第138話ーー夏の夜の誓い

 当日、師匠たちは組長たちを集めて会合を行った後に夕方に渥美へと移動するとの事だった。当然俺たちの移動もそれくらいの時刻だと踏んでいたのだが、俺たちは朝8時に出掛ける事となった。理由は1つ、柳生夫妻が観光したいからって事だけだ。


「本日は私風間が運転手を務めさせていただきます」


 ワゴン車を運転してきたのはスーツ姿の教官だった。俺としてはなり久しぶりに会ったので軽く挨拶をしようとしたら、めちゃくちゃガッチガチになった姿で柳生夫妻に向かってキッチリと90度に頭を下げる珍しい姿だった。


「よろしく頼む」

「はっ!!なんなりとお申し付け下さい」

「そう固くならんでくれ……儂らは隠居したただの爺さん婆さんじゃ」

「そうですよ、気軽に爺婆と呼んでくださいな」

「め、滅相もない!」

「……横川くんや、我らを次元世界へと入れてくれ。着いたら教えてくれの」

「はいっ」

「ほれ、お前たちも一緒に向こうで待つぞ」


 緊張しまくって両手両足を一緒に動かすような状態の教官を見かねたのか、苦笑を浮かべ頭を掻きながら香織さんや召喚獣たちを連れて次元世界の中へと消えて行った。


 柳生夫妻の姿が見えなくなってしばらくしてからようやく教官の固さはとれた。そして深々と息を吐くと、俺を見て呆れた表情を見せた。


「お前は相変わらず物怖じをしないというか……よくあの方を前に普通に居られるな」


 教官が言うには、柳生さんは剣鬼として有名で、剣の道を歩む者には神のような存在らしい。その名は世界中に響き、教えを請う者は後を絶たないが直接教えて貰えた者は指折り数えるほどしかいないそうだ。教官もご多分にもれず憧れる内の1人らしく、今回の運転手兼案内役を師匠から仰せつかってからというものずっと緊張しっぱなしで、昨日の夜はほとんど眠れなかったほどだったらしい。


「そんな事言われても……普通に教わっているし、既に2ヶ月くらいずっと一緒にいるし」

「はぁぁぁっ……全く羨ましい」

「そんなになんですね。もし何だったら修行に参加させて貰えるように言いましょうか?」

「やっ止めてくれ!……本当に止めてくれよ?」


 そんなに遠慮しなくても、言ったもん勝ちで参加出来たら儲けもんじゃないの?って思ったんだけど、本当に止めて欲しいらしい。それは遠慮ではなく、恐怖らしい。何故ならば柳生さんは才無き者にはハッキリと告げて見向きもしないらしく、自分の限界はわかっているが憧れの方に告げられるのはショックで立ち直れなくなるからという事のようだ。

 俺たちはまだそんな言葉を聞いてないから、もしかしたらまだ伸び代があるって事なのかな?そうだったら嬉しいよね、頑張りたいところだ……まぁ程々にして欲しくもあるけれど。


 行程はまず岡崎城へと寄り、お茶で有名な西尾市で抹茶パフェなどの甘味やお茶を楽しみ、メロン狩りを楽しんだり、新鮮な魚料理屋に行き舌鼓を打ったりした。

 なかなか楽しい観光旅行って感じだったね。柳生夫妻は観光情報誌を片手に嬉嬉とした表情を浮かべていたし、召喚獣たちは初めての場所に初めての体験に大喜びだったし、俺は香織さんと一緒に色々体験出来て、その姿を間近で見れて嬉しかったし。

 惜しむらくは海で遊べなかった事だ。

 誰も水着なんて用意してなかったからね……香織さんの水着姿が見たかった!!事前に今日観光するってわかっていたら、ネットででもポチれたのに!悔やまれる!!


 そうそう、教官は当初は「ご一緒に観光など恐れ多い」的な事を言って運転だけに努めようとしていたんだけれど、「そのような態度を取られると肩が凝って仕方ないわ」と柳生さんが苦言を呈した事により、西尾以降は参加してた……やっぱりガチガチで両手両足が一緒に出ているような状態だったけど。


 そして夕方に懐かしの旅館へと到着した。

 正直俺的にはもう十分なんだけど、これから宴会場へと行かなければならないんだよね……分身行かせるのじゃダメかな?すぐにバレそうだけど。


「何じゃ行きたくなさそうじゃの」


 部屋に着いて一息吐いたところで柳生さんに声を掛けられたので、去年起こった出来事を説明した、若狭の切腹事件の事とかね。


「まぁわかるがの……諦めよ」

「主様主様っ!夜に香織と一緒に海辺で花火をしようと言っているんですが、主様もご参加されますよね!?」


 な、何ですと!!うどんよもう一度言ってくれ!!


「先程途中に寄ったお店で購入したのですよ、ですから夕食後に行うのです」


 そんなイベントが行われるなんていつ決まったんだろうか?いや、そんな事はどうでもいい、そんな素敵イベントが待っているならば苦痛でしかない宴会にも行けるというものだ。


 その後すぐに教官が迎えに来たので宴会場へと向かう事となった。

 当然だけど今回は隅にお膳が移動されている事はなかった。だけど相変わらず視線が凄い……めちゃくちゃ見られてるよ。

 ここは最近ようやく出来るようになった魔力を多く纏っちゃうタイミングかな?


「コラっ!威圧するな」


 教官に頭を叩かれた……

 視線を止めるためにはちょうどいいと思ったのにな、難しい。


 用意された席の数を見ると、昨年より大分減っていた。どうやら師匠たちの立て直しは大幅な粛清も伴ったようだ。パッと見現段階で50席は少ない。儀の後に催される宴席ではもっと減っているのが如実にわかるんだろうね。


 俺に用意された席はハゲヤクザと鬼畜治療師の間で、周りは全て年齢層高めの人ばかりがいる場所だった。

 こちらを値踏みするような不躾な視線が一切ないから結構居心地はいい。ただ皆さん貫禄があるので、少々浮いている感じは否めないけれど。


 しばらく両隣りの2人と雑談を交わして待っていると、檀上に組長たちが順々に入って来て着席し最後に師匠が入って来た。

 そして一斉に頭を下げる皆さん……これ、去年も思ったけれど俺はどうしたらいいんだろうか。

 おうっ……2人から同時に手が伸びてきて頭を下げさせられた。


「皆の者ご苦労。己の付く長たちから色々聞いていると思うから俺から言う事は少ない。他人ひとねたむな、そねむな、さげずむな。ただただ一心に己を律して、己を高めよ!以上だ」

『御意っ!!』


 ゆっくりと語られた言葉はほんの少しだったけれど、重たかった。でも確かにって言葉だよね、俺もそうありたいと思えた。


 場にいる者全てが同時に返答し、更に頭を下げた後に食事が始まった。

 昨年は余裕なくて見ていなかったけれど、よく見てみると比較的若い層は集まって座っているのだが、その真ん中にデカいヤカンがだいたい6人に1つといった割合で置かれていて、みんなしょっちゅうがぶがぶと飲んでいるのが目に付いた。対してこちらにはヤカンは置かれておらず、代わりにビール瓶やら酒瓶やらがら所狭しと置かれている。


「みんなめちゃくちゃ飲んでますけど、なんか美味しいジュースでも入っているんです?アレ」

「お前は何を言っとる……あの中は毒消しのポーションしか入っとらんわ。去年もあっただろう」

「えっ……初めて聞いたんですけど?昨年もそんな説明なかったですよ?」

「……では説明を忘れとったんじゃな。まぁお主は必要なかったんじゃからええじゃろ」


 まさか毒消し薬だったとは……美味しいどころか苦さしかないやつじゃん。

 それと問題がなかったからいいって話じゃないんだよ、毒を食わせておいてその説明を忘れていたで済ませるところが……やはり恐ろしい団体だよ、今更だけど。


 周りから勧められる酒を何とか最小限に抑えるように頑張りつつ宴席の時間は進み……ギリ酔ってない程度で終える事が出来た。


 早く香織さんと夜のデートに行かねばっ!!


 急いで部屋に戻ると、そこに居たのは湯上がりなの少し火照ったように薄らと赤く顔を染めた、まだ湿り気を感じる髪を一つに纏め結い色気を漂わせた白いうなじが魅力的な香織さんが白地に赤い花が散る浴衣を着ていた。


「浴衣持ってきていたんです?」

「ううん、さっき織田さんの使いの人が来て渡されたの」

「主様の分もありますよ。あと花火セットもいくつか貰いました」

「えっ師匠が?」

「あぁ、信一からの言伝での、たまには子供らしい事でもして楽しんでこいと言っておったわ」


 めちゃくちゃ嫌々来たけれど、こんなご褒美を用意してくれていたなんて!!

 思わぬサプライズプレゼントだよ、めちゃくちゃ嬉しい。


 俺に用意されていたのは紺色に白い紗が入った浴衣だった。うどんは黄色、ハクは青色、つくねは赤色、あられは濃い緑色の浴衣をそれぞれ既に着込んでいる。

 どうやら召喚獣たちの分までわざわざ用意してくれたみたいだ、しかもそれぞれのイメージカラー?に合わせている事が中々ににくい演出だし、下駄まである。

 もちろん浴衣なんて着たことがない俺は、逸るうどんたちに急かされながらも奥様に教えて貰い着る事が出来た。


 夜の帳はすっかりと降り、街頭に照らされた道を揃ってゆっくりと歩く。うどんたちはまるで幼子のようにはしゃぎ駆け、時折俺たちを振り返り急かす。その後ろをゆっくりと柳生夫妻がにこやかに微笑みながら歩いて行く。


 20分ほど掛けて海岸へと着いた。

 持ってきたバケツを置き、それぞれ思い思いの花火を手に取り楽しむ。

 柳生夫妻は最初から線香花火を、俺と香織さん、そして召喚獣たちはまずは設置型の花火をいくつも打ち上げたり、まるで噴水のように色彩鮮やかな火花が吹き上がるのを囲み見る。月の明かりしかない夜空へと高らかな音と共に上がる火の玉を追い掛けるように空を駆け昇るロンがいたり、ロケット花火を手に持ち互いに飛ばし合う光景は微笑ましいものがあった。

 俺はその姿を楽しそうに見つめる香織さんの横顔を、ずっと瞼に刻みつけるように見蕩れているばかりだった。


 残すは線香花火だけとなったところで、浴衣と同時に受け取ったよく冷え既に切り分けられたスイカを時空間庫より取り出し食べたり、並んで線香花火を楽しんだりした。こよりの先に付いた儚く揺れながら火花を散らす紅く光る玉が落ちてしまうと、何かが終わってしまう気がして切なくなったりもした。


 時間とはいつも同じであるはずなのに、楽しい時間とはなぜこんなに短く感じるのだろうか。始まりがあれば終わりもある、貰った花火は全て尽き、少々火薬の匂いが鼻に残っただけとなり宿へと戻る事となった。


 香織さんと色々話した。

 話したが、何を話したのかは覚えていない。

 ただただ香織さんが綺麗で、その姿を近くで見れる事が嬉しくて幸せだった。


 またこんな日が来ればいいな……

 またこんな日が訪れてくれるように、その時をまた笑顔で過ごせるように、誰にも害されないような力を手に入れなければと、己に誓った夏の夜だった。

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