◆一夜(ひとよ)◆

 ◆◆◆


『この一夜ひとよの為に

 生きてきたのだと

 やっと還りついた

 あなたの腕の中で

 わたしはうっとりと目を閉じる

 煙草の匂いのする

 あなたの胸に顔を埋めて』


 ◆◆◆


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 半年ぶりの逢瀬。

 だから尚更、と彼女は思う。

 この一分一秒が全て愛おしい。

 街を腕を組んで歩く。

 時々、指を何気なく絡める。

 指先でこっそりと会話する。

 他人ひとから見れば、ただの仲のいい平凡な中年の夫婦だろうか。

 それとも、道ならぬ二人?


 誰はばかることない二人なのに、若い頃ならただの恋人で済むのが、歳を重ねると婚姻関係にないだけで、何だか理由を探されてしまう。


 買い物中に店で何気なくかけられた

「奥さん」の言葉に一瞬戸惑ってしまったけど、当然のように応対している彼を見ると嬉しくなる。


 記念日に贈られた左手の銀の指輪をそっと触って確かめる。

 振り返った彼が微笑むから彼女も微笑み返す。

 

 昼間の二人は、まるで学生同士のような時間を過ごす。

 書店を巡り、雑貨屋で小物を選んで買う。

 喫茶店でお喋りに夢中になる彼女に彼が、うんうんと楽しそうに頷く。


 日が暮れていき、予約していたホテルにチェックインする。


 ドアを開けて、ドアを閉めて

 それから、鍵をかけたら

 そこからは二人だけの大人の時間が始まる。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 ◆◆◆


『この一夜ひとよのために

 距離を越えて

 今、わたし達はしっかりと抱き合う

 そっと運ばれたベッドの上で

 一枚、また一枚と余分な布をがれて

 わたしたちは何もまとうもののない

 ただの男と女になる』


 ◆◆◆


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 吐息と、懇願と優しい許しのいら

 汗ばみ絡み合う身体に何度となく重ねる唇。

 蕩けるような濃密な時間が過ぎていく。


 時が止まればいいのに……と彼女は何度でも思う。

 それが出来ないから二人は、お互いにお互いを刻みつけようとする。

 契った印を少しでも、少しでも、長く残しておきたくて、強く。


 白い肌に薔薇色の印がいくつも花開いたのを見て、彼女は安心したように眠りにつく。



 明日にはまた別々の場所へと帰っていく二人だけど、この一夜ひとよだけは、二人だけのものだから。

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