第44話ーー真実はなんなのでしょうか

 研究施設に唾でも吐いてやりたい気分になりつつ、屋敷へと戻ったのは太陽がそろそろ沈むかという頃だった。


「帰る前に一応部屋に忘れ物はないか見てこい」

 そう言われて忌々しい思い出となった、宿泊施設へと向かっている途中で、もうとっくに帰ったと思っていた、リノンさんとエミちゃんにばったりと会ってしまった。


「一太くんごめんね、纐纈様から若はご承知だと騙されてたの……だから本番はまた今度にしましょうね。そういえば……採取はどうやったと思う?……ふふふ」


 指を見てしまい、色々想像してしまって固まる俺に、そっと耳元で囁くようにして去って行ったリノンさん。

 ……魅力的な言葉だけど……どこまで本気なのか、本当なのか、もう何を信じていいのか……

 ……指の他に何かあるんですか!?めちゃくちゃ気になる質問して、答えなしで行かないでっ!

 呼び止めるなんて出来ないけどさ、色々固くなっちゃっているし。


「横川くん……あの……」


 エミちゃんもあのクソジジイに騙されて、それっぽい振りをしてきたんだよね……

 モテ期到来とか浮かれていた俺を殴ってやりたいよ!

 やっぱり、俺は如月先輩一筋でいくんだっ!

 これはそれを忘れて浮かれていた、俺への神の試練だったんだ。


「わたしは纐纈様からも何も聞かされていなくて……昨日あのままでも……でも組長が来たから……ごめんなさい。わたしが初めてだからって……もっと早く勇気出していれば……組長も何もしなかったかもしれないのに……ごめんね」

「……えっ?」

「もう……もうイヤかもだけど、よかったらまたLINEしてね、ずっと待ってるからっ!じゃあまたね」


 頬を赤らめ俯きながら話すと、呆ける俺の頬に軽く唇を当ててから、リノンさんを追いかけて走り去ったエミちゃんを見送る事しか出来ない俺。


 えっ?

 どういう事??今のキスは何?

 また騙そうとしているのか?

 それとも本気なの??

 一体何が真実で、何が嘘なんだ!?

 ああっもうっ!何も信じられないよ!!


 よし、もう帰ろう。

 こんな所にいたらダメだ。

 何をどう言われたって、俺は帰る。

 帰って、盗撮とり貯めた物や、SNSから拾い集めた如月先輩の写真を眺めて癒されるんだっ!


 部屋に戻っても何も忘れ物はない事を確認した後、玄関へと向かう。

 途中道場の扉が開いているので、ふと覗いて見たら……ボロボロになった集団がいた。新組長をはじめとした、朝稽古に参加していた皆さんだ。

 俺が研究施設に行っている間に何があったというのだろうか……聞いてみたいけれど、下手に話しかけたりしたら面倒くさい事に、いや、誘われてまたボコボコにされそうなのでスルーしよう。

 それに、俺は帰るんだよ、そんな事気にする必要なんてない。


 大きく立派な松だとか、高さ3mはありそうな垂直に切り立った岩、轟々と音をたて落ちる滝を眺めつつ、庭園の飛び石を踏みながら玄関を目指す。


「こちらは道順が違います、若が御屋敷でお待ちです」


 突然前方から声がしたので目を向けると、どこから現れたのか、着物姿の男性が行く手を阻むように立っていた。


「もう帰ります」

「では、若にそのようにお申出下さい」

「じゃあ伝えといて下さい、帰ったと」

「それは出来かねます、ご自分でどうぞ」


 まるで能面のように表情を表に出さずに、クソ忍者の所へ行けという男……多分神出鬼没の近衛の人だろう。


「いえ、なんと言われても帰ります」

「お伝え頂いてからお願い致します」


 埒が明かない。

 押し退けて通ろうにも、身体はデカいし全く動かない。では横からと思えば身体をずらしてくる。


「若がお待ちです、さあこちらへどうぞ」


 どうやら助っ人が来たようだ。

 後ろから声を掛けられたので振り向くと、そこには忍び装束姿の男性が3人、俺を囲むように立っていた。


 どうやら逃げれないようだ……

 っと、いつもなら諦めていただろう。

 だが今日は違う、どうやってでも逃げる!!

 後ろの3人は腰に刀を差しているけれど、幸い前の1人は丸腰のようだからね。


「では押し通らせて貰います」


 スキルを普段使うなとか言われているけれど、跳躍と空歩くらいならいいよね……ってか、近衛の人たちには他のあらゆるスキルとかもバレてそうな気もするけど。


 真上に跳躍し、空歩を2回使って約30mまで飛び上り、そこから玄関方面へと空歩で一気に進む。


 宙に跳んだところまではよかったけれど、前へ進めない……

 なぜ?と足を見てみたら、足首に紐が巻き付いていて、地上ではその紐を3人がかりで引っ張っているようだ。

 あっ、残った1人もぶんぶんと頭上でカギが付いた紐を回してこちらへと投げようとしている。

 よく時代劇とかで、忍者が塀や屋根に登る時にカギがついた紐を投げている映像を見た事あったけど、あれと全く同じもののようだ。さすが……持っているんですね。


 力較べの結果、虚しくも地面へと引き摺り降ろされる俺。

 そしてそのまま直ぐに紐で雁字搦めにされた。


「さぁ、若の元へ行かれますね?」


 ここまでしておいて、なぜまだ同意を求めてくるのだろうか……

 ただもう刃向かっても無駄なようなので素直に頷くしかない。


 まるで下手人が引っ立てられるかのように、4人に囲まれながら歩く事数分、そこにはクソ忍者とハゲヤクザ、鬼畜治療師が待っていた。


「それはいかがした?」


 ハゲヤクザと鬼畜治療師が驚いた顔をしている、俺の惨状に……

 そりゃそうだよね、待っていたら紐でぐるぐる巻にされた俺が来たんだから。

 ただクソ忍者は驚いた様子は一切ない、先に話を聞いていたのかな?


「ふむ、紐は解いてやれ。それとジジイと近松は場を外せ」

「「「「はっ」」」」

「「御意」」


 少々不貞腐れ気味で、気分が悪いって顔を全面に出していたら、クソ忍者の号令により紐は解かれ他の面々は部屋から去っていった。


「この度はすまなかった」


 胡座をかいたままだが、初めてクソ忍者が謝罪と同時に頭を下げてきた。

 ちょっとビックリだよ。


「本当にすまなかった、お前のような年頃の男を惑わした挙句に、実験体にまでするとは……纐纈の暴走ではあるが、俺の不徳の成すところだ、本当にすまない」


 いつもの傲慢な姿などどこにもなく、真剣に謝っているのを感じられる。

 ここまでされたら、まぁ許すしかないよね。


「わかりました」

「本当にすまない」


 わかったと言っているのに、頭を上げないクソ忍者。これって頭を上げてとか言わないと終わらないやつかな?


「わかりましたから、頭を上げてください」

「ありがとう」


 許したことで、いつものようにニヤリとしているかと思ったけど、真摯な目をしている。


「そこで詫びというだけでもないのだが、こちらを受け取ってくれ。代金はすべて纐纈の私財から頂くので気にしなくていい」


 俺の前に差し出されたのは、二振りの忍刀、忍び装束、額あて、鎖帷子、手甲足甲、手袋、ブーツといった武装の全てだった。


「刀は現在うちが用意出来て、お前が使いこなせる物の中では最高級の物を用意した。鎖帷子、手甲足甲、額あてに使われているのは、体から微量に出ている魔力を吸うと軽くなり強度を増すという特性を持った鉱物を利用している。布に関しては、名古屋北ダンジョン200階層にいる蜘蛛からドロップした糸で、織る事により斬撃・魔法耐性を持っている。ブーツに関しては滑り止めはもちろんの事、酸性にも強い物だ。これらはすべて我らと同じ仕様でもある」


 どうやら最高級品のようだね。

 前みたいにお金を請求されるわけでもなさそうだし、何より詫びと言われたんだからありがたく受け取ろう。


「ありがとうございます」

「うむ、更に詫びとしてこれからウナギ屋……熱田の蓬莱軒を予約してあるのと、錦にあるキャバクラに行こうと思うのだがどうだ」


 熱田の蓬莱軒といえば、有名なウナギ屋さんではないですか!?名古屋に住んではいるけれど、ひつまぶしなんて食べた事ないから、食べてみたかったんだよね。

 その上キャバクラだと……!?

 綺麗なお姉さんたちに囲まれて、嫌な思い出を消せという事かな?


「何人でですか?」

「俺とお前だけだ。山岡のジジイはな、キャバクラとかそういうところへ行くと、また新しく妾を増やしかねん。そうすると奥方に嫌味を言われるからな……」


 あのハゲ、まだ妾を増やし続けてるのかよ……一体何人の子供がいるんだろうか。


「この歳でも行って大丈夫なんですか?」

「酒を飲まなければ大丈夫だ」


 ま、まぁ、真剣な謝罪だったし?詫びだって言うんだから受け取らないと悪いよね?

 決して綺麗なお姉さんに囲まれたいとか、そういった不純な気持ちなんてない。ただ詫びを受け取るだけなんだからね。


「ぜひとも行きましょう」

「うむ、では早速行くとするか」



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