第29話「フォート・ラグダ」


 チーン…



 ぶしゅ~…と、破壊した覇王軍の魔道人形オートマタのように、煙を吹いて力なく座り込むカメ。


 煙というか…なにそれ?

 エクトプラズム


 フォート・ラグダの入り口──衛兵が守る正門近くの馬屋付近で、休憩を取ることにしたバズゥ一行。


 カメは、馬が飲む水桶の真ん前で座り込んで一歩も動かない。

 あまりの疲労に水を飲む気力もないようだ。


 バズゥはキナを降ろし、タオルを渡す。


 思った通り、キナの服はビッチョビチョ…薄い草色に染められている地味な割烹着かっぽうぎは水分を吸って、黒く真緑になっていた。


「うわぁ…すごく疲れた…」


 背負われているだけのキナも、疲労困憊ひろうこんぱいだ。

 走る人間の背中の上の乗り心地なんてものは、当然良いものではない。

 その上、絶えずあふれる汗に、熱気を伴う体温。──ちょっとしたサウナのようなものだ。

 それを延々ハーフマラソンの距離を行く。


 中々にハードだ。


 キナは頑張って、服に染み込んだ汗を絞る様にして拭き取るが、…まぁ、自然に乾くのを待つしかないだろう。


 バズゥは上半身を脱ぐと、


 鍛え上げられた体に──無数の傷をさらしながら、手桶を使って貯められている水を一すくい…


 ザバァァ──


 と、頭からかぶった。


 冬も近づく季節。

 外気は寒々さむざむとしているが、長距離を走った体は火照ほてっており、水がひどく気持ちいい。


「ブハァ…」


 頭を振って大雑把に水分を飛ばすと、──いまだフリーズ中のカメにも、水をぶっかける。

 しかし、反応なし。


 顔を覗き込めば、ブツブツと何か言っているので死んでいるわけではない。

 まぁ、頭の中で楽しい旅行中なのだろう。


 さて、ここでのんびりしているのもな。

 とりあえず…キナには歩いてもらって、カメは俺がかつぐか。

 時間を無駄にしたくない。


 カメよ…

 

 休憩だからね?

 いつまでも、煙吹いてると捨ててくよ。


 とは言え、中々動き出す気配がない。


 しょうがねぇ…

 カメを、むんずと掴んで──小脇に抱えて、ノッシノッシと正門に向かう。

 もちろんキナの速度にあわせている。


 キナはつえたぐいは使わない。

 いくら遅く、みっともなくとも──みずからの足で歩く。


 歩けるところは歩いていくのが、キナの身上しんじょうだ。

 それに口を出す気はない。


 正門前の人影はまばら。


 今のうちにと、キナは耳を隠そうと手ぬぐいを取り出す。

 エルフそのもの───彼女の容姿は人目を引くので、手ぬぐいを被り、耳を頭に密着させるようにして隠すのだ。


 こうすれば割烹着かっぽうぎの、小さな女将さんといった風情ふぜい


 うむ、可愛い。


 キナと連れ立ってどこかに行くのは、何年ぶりだろうか。

 遠くなった記憶の中に、その景色を探す。


 家族4人、そして3人だった頃……




 ──叔父さん…!




 不意に、横にいないエリンを思い出し、胸が熱くなる…

 いかんいかん。──泣くな俺。




 湿っぽくなりそうな心をいさめて、かぶりを振りそれを追い出した。

 今は、やるべきことがある。



 ツトツトと、二人で連れ立って歩き──あー…一人は小脇に。



 ゆっくりと歩くうちに汗も引き、少し肌寒さを感じた。

 服はびしょ濡れ、当然だ。


 そのうち乾くだろうが、早いところ温かい建物に入りたい。


 目の前に迫る正門。

 大きな門は解放されているが、移動式の馬留めが設置されており、商人やら、通る馬車やらを一台一台止めてチェックしている。


 朝の開門前なら、

 先に役人が来て、開門待ちの馬車やら人の間を回って、所定の確認事項を取り──整理券を渡してスムーズな通行を企図するが…この時間帯は、馬車の数もまばらら。


 ちょっとした列ができているが、正門前のチェックは比較的スムーズで流れは良い。早々、大行列ができるというほどでもなかった。



 しかし、バズゥ達が通るのはその横、通用門。



 だい大人おとなが楽に通れるほどの扉。

 さすがに馬車が通れるほどの広さはないが、狭苦しさは感じない。


 その中に入ると分厚い城壁──その幅が、よくわかる。


 長屋の一部屋分はありそうな幅の城壁で、潜ると薄暗い。

 その中間くらいに小部屋があり。


 なんとまあ、城壁の中に丸々まるまる兵の詰め所が入っている。


 さすがは城塞都市フォート・ラグダ、堅牢けんろうだ。


 まぁ、もっともこの城壁が、早々活躍することはない。

 大昔は戦争の最中さなか、王国の交通の要所を守る城塞として機能していたらしいが、今はもっぱら王国の田舎と都会を分かつ、地方都市に過ぎない。


 当然城壁が活躍する場面は、せいぜい害獣の侵入を防ぐ位なもの。


 実際、城壁の屋上通路なんかは一般解放されており、少~しだけいる衛兵に交じって、多くの市民が行き交っている。


 街中を通るより、この城壁を通っていく方が近い場所もあったり、

 あるいは、街をぐるっと囲む城壁の上を──筋トレの一環で駆け足をしている若者がいたり、

 そう言った人を目当てにした露店が立っていたり、


 と、中々盛況だ。


 ───また、


 春には町の外の自然の息吹を感じるためのもよおしが行われたり、

 夏にはあちこちにビアガーデンが立ったり、

 秋には豊穣祭の出し物が立ったり、───…とまぁ、市民の憩いの場となっていたりする。



 戦争中より活用されているのだから、そう悪いものではない。


 もっとも、維持費も結構ばかにならないらしく。

 城壁の修繕費が年々増加。

 街の財政を圧迫しているとかなんとか。


 まぁ、どうでもいい。



 詰め所に近づくと、小窓が設けられている。

 通路は、と言うと── 一応兵士が真ん中に立って道を塞いでいるが、あまり仕事熱心そうには見えない。

 暇そうに、短槍に寄りかかって立っている。


 街に入る際は彼ではなく、まず小窓の先の受付に申請だ。


 中をのぞき込むと、鎖帷子くさりかたびらを着込んだ兵士がぼんやりとしていた。

 どうも暇らしい。


「すまんが、街に入る申請に来た」

 小窓の脇を、コンコンと叩いて注意を促してから話しかける。


「ん? あぁ、身分証を出してくれ」

 ようやく気付いた兵士が、事もなげに言う。


「ん」「はい」「……ブツブツ」


 俺とキナは、すぐさま身分証明書を出す。

 俺は軍人手帳── 一応、予備役よびえきなんでね。

 キナはギルド職員証明書。


 カメは……まだトリップ中だ。


「しゃんとしろ」

 ツルツルの頭部をぺチンと叩く。

 存外いい音。


「はっ!? サメがサメがぁぁぁ!?」

 パチリと目を覚ましキョロキョロするカメ。


 …なんだよ、サメって。


「身分証出せってさ」

「こ、ここは?」

「ええから、はよせぃ!」


 フラフラとしつつも、汗でビッチョビチョになったギルド組合証を出す。

 小判型のプレートは、どこか認識票ドッグタグを思い出させた。


「はいはい。確認するのでちょっとお待ちを」


 そう言って、名簿の様なものを出して名前があるかどうかを確認。

 おそらく、指名手配犯などの情報が書かれているのだろう。

 街の入管の目的は、犯罪者の洗い出しに注力されているようだ。


 ……


 …


「ハイ、問題ありません」


 検査は、ものの数十秒で終わり、身分証は返却される。

 バズゥの持つ、勇者小隊の軍人手帳にも特に触れることもなかった。──どうせ知名度低いですよ…


 チリリンと、卓上のベルを鳴らすと、通路を塞いでいた兵士が脇に退く。


 どうやらこれで通過OKらしい。


 ゆるいもんだ。

 まぁ、この辺は昔から変わらない。


 厳重に取り締まる必要もなければ、流通を止める理由もない。

 街には血液のように、人と物資の流れが必要なのだ。


「ようこそ、歴史と栄華の街フォート・ラグダへ」


 通せんぼしていた衛兵が、ニコっと笑って挨拶あいさつしてくれる。

 とくにキナに。


 残りわずかかな城壁の下を潜り抜けると、街の喧騒けんそうが耳に届き。

 サァっと日の光が顔にした。





 ここは、歴史と栄華の街フォート・ラグダ。

 隣町だ。






 さて、まずは…







 カラララン


 軽やかなベルが鳴り、建物内に来客を告げる。

 胸の位置で両開きになるスイングドアを、胸板を使って開けた。


 カラランとは、扉に付いた仕掛け紐と連動したベルが鳴る仕組みらしい。


 元は酒場だったのだろうか。

 丸テーブルが並んでいそうな場所は、がらんどう・・・・・になっており、やたらと広い。


 しかし、酒場の機能は一部残っているのか、奥まった位置にカウンターがあり、くだんの丸テーブルもいくつか並んでいる。

 テーブルには度数の強そうな酒を手に、顔を突き合わせて賭け事に興じるチンピラのような男達と、煽情的せんじょうてきな恰好をした女がまっている。


 まぁ、今は酒どころじゃない。


 がらんどう・・・・・を抜けると、昔の酒場時代から正面にあったと思われる巨大なカウンターがあり、そこを改装して、いくつかのパーテーションで区切った空間──教会の懺悔室ざんげしつを開放的にしたような場所があった。


 そのスペースには机を挟んで、きちっとした服を着込んだ男女が暇そうにボンヤリとしていた。


「キナ、ここでいいのか?」

 隣町に来たことは何度もあるが、冒険者ギルド・・・・・・に入るのは初めてだった。


「うん、あそこは冒険者用の窓口…──業者用は一番奥よ」

 そういうとキナはヒョコヒョコと先頭に立って歩き出す。

 バズゥとカメは大人しくその後に続いた。


 キナが案内した窓口は、冒険者用の窓口とやらに比べて一段程机が低く、パーテーションもなく開放的だ。

 それもそのはずで、冒険者用は立って応対するのに対し、この窓口はちゃんと椅子がしつらえてある。

 窓口には女性が一人めており、何やら書き物をしている。

 使用しているのは質の良い紙に、高そうな羽ペンとインクだ。


 冒険者用窓口にある、質の悪い紙などとは一線をかくす。


 まぁ、ハッタリの様なものだろう。

 業者用の窓口というからには、結構な大口の商談などが行われる場所ということ。

 安物やすものを使っていては、足元を見られる──といったところか。


「こんにちわ、ヘレナさん」

 キナが声をかけると、眼鏡を掛けたキツイ印象を与える釣り目の美人が顔を上げた。


「あら!? キナさん? 珍しいわね、あなたが来るなんて」


 お陰様かげさまで、とキナが時節じせつ挨拶あいさつを述べる。


「取り敢えず掛けてちょうだい。すぐにお茶を用意するわ」

「いえ、お構いなく。すぐに、おいとましますので」

 固辞こじするキナに構わず、職員に言いつけてお茶を準備させた── 一人前な。


「それにしても珍しい。ポート・ナナンの方はいいの?」

「あ、はい。今は留守番を頼んでいます。それに、今日中に帰るので」

「あらあらあら、忙しいわね。暗くなるんじゃない? 泊まっていきなさいよ。なんなら部屋を開けるわよ」


 キナとヘレンは顔見知りなのか、特に気負いすることなく話が進む。

「大丈夫です。えっと、バズゥ…さんが送ってくださるので」


 なんだが、自分に対して敬語を使われているようでむずがゆい。


「バズゥ? ハイデマン家の? え、うそ」

 ヘレナもバズゥの事は知っているようだ。

 バズゥをジッと見ると、本当に驚いたような顔をしている。

 ちなみに、カメとバズゥを間違えるようなことはなかった。


 え、俺の写真って出回ってんの?


「アナタが勇者の…その、…叔父さん?」

「まぁ、そうだ」

 別に隠すことでもないので、端的たんてきに返す、

「あらあらあらあらあら…本物だわ、凄い凄い!!」


 最初のきつそうな印象と違って、無邪気にコロコロと笑う姿は子供のようだ。

 もしかするとかなり若いのかもしれない。

 立ち上がると、テーブルを回りこんで、バズゥに手を差し出す。


「当ギルドのマスターをしている、ヘレナ・ラグダよ。どうぞよろしく」


 差し出された手を軽く握りしめ、離す。

 俺のコミュ力は低いんだ。そっとして置いてほしい。


「バズゥ・ハイデマン、ポート・ナナンの猟師だ」

 今のバズゥの立場はそれだ。


 もう、勇者小隊の斥候スカウトではない。


 一応予備役だが、肩書としては早々に使うものもないしな。



「へぇ、もっとこう…熊みたいな人かと思ったけど、案外」


 ───普通。


 ってか?

 よく言われる。なんたって勇者の叔父。

 あのエリンの血縁者なのだから、もうスンゴイ想像をしている人がいるものだ。


 俺はただの猟師だっての…


 エリンが強すぎるだけだ。


「──普通ねぇ。意外だわ」


 ほら言われた。

 しかし、この人…歯にきぬ着せぬ言い方するね。

 相手が短気だったらブチ切れるんじゃないか?


「そりゃ、『猟師』なもんでね。それより相談があってきたんだが…」

 そう切り返すと、ヘレナは仕事人の顔に戻り、

「あら、そうなの? ゴメンなさいね…キナさん。……えっと、彼女が相手でいいのね」


「ああ、今日のところはそうだ」


「今日のところは? …まぁ、いいわ」

 ヘレナはそれだけ言うと、職員が運んできた茶を受け取り、キナの前に置く。

「あ、どうも…」

 礼を言うキナ。しかし、茶に手を付けることなく。



「それでヘレナさんにお願いがあって──」



 キナは言う。

 ポート・ナナンで依頼クエストが途切れたのでいくつかの案件を回してほしいと、

 そして、今後は定期的にカメがその役目を担うとも。



 カメはそれを聞いて卒倒そっとうしそうになっていたが――知らん。



依頼クエストねぇ…それは全然構わないんだけど、…ウチはダブってるぐらいだから――」


 そこで、一端言葉を切ると、


「でも、キーファがそっちに行ってるでしょ? アイツがウチから結構持って行ってるはずよ──それにアナタは…」


 キーファから、ポート・ナナン『キナの店』の情報は、まだ伝わっていないようだ。

 とっくに帰ったものと思っていたが…


「キーファの件なら、今少し立て込んでいる。…キナの借金── 一時金を渡した」

 その言葉にヘレンは驚いている。


「えぇ? 嘘!? キナさんの借金をどうやって……まさか、バズゥさんが?」


「そうだ」





 あちゃーと、顔をおおうヘレナ。





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