第241話ーー歓声
俺は怯えていた。
兵士に魔晶石を渡す事に躊躇したし、詰め込んた袋を持つ手も震えていた。
確かに7999階層のみで集めた魔晶石である事に違いはなかったが、どこかで兵士のミノタウロスが「これは違う、挑めない」とダメだしをしてくれる事を願っている自分がいた。
だがそんな願いが叶う事などなく、案内された。
救いと言えば、香織さんの戦いを見なくて済む事だろう。2人同時に渡すと、もう1人の戦闘風景は見る事が出来ない事はこれまでの師匠たちの経験からわかっていたからだ。
それともう1つ、召喚獣たちが共に戦闘に挑める事だろう。彼女たちは正しく俺のスキルが顕現していると認識されているようで、揉めたりする事なく、うどんと共に連れ立って行く事となった。ハクやつくねたちは既に武装へとその身を変化させている。
まるで処刑台に登る囚人の気分だった。
俺たちの前後を兵士が歩き、薄暗い通路を進んで行く。怯えを、恐怖を和らげるためにと兵士たちに、「相手は誰なのか?」などと問い掛けてみていたが答えが返ってくる事はなく、気が付けば前を歩いていた兵士は立ち止まり、後ろの兵士に背中を押される形でフィールドに出る事になった。
「大丈夫ですよ」
「主様に勝てない敵はいませんよ」
「……」
うどんたちがそれぞれに励ましてくれるが、ただ頷くしか出来ない。
師匠たちに情けない姿を見せたくないという想いもある。だけど身体や心は正直なのだろう……
声が出ないのだ。
唇が乾き、喉に何かが詰まっているような違和感を覚え、上手く空気を吸えていない感じもする。
突然の観客席の盛り上がりに正面を見ると、扉が開き対戦相手が出てくるのが見えた。
それは師匠や鬼畜治療師が相対したモノとは真反対……つまり中性的な美しい顔で、背中には白い翼があり白銀の美しい鎧を身に纏っていた。その周りにはまるでヨーロッパの宗教画に描かれている天使のような、子供の背に翼が生えているモノが10体ほど飛び回っていた。
天使たちに見えるが、敵として出てきたという事はモンスターなのだろう。
つくねとロンが変化した刀を抜き放ち、あの情けない鐘が鳴るのを待つ。
先に分身を出せる分だけ出しておきたかったが、うどんたちは顕現出来ているにも拘わらず、分身たちはいくら念じても顕現させる事は出来なかった……どういう扱いなのかはわからないが、こちらは試合開始まで発動出来ないのだろう。
ここまで来たらもう覚悟を決めるしかない。
それに強敵と戦う事なんて今までもあったじゃないか。死と隣り合わせでの戦いなんて常時だ。
だいたいjobがわかった後の、師匠や教官からの修行はずっと酷いものだったよね……毒も散々食わされたわけだし。
あっ、なんだ……別に大した事ないのか……ただ全力で挑めば良いだけだ。
しかも使用不可なスキルもないわけだし。
うん、なんで怯えていたんだろう……ストレスを解消させて貰おう。
俺の心が落ち着いた直後、鐘が鳴り響いた。
すぐさま分身を800発現させると同時に、木獄を発動する。
炎獄や氷獄だと飛んで逃げられそうだったので、木で敵を絡め留める事を考えたためだ。
だが師匠たちの対戦相手の事を考えると、すぐさま逃げられてしまう可能性が大きい。
昔と違って、己の魔力の残量もわかっているので、天使たちが木に絡まっているうちに炎獄を発動させる。
うどんには魔法を全力で放たせつつ、俺自身も天使たちへと疾走しながら、つくねとロンが変化した刀へと残る魔力を強く込め、一気に放つ。もちろん出した分身の半分にも同じ事をさせる、もう半分は魔力回復のために九字を結ばせる。
……おかしい。
モンスターが居ない。
探しても探してもいない……透明化かと思ったがそれも違うようだ。
ってか、初めて木獄と炎獄を同時発動させてみたけれど出来るらしい。
確か前は出来なかったはずだが……、もしかしたら合技の範疇となるんだろうか?
まぁそれでも、魔力を増やす修行をしていなかったら無理だったんだろうけどね。
『挑戦成功』
機械的な声が響いた。
途端に観客席から聞こえてくるブーイングの嵐。
やはりモンスターにとっては、俺たち人間が勝つ事に納得がいかないのだろう。
いや、そんな事よりも本当に勝ったのか?
実感が湧かない……
俺の相手が弱かったんだろうか?
とりあえず木獄と炎獄を解き、分身たちを消す。
これからどうしたらいいのだろうかと、少々呆然と立っていると、敵が出てきた扉からミノタウロスの兵士が20体ほど出てきたと思ったら、10体づつ別れて整列した。そしてその後、その間から1人の威厳ある年配に見える人が出てきた。
その人は、悪魔と同じように背中から蝙蝠のような黒い翼が出てはいたが、顔は俺たちと同じような人間の顔をしており、顎には白い髭を蓄えていた。
『おめでとう、君は認められた』
その老人らしきモノは朗らかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと拍手のように手を叩いた。
そして俺に近付くと、徐ろにその手を俺の頭へと当ててきた。
その瞬間、まるで頭の中が掻き回されるような……脳が熱くなるのと同時に背骨が、そして頭の先から足の指先までを電流のようなモノが走った。
『これで8001階層へ行けるであろう。そして試練を突破した褒美を与えた』
「褒美?」
『すぐにわかるであろう』
俺の質問に曖昧に答えると、彼は背を向け去って行った。そして同時に俺とうどんも控え室のような閉ざされた場所に立っていた。
……理解が追いつかないが、わかっているのは勝ったという事だけだ。
「なんだったんだ?」
「通行証のようなものを直接身体に与えられたんですよ」
「通行証……」
身体に直接与えられたという事は、与えられない者は行けないという事なのだろうか?そうとなれば次元世界に全員入って貰ってから、階層移動した後に出てきて貰うという事は不可能という事なのだろうか?
報酬もそうだが疑問が残る結果となった。
しばらく立ったままに色々考えていると、コロシアムの歓声が聞こえてきた。
そうだ、香織さんが次に挑むんだった。
その姿を見る事はかなわないために、ただ手を合わせ勝つ事を祈る……神様仏様ではなく、先程の髭を蓄えた老人らしきモノが頭に浮かんだのは何故だろうか?
アレは神様的なモノだったのか?それとも頭に手を当てられた時に何かされたのかはわからない。
まぁそんな事は今はどうでもいい事だろう……ただ香織さんの無事を、勝利を祈るのみだ。
どれほど目を瞑り一心不乱に祈り続けていたかはわからない……
そしてその願いを止めたのは、コロシアムから歓声が聞こえてきた時だった。
モンスターたちの歓声、それは即ち香織さんが敗者になったという事だろう。
これまでの師匠たちの戦闘で、その身体に影響が残らない事はわかっている。
だが心には少なからず影響が出るだろう……諦めにも似た感情が現れる可能性がある。
鬼畜治療師でさえ、「私はここまでかね」と呟いたのを聞いていたからだ。
また俺は祈る……
あの笑顔が曇る姿を見たくないんだ。
また2人の兵士が現れて、俺たちをコロシアム外へと誘導するように歩き始めた。
たまらず香織さんの安否を確認したが、当然のように返事はなかった。
そして受付前に着くと、同じように誘導されて出てきた香織さんと顔を合わせる事となった。
「「……大丈夫?」」
ほぼ同時に発せられた言葉。
「俺は勝てました」
「良かった……私も勝てたみたい」
祈りは通じたらしい。
ほっとしたのも束の間、湧き上がる疑問。
何故歓声が上がったのか……
それは師匠たちと合流した事で判明した。
「2人ともおめでとう」
「だが……横川、アレは酷い。アレは戦闘ではなくただのイジメ……いや、虐殺にしか思えん」
「モンスターたちがブーイングをあげるのも仕方ないな」
まさかの理由だった。
どうやらやり過ぎたらしい……
なんか納得がいかないんだけど!!
まぁ今は2人ともに突破出来た事を喜ぼう……うん。
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