよく知っていた。
何が何でも帰らないとな。できれば早めに。
「じゃ、行ってくる」
「あ、バズゥぅぅ! お弁当!」
キナがゆっくりと追いかけ、バズゥに布の包みを渡す。軽く開けてみれば、酒の小瓶と──大きなパンに挟んだ肉と野菜。
巨大サンドイッチだ。───ふふ。
「ありがとうキナ。味わって食べるよ」
ポンとキナの頭に手を置いて、バズゥは弁当を荷物に仕舞う。
そして、今度こそ振り返らずに、ポート・ナナンを
キナはその姿が見えなくなるまで、ずっとずっと見送っていた。
ずっと、
ずっと……
ずっと──────
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